魔王ちゃんと変形魔剣
「さって準備も出来たし、僕たちは出発しようか」
僕はミーティアに新たに建造された、アガートラームと現闇の城壁の上でミーシャ、ルナちゃんとアヤメちゃん、エレノーラ、ウルミラとランガさんに声を掛けた。
「まさか城壁まで作ってしまうなんて、君は本当にすごいな」
「魔王なので」
ヴェインさんにウインクを投げるのだけれど、ふと彼がロイさんの傍から離れずにおり、尚且つどうにも彼に懐いているのが気になった。
まあロイさんの戦闘を間近で見ていたらしいし、何か思うところがあるのだろうと、僕はロイさんに目を向ける。
「ああそうだロイさん、ラムダ様から神託届きました。気を遣ってもらってありがとうございます」
「いいえ、お役に立てたのならよかったです」
ロイさんがエレノーラに近づいて彼女に目線を合わせるように膝を曲げた。
「エレノーラ、お前は戦うことを選択してリョカさんについて行くと決めた。それならばしっかりと役割を果たしなさい」
「はい、リョカさんたちの力になり、もし必要ならルナ様とアヤメ様を必ず守ってみせます」
「ええ、ですが……守るのなら2人以上、お前も含まれていることを忘れてはいけません。自身も守れないものが本当の意味での守護などなり得ない。お前が守った誰かに咎を負わせないように。良いですね」
「はい!」
「リョカさん、まだまだ未熟な愛娘ですが、どうか使ってやってください」
「お預かりしますね。しっかりとロイさんの下に返しますから、帰ってきたらたくさん褒めてあげてくださいね」
ロイさんが頷くと、隣でヴェインさんもうんうん頷いていた。君は一体ロイさんのなんなんだ。
「さすが師匠だ。言うことが格好良い」
僕がロイさんにそっと視線を向けると、彼を顔を逸らし、ため息を吐いていた。
弟子とったのかこの人。
「……ボス、ロイさんに弟子入りしたんですか?」
「ああ、さっきアルマリアと一緒にボコボコにされた」
「なにやってるんですか?」
「いやぁ戦ってわかったけれど、本当に強い。俺が師事したいと思わせたのは生涯で2人目だよ。数年前に俺に剣を教えてくれた旅の剣士と同等の力――いや、あのおっさんより格好良いかもしれない」
「あ~はい、毎回話に出てくる旅の剣士さんですね。でもボスがロイさんに……あ~はい、いいんじゃないですか?」
「ウルミラ最近俺に冷たくない? というかなんだその反応――まさかお前、師匠の正体を知っているのかい?」
「ええ、スピカさんとちゃんと聞きましたけれど」
ヴェインさんが、どうして? というような顔をロイさんに向けており、当のロイさんはその自称弟子と目を合わせないようにしていた。
「そうですか、スピリカも」
マルエッダさんはマルエッダさんでとても悲しそうにしていた。
この国の偉い人たち、ロイさんのこと好き過ぎないだろうか。これ彼のことは話さない方が良いのではないだろうか。まあ別にわざわざ話す必要もないのだけれど、それをあのパパ魔王様は許容できないだろうな。
まあこっちはロイさんに任せよう。
そしてふと、こういう状況でいの一番に飛び込んでくる幼女がいないことに気が付き、僕は辺りを見渡す。
すると、アルマリアがエレノーラに腕の痣を見せていた。
「これはですね、どこかの紳士ぶっている神官に付けられた痣なんですよ~。エレノーラからも言ってやってくださぃ」
「まあっ、お父様ったら女の子にこんなひどいことを」
「ですよ~、さっき思いっきり引っ叩かれましたぁ」
「コラコラ、エレノーラを巻き込むんじゃないよ。ロイさんが物凄い顔でこっちを見ているよ」
「だってリョカさん、私の方が弱いのわかりきっているのに、何の躊躇もなく腕ぺちんってしてきたんですよぉ」
かの血冠魔王が腕しっぺだけで済ませているのは最早奇跡なのでは?
今から戦いが始まるのに、この子はこの子で緊張感ないなぁ。と肩を竦めると、アルマリアが自身の頭を数回叩いた。
「大丈夫ですよリョカさん、ちゃんとやるべきことはやっています」
「うん? それって――」
よくよく見ると、彼女の周囲に電子っぽい光が弾けており、どう見ても何かしている。
あれパーフェクトサテラか?
あの子、いつの間にあのスキルを使用しながら日常会話できるようになったんだ。
「リョカさんに言われたから、ある程度使いこなせるようにしたんですよ~。ふふ~ん、これでもギルドマスターなんですよ」
「……そうだね、アルマリアは本当にすごいよ。たくさん撫でてあげよう」
そうして僕がアルマリアを撫でると、彼女が街の方を指差した。
「街のことは任せてくださぃ。私もあの神官もいますし、何とでもなりますよ」
「うん、お願いねアルマリア」
アルマリアの頷きに、僕は笑顔で応えた。
僕が満足げにしていると、突然エレノーラに袖を引っ張られる。
「リョカお姉ちゃん、ミーシャお姉ちゃんを放っておいてもいいの?」
「え――」
よくよくミーシャに耳を傾けると、あの幼馴染が何事かを話していた。
それはこの街を守るためにマルエッダさんが選定した聖女たちで、彼女たちを前にミーシャが演説していた。
「いい? 聖女の拳こそがこの世で最も硬く、強いものよ! 顔面パンチは女神の御心、はい復唱!」
「何教えてんだお前ぇ!」
ミーシャの頭を引っ叩いたけれど、もう遅かった。ミーシャの言葉を元気よく復唱する聖女たちに僕は頭を抱える。
「……すまんリョカ、あとで一緒にフィムに謝ってくれない?」
「これ謝っただけで許してもらえます? ほらあのマルエッダさんの顔を見てくださいよ。心なしか体を震わせているようにも見えますよ」
「そりゃあお前、手塩に育ててきた箱庭の聖女たちが、まさかバーサーカーソウルに侵されるなんて夢にも思わねぇだろ」
「戦士かぶれの聖女部隊とか僕見たくないんですけれど。というかあれって女神さま不敬罪とかに当たりませんか? 大丈夫ですか?」
「ミーシャが不敬じゃなかった時なんて逆にねぇだろ。あれはもう諦めるしかないのよ」
僕はアヤメちゃんの肩を叩き、少し同情する。
どうしてこんなになるまで放っておいたんだと後悔し、癒しを得ねばとルナちゃんを捜すと彼女が膨れていた。
「膨れているルナちゃんも可愛いですよ~」
「むぅ~」
ぷくぷくしているルナちゃんを抱き上げて撫でてやると、ひしとくっ付いてきた。
「どうかしましたか?」
「……リョカさん、わたくしに内緒でラムダとお話していました」
「おぅ、メンヘラ彼女みたいなこと言いだしましたよこの子」
「お前の女神だろ、さっきからこの調子で鬱陶しいのよ。なんとかしなさい」
「なんとかって」
僕が苦笑いを浮かべると、ルナちゃんが涙目で僕を見つめてきたから、たまらずに思い切り抱き締めて頬ずりする。
「あ~落ち込んでるルナちゃんも可愛いんじゃあ」
「お前他に言うことあんだろうが」
「む~……あぅ」
「お前はお前でなにちょっとほだされそうになってんだよ。最高神の威厳を取り戻せよ」
まあ別に隠すことでもなし。
僕はルナちゃんとアヤメちゃんを手招きし、ラムダ様に聞いたこと、それと僕が憶えた違和感を話した。
「ラムダがそう言ったのですか?」
「うん、そのおかげで僕も確信が持てました」
「なるほどな。そうなると俺たちはマジで初動を間違えちまってるな。ラムダのバカ野郎め、あいつ姪っ子が大変な時に引きこもってやがって」
「あ、テッド様ってラムダ様の姪なんですか」
「そうなんですよ。でもそうなるとフィリアムの選択は間違いではなかったのですね。あの子がわたくしたちの決断をなんとか踏みとどまったおかげで大きな過ちに気が付くことが出来ました」
「ですね。でもいったいどうやって」
「そんなの簡単だろ、俺が知っているあいつはそれが成せる魔王だった。そういう絶慈だったからな」
中々に面倒くさい。
まったく、突然湧き出すラスボスとか流行らないんだぞ。
情報だって全然ないんだから、ここはルナちゃんとアヤメちゃんの情報提供に期待大だ。
「魂打ち。肉体ではなく、魂そのものに干渉する力を持っている。リョカさん、強敵ですよ」
「まあ問題ないかな。それに僕だってその魂に干渉する力がある。僕の敬愛する女神様の加護は本当に素敵な力なんですよ」
「ああそれで気が付いたのか。そういえばあいつとは正反対の力だったな」
「さすがわたくしの信徒です! 鼻高々です」
「胸を張るルナちゃん可愛いですよ~」
「きゃぁ~」
と、お約束をしたところでミーシャがエレノーラ、ウルミラ、ランガさんを連れてやってきた。
「遊んでいるところ悪いけれど、リョカ、ところでどうやって行くつもり? グリッドジャンプ?」
「んなわけない。ちょっと色々仕込んだからそれで行くよ」
「仕込んだ?」
僕が指を鳴らすと、アガートラームが1つ飛び出してきた。
「アガートラーム?」
「うんにゃ、アガートラーム・カスタム」
それは従来のアガートラームとは違い一回り大きく、さらにそれに触れると、電子的光のキーボードとデスクトップが現れた。
僕はそれをカタカタとコードを打ち込むと、魔剣が姿を変え始める。
某トランスなフォーマーもびっくりな変形を見せ始めるアガートラームに僕のテンションもだだ上がりである。
そして魔剣はRPGの終盤で手に入る近未来的な飛空艇に姿を変え、搭乗口を開けた。
「あんたこれ、マルティエーター積んでるでしょ」
「マルティエーターというか……」
飛空艇の操縦席を臨むガラス張りの窓からクマが一体サムズアップしており、その見た目は片眼鏡の白衣を着ている。
「ヘリオス先生ね」
「何でもつくれるスキルに魔剣を組み合わせて、ある程度は無理が利く仕様にしたよ」
「何はともあれよくやったわ。これで船に乗らなくても済むもの」
ミーシャとアヤメちゃんが喜んでおり、その横でランガさんが口を開けたまま呆けていた。
「いやはや、まさかこんなものを目にする時が来るとは」
「僕は未来に生きる魔王なので」
「末恐ろしい。ですが、これほど心強いこともありませんね」
感心するランガさんをよそに、ブリンガーナイトのトップと未来に期待されている騎士の女の子が瞳を輝かせていた。
「ふわぁなにこれぇ! 格好良い!」
「なんだこれ、なんだこれ! リョカさん俺にもこれをくれ!」
「……小さいサイズのミニチュアでよろしかったら」
「やったぁ!」
男の子だなぁ。
ウルミラが興奮しているのはとりあえず見なかったことにしよう。やっぱりあの子は男子中学生みたいな反応するんだよなぁ。
可愛いけれどちょっと反応に困るから、帰ってきたらラジコンでもつくってあげよう。
「それじゃあ僕たちはそろそろ行きますけれど、街のこと、お願いしますね」
「ええ、任せてください。私が全身全霊をかけて守ります。ここは星の聖女様と星神様の帰ってくる場所、それに多分リョカさんたちもここに押し込まれるでしょう。ならばこそ、帰る家を失わせるわけにはいきませんからね」
「能書きたれないとまともに見送ることも出来ないんですかあなたはぁ? こんなのちゃちゃっとやって軽く見送るくらいが丁度良いんですよ~」
「格好良いなぁ……ハっ、っとそれじゃあリョカさんミーシャさん、ルナ様アヤメ様、エレノーラちゃん、うちの者が世話になるけれど、よろしくお願いします。ランガとウルミラ、必ず生きて帰ってこいよ」
「リョカさん、そしてミーシャさん、どうか、どうかあの子たち……この国の聖女たちを、フィリアム様のこと、お願いします」
僕はみんなに手を振ると、みんなでアガートラーム・カスタムの乗り込む。
さて、やるべきことはやった。あとはこの元凶とそのしがらみをブッ飛ばすだけだ。
スピカもフィムちゃんもきっと待っているだろし、最高速で救出に向かわなければ。
何のつもりか知らないけれど、僕に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。
こうして僕たちはヘカトンケイルの拠点である、堅牢都市・バルドヘイトへアガートラーム・カスタムを飛ばしたのだった。




