聖女ちゃんと王道を阻む
「さてジュウモンジ、終わりの時間よ」
「……ケダモノが」
「ええそうよ。あんたがなれなかった存在よ」
ジュウモンジが奥歯を噛みしめた。
「ミーシャやっちゃえ! 散々私たちに迷惑かけて挙句フィリアム様を危険にさらして、ただで済むわけないでしょう!」
スピカのヤジが少し喧しく、あたしは肩を竦ませるけれど、ふとジュウモンジに目を向ける。
あたしにはこいつがわからない。
ことあるごとにこいつは自身を強いと話していた。けれどやっていることはその強さを得るためのものだ。
こいつは強いのではないのか。しかし目的は強さを得ること――。
「……あんた、極星のままでいればこんなことしなくても済んだじゃない。どうしてそれ以上を求めるのよ」
「ケダモノの、貴様にはわからんよ」
「ええわからないわ。いくら考えてもあんたがしたいことがさっぱりなのよ」
あたしが首を横に振ると、アヤメが頭を掻き、ため息を吐いたのが見えた。
「そりゃあお前は、負けたことがないからな」
「――? 勝ち負けの話? あたしだって別に万物に勝てるなんて驕っていないわ。でも負けたなら負けたで次も戦えばいいじゃない。勝つまで負ければ実質勝ちよ」
「お前はそうだろうな。お前は絶対に折れない。でもな、そこにいる図体ばかりデカくなった力に憧れるクソガキは違うのよ」
あたしは首を傾げる。
力に憧れるから力を得た? それならこんな遠回りなことをしなくても簡単な方法があるはずだ。何故それをしないのだろうか。
「ちがう、違うのよミーシャ。そいつはその憧れの力が何よりも至高にあると考えていたのよ」
「黙れ……」
「い~や言わせてもらうわ。お前も俺の庇護する国で生まれた者の一員だ、お節介を焼く義務がある」
「ただ見ているだけの獣が、民を語るのか」
「ああ語るわよ。だって俺は女神だもの、リョカはお前のこと俺に一切聞かなかったけれど、きっと遠慮したのね、知り過ぎているから余計な情報まで知ってしまうって」
「貴様に、我の何が――」
「全部わかるわよ。ベルギルマの長の血を引く王の器、けれどお前が進んできた道は王道とは全くの別物。王となるべく牙を研いできたのに、お前が成人を迎えた時にはすでにミカドの一族はベルギルマにとって不要なものとなった。しかもその磨いてきた爪も牙も、シラヌイとキサラギには通用しない」
「――」
歯を砕くほどの力を込めたジュウモンジがアヤメを睨んでいる。
女神の言葉は事実なのだろう。
「お前の父も、祖父も、誰もがミカドの力は最強だと口にした。実際はそうだったからな……シラヌイがいつから暗躍していたかは知らねぇが、少なくとも3、4世代前までだったのなら確かに強い王だった。お前はそれを知っていたんだもんな」
「……獣風情が、その口を閉じろ」
「そういうわけにはいかんよ。お前は今ここで、聖女――いや、お前がならなくちゃいけなかったケダモノと戦うべきなのよ。でも今のお前じゃ駄目、だってミーシャ飽きてきてるもの」
スピカが物凄い目で見てくるからそれは黙っていてほしかったけれど、あの子の言う通り、正直仰々しく戦う相手でもない。
「そうやって育てられた。は言い訳にはならないわ。でもお前はずっと王としての力を、過去に縋りついて憧れだけを抱いていた」
額に青筋を浮かばせたジュウモンジが咆哮を上げながらあたしに殴りかかってきた。
「黙れぇ!」
あたしはジュウモンジの拳を躱すと、そのまま腕に拳を打ち付ける。
彼は片腕を弾かれたけれど、歯を食いしばり腕から血を噴き出しながら無理矢理拳を引き寄せ、そのまま拳を振るってきた。
「ベルギルマでは王として認められないと気が付いたお前は、グエングリッダーに目を付けた。極星、在り方は違うが、星の瞬きは王の威光にも劣らない。だからこそお前はここでヘカトンケイルを作り、今度こそ王道を行こうと決意した」
「我は、俺は――」
「お前は強い王しか知らないからな、強さが王の器であると誤解している。だからこそエクリプスエイドの日、力を認めてもらえなかったことに納得出来なかった。いや違う、王の力に、憧れに届いていないと錯覚した」
「違う! 力こそが民を導く! 10年前のあの日、俺こそが、いや力こそがあの災厄を――」
「違うのよジュウモンジ、お前は知らないだけよ。そしてこの国の大半もね」
アヤメが顔を伏せる。
ああ、なるほど。なんとなく全貌が見えてきた。
このジュウモンジと言う男、少なくともエクリプスエイドが起きた日、王道を進むつもりだったのね。
「今なら届くのだ! あの日、誰もが途方に暮れ、明日への希望すら見いだせなかった民たちを、今度こそ!」
スピカやポアルン、他の聖女たちも驚いた顔をしている。
彼女たちはジュウモンジと言う男を知らなさ過ぎた。
いや、実際にあの男はその道を進んだからそうとられてしまうのは仕方のないこと。
リョカが言っていたけれど、商売でも大事な、ジュヨウとキョウキュウというやつだろう。
だからこそ、少しイラつく。
「駄目なんだよジュウモンジ。訪れたかもしれない栄光に縋りつき、その栄光を取り戻すために世界に仇を成すなんて、王は王でも魔王の領分だ。でもお前は魔王になれるほど世界を呪っちゃいない」
「民は力に憧れを抱くべきなのだ! 憧れこそが明日を生き抜く力になる! だからこそ俺は――」
「先頭でその憧れを一身に背負うって? 馬鹿じゃないのあんた」
あたしの言葉に、ジュウモンジが完全に怒りをこちらに向けてきた。
でもそう言わざるを得ない。
エクリプスエイドの再現まではまあ納得してあげる。
その災厄で今度こそ王としての器を開花させる。それは理解した。
でもこいつ、そんなことする必要がそもそもない。
「スピカ、ポアルン、大教会を使ってあげなさい」
「え、でも」
「そ、そうですよミーシャ様! あれはとてつもない力を――」
「いいから」
あたしの声に、スピカとポアルンが顔を見合わせた後、頷いた。
「どういうつもりだ」
「あんたに足りなかったものを教えてあげるわ」
この男も、このグエングリッターの連中と同じ幻想を抱いている。
どいつもこいつも、眠っているのかというくらいに何も見ていない。
そんなんだからこの国の女神も中身が見えていなくてこんなことになっている。
視野が狭いなんて上から目線で語るつもりはないけれど、なんで誰ももっと身近にある物に目を向けないのかしら?
スピカの指示で、聖女たちがアルティニアチェインを発動する。
信仰がジュウモンジを囲み、神域の形成――あたしは息を吐く。
「これが、これこそが俺の力の最終段階、この力さえあれば――」
「その力があるから何よ……アルティニアチェイン!」
「は?」
あたしを形成する信仰の渦、膨大な信仰はあたしの体を貫き穿ち、傷を作っていく。
けれどあたしはそれを受け止める。
ギチギチと体中が鳴るけれど、それでも前を向いてジュウモンジに嗤いかける。
「よかったわね、これでやっとあたしと同じになれたわね」
「バカ、な」
「ちょっとミーシャ、あなたそれ」
「大教会よ。このケダモノ、聖女複数いなくても自分の体に教会を作れるのよ」
ジュウモンジが1歩、2歩と後退していく。
「逃げるな! あんた純粋に力が足りないのよ! あんたの言う民も、憧れを背負う空想も! 今のあんたじゃ何も成せない!」
「違う、俺は……」
「憧れの力? 力に憧れて明日を生きる? その程度の力に、一体誰が憧れるのよ! 極星もそう、あんたの言う過去の力もそう! どいつもこいつも、見るのならもっと高く、もっともっと上を――」
あたしの拳から血が噴き出す。
「借り物の力でイキり散らして、挙句の果てにその力こそが最果て? 舐めるのも大概にしなさい!」
信仰があたしの拳に纏わりついてどんどんとその色を濁らせていく。
けれど信仰が靄のように拳に纏わりつくだけでどうにも安定しない。だからこそ、あたしはそれを固める。
「『臣下宣言・あらゆるを満たす暴食』」
拳の上に、その真っ黒な信仰を重ねて固める。
けれどまだ足りない。
これでは信仰がまだ外に出て行こうとする。
それでは駄目だ、あたしは頭を捻り、そう言えばちょうどいいスキルがあったことを思い出す。
「『聖女が紡ぐ英雄の一歩』」
聖女の第5スキルはあたしの拳を覆って、この拳を武器へと変える。
真っ黒な拳からバチバチと雷が奔り、そこにさらに信仰をチャージする。
「108連」
「それほどの力、俺は、俺は――」
知らないのでしょうね。
本当にこの男は見えていないことが多すぎる。
「あんたはね、ギルド一個程度の民を纏めているのが今は丁度いいのよ」
「――あ」
「王道なんて進む必要はないわ。あんたはあんたの王の道を突き進むべきだったのよ。あんたを慕ってついて来てくれている民たちに気が付くべきだったのよ。今まで王をやっていたのに、他国に攻め入ったのならそれは侵略よ。だからこそ、あたしはそれを阻むわ!」
体中から血が噴き出す。
けれど構わない。この大馬鹿者に、あたしは一撃放たないと気が済まない。
あたしは飛び出してジュウモンジの顔面目掛けてこの拳を撃ち放つ。
「獣王!」
「あ、あ……これが、ケダモノ、これが、聖女か――」
「ふんっ!」
目を見開いたジュウモンジの顔面に拳を入れて、あたしはそのまま地に彼を叩きつけた。
黒い稲妻を伴って、ジュウモンジがヘカトンケイルの本拠地であるここの床をぶち抜いてそのまま落ちていくのを横目に、あたしは胸を張る。
「うん、平和になったわ!」
大口を開けて呆然としているアヤメとスピカ、喜んでいるエレノーラとポアルンを横目に、あたしは歯を剥き出しにして嗤うのだった。




