魔王ちゃんと魂壊の魔王
「こんにちは~、こちらにいらっしゃる星神フィリアム様と大地神テッド様にお届け物に参りましたぁ」
最上階に辿り着いた僕は、扉を開け放つと同時に高らかに言い放ち、ルナちゃんを床に下ろした。
ヘカトンケイルの本拠地の最上階、そこにはアストラルセイレーン本部のように円卓があり、呪われた席と言われていた場所にテッド様、その向かいでフィムちゃんが瞳に涙をためて座っていた。
フィムちゃんは僕とルナちゃんの姿に一度は驚いたものの、すぐに大粒に涙を流して助けを請うような声を上げた。
「ルナお姉さま、リョカお姉さま……テッドが、私、どうしたら良いのか、わからなくて――」
「フィリアム、よく頑張りましたね。10年前のエクリプスエイドから今日まで、あなたは正しかった」
「ルナお姉さま?」
フィムちゃんに頬笑みを向けるルナちゃん、僕は2人を横目にテッド様に目を向ける。
「これはこれは――あそこでくたばっていればよかったものの、随分としつこい魔王だ」
「そりゃあ魔王だもん、執念深く世界を穿つ。あなたならわかるでしょう?」
「……」
テッド様の眉が上がった。
そして僕は彼を睨みつける。
「いつから? 10年前は確実だよね、でもそれ以前でもない。だってフィムちゃんの力を借りなくても時間さえあれば交配した魔物を投入出来たはずで、エクリプスエイドでもっと猛威を振るっていたはずだ」
「あの、リョカお姉さま、何のお話ですか?」
僕は立ち上がってルナちゃんに近づいたフィムちゃんに一度微笑み、薬巻に火を点す。
そして煙を吐き出しながら、火の付いた先端をテッド様……その殻を被った大馬鹿者に怒気を含ませた戦闘圧をぶつける。
「目的は復讐か? それとも女神様を誑かせたことで思い上がっちゃった? フィムちゃんをここに連れてきた目的は時の力だけか? それとも星を穢そうとしているのか? なあ、答えろよ」
僕の言葉にフィムちゃんが一度怯えてしまったけれど、ルナちゃんが彼女を支えるように背に手を添えてくれたから、構わず続ける。
「なあ答えろよ、魂壊の魔王・ミルド=エルバーズ」
「え?」
フィムちゃんが驚き目を見開き、テッド様――その魂に紛れ込んだミルドに目をやった。
するとテッド様改め、ミルドが拍手して僕ではなくルナちゃんに目をやった。
「さすが最高神と言うわけか。月の女神は伊達ではないと」
「いいえ。今回わたくしはまったくあなたのことに気が付きませんでした。あなたの企みも、正体も、気が付いたのはそこにいる後輩の魔王様ですよ」
ミルドが僕を睨みつけてきた。
「ルナお姉さま、どういうことですか? どうしてミルドが」
「フィリアム、あれはテッドではありません。テッドの体を奪ったあなたを穢す魔王です」
「そんな……それじゃあ、それじゃあテッドは!」
フィムちゃんの悲痛な声に、ミルドがクツクツと喉を鳴らした。
「死んだよ。俺の力、星神なら知っているだろう」
「――」
フィムちゃんがその場にへたり込み、ポロポロと涙をこぼした。
だから僕はアガートラーム、衝撃の魔王オーラを使って天井を壊し、空をよく見えるようにする。
「なんのつもりだ――」
「転界・『月を夢見る世界律』」
まだ太陽が昇る時間、けれど僕の転界によって月が宙に佇む。
僕は駆け出し、ミルドに駆け寄ってその顔面に拳を叩きこんだ。
「女神を殺すか、新米魔王!」
「いいや、そんなバッドエンドはなしだ。月の加護は伊達じゃないんでね――『心打つ魂の絶唱』」
月神様の加護、それは誰もが月に見惚れる、月に想いを寄せる、月に魂を縛られるほどの権能。
魂そのものに干渉し、迷える者を導く力――僕はミルドを殴って、テッド様の体からかの魔王を吹き飛ばした。
「これは――俺の魂撃ち」
「うんなものと一緒にすんな! これは魂をあるべき場所に返す加護だ。お前の居場所はそこじゃない!」
テッド様の体から靄のようなものが飛び出てきた。
僕は大地神様の体を支えると、大きく息を吸う。
「テッド様!」
僕の叫びに、フィムちゃんが持っていたぬいぐるみが動き出した。
そしてテッド様の体にぬいぐるみがぶつかると、クマのぬいぐるみが靄となって消え、動かない大地神様の体がピクリと動き出した。
僕はそのままテッド様の体を支えて、ルナちゃんに背中を押してもらっているフィムちゃんの下に足を進める。
「テッド?」
「……ああフィム、やっと会えた。やっと声を届けられた。やっと――」
フィムちゃんが大粒の涙を流してテッド様に飛びつき、わんわんと大きな声で泣き始めた。
僕とルナちゃんはそんな2人をそっと見て、すぐにその敵に目をやる。
「馬鹿な、馬鹿な! テッドはすでに――」
「黙れよ」
アイドルがしてはいけない顔をしている。
けれど今見ている人は誰もいないし、ルナちゃんにだったらこの顔を見られても問題はない。
「お前、私を怒らせたことを自覚しろよ。今までこの世界を生きてきて一番不愉快だ」
「貴様、よくも、よくも俺の――」
「黙れと言っているだろう」
素晴らしき魔王オーラでミルドを刻もうとしたけれど、それは彼を素通りし、靄が空気に消えただけだった。
エレノーラと同じ状態なのだろう。
「だが、だが俺を倒すには貴様は――」
「だから!」
僕は奥歯を噛みしめ、月神様の加護を乗せた素晴らしき魔王オーラをミルドに当てた。
今度は簡単にミルドの体を傷つけ、久々だろう痛みに、彼が蹲った。
「なに――」
「もう良い、お前は殺す。お前は刻む――覚悟しろよ古い魔王、肉片すら残さないと宣言してやるよ」
マジギレモードで、 僕はこのど外道を倒すことを宣言するのだった。




