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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
19章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、星を想い巨人に臨む

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豊穣の神官さんと足りない子どもたち

「はて、何か御用ですか?」



 ミーティアの街の外で、この場所には似つかわしくない小麦畑に囲まれて瞑想していると、背後から2つの気配を覚え、私は彼と彼女に声を掛けた。



「あっと、すみません、少し話を聞きたくて追って来たんだけれど、迷惑でしたか?」



 宵闇の極星、ヴェイン=ローガストと先代星の聖女、マルエッダ=フローレン、その2人がどういうわけか、この奇妙なクマに興味を持ったらしい。



 私は小麦を指で弾き、金色の実をあちこちに飛ばして風に運ばせる。



「いいえ、けれどあなた方星の煌めきが、咎人である私に何の用ですか?」



「咎人って」



 私はヴェインさんに笑みを向け……彼からしたら、まったく動かない黒ボタンを向けられている状況ですが、まあとにかく、私は笑みを向けた。



「リョカさんにあなたは強いと聞きました。実際、ガーランドとの戦い、俺では足元にも及ばないと思い知らされました」



「そう卑下にするものではありません。あなたは星神様から加護を与えられ、その加護に見合う働きをしている。力の有無ではなく、在り方としては正しく、そして力強い輝きを放っている」



「……ありがとうございます。でも、力がないから俺は守れなかった」



 リョカさんとミーシャさんの存在は否応にも状況を進ませる。それが悪い方にもいい方にもなりうるために、その変化についていけない者が出てきてしまう。

 彼女たちの歩む速度は恐ろしく速い。隣に並べたと思えばすぐに先に行ってしまっている。



 私の場合、これを恵まれたと言っていのかはわかりませんが、それなりの力を持っていたために、彼女たちの一歩後ろに控えることが出来る。



 しかし彼は違うのだろう。

 世界を夢中にさせる魔王と、世界を揺るがす聖女を目の当たりにしてしまった。

 よく言えば向上心、悪く言えば欲が出てしまった。



 彼女たちが進む先を彼は見てしまった。本来ならあまりにも遠くの景色、しかしその離れた景色に2人が立っていたから、ヴェインくんは初めてそこにあるものを認識してしまった。



 もうゆっくりと歩んではいられない。その場所に立たなくては、その場所で彼女たちのように――。

 毒にも薬にもなるとはこのことでしょうね。

 人は人の歩みでこそ……いや、それが成せない状況であるとも言える。



 現にもしこの国に2人が来なかったのならもしかしたら滅んでいたかもしれない。



「ふむ……」



「あの?」



「あなたがたは私の正体を知っていますか?」



「え、い、いえ」



「リョカさんからはクマと言う生物のぬいぐるみだと聞かされましたわ」



「……なるほど」



 私の正体を知っていれば接触はしてこないだろう。

 この2人はきっと純粋過ぎる。

 彼らの瞳からは本気で国を救いたいという気持ちしか感じられない。



 私には眩し過ぎる。



「先ほども言った通り私は咎人です。取り返しのつかないことをし、一度はこの命を落としました。けれど私の恩人、リョカさんに掬い上げられて私は生き延びているのです。それでも魂の半分は女神さまたちに差し上げましたけれどね」



 これで引き下がってはもらえないかと期待しましたが、彼は首を横に振った。

 きっとヴェイン君は私に師事したいのでしょう。



 彼のような真っ直ぐな若者に私が教えられることは何もないというのに。



「それでも、俺はあなたに憧れをもってしまった」



「あなたは咎人だと言いました。けれどリョカさんもミーシャさんも、ルナやアヤメたち女神様もあなたのことを許したのでしょう? ならそれに関して私たちが言うことは何もありませんわ」



「……リョカさんもミーシャさんも、実際に何も奪われていないのです。女神様方は――何故なのでしょうね?」



 私が自称気味に笑うと、彼らが顔を伏せてしまった。



 やはり私は彼らに関わるべきではない。

 いつもと同じように、私は闇に――。



『ダメダメダメダメ~っ!』



「っつ」



 突然耳をつんざく様な声、私だけでなくヴェイン君とマルエッダ嬢も同じなのか、同じように頭を抱えている。



「これは、神託?」



『そうやって閉じ籠っちゃ駄目だよロイくん! せっかくリョカちゃんから償う機会を貰ったのに、すぐに何もかもを罪のせいにして自分を殺すようなことしちゃ駄目!』



「し、しかし」



『……あたしは、ロイくんがエレノーラちゃんと前向きにこの世界を生きていてくれるのならそれが一番うれしいの』



 女神様は相変わらず残酷なことをおっしゃる。

 エレノーラだけならまだしも、私にも前向きに世界を生きろとは……。



『ねぇ、そこのフィリアムの信徒さんたち、どうかあたし――豊神ラムダのお願いを聞いてくれない?』



「ラムダ様……豊穣と精霊を司る精霊女王、ル・ラムダの女神様ですね」



「女神様の加護を持っているとは聞いていたけれど、まさかここ数十年一切話を聞かなかった豊神様の信徒だったなんて」



 そういえば、私が魔王になった影響で、ラムダ様は誰にもギフトを渡してもいなければ、姿も声も現していなかったのだとか。

 それが余計にラムダ様の存在を貴重なものとし、その信徒である私の価値も上がっている。



 現にヴェイン君とマルエッダ嬢からの視線がさらに強い尊敬を帯びているような気さえする。



『それでねフィリアムの信徒たち、ロイくんは確かに悪いことをたくさんしたの。本来なら許されることでもないし、君たち全ての人がロイくんを恨む権利もある。でもね、ロイくんは一度死んで、魂の半分が今でも罰を受けている。生まれ変わったなんて都合の良いことは言わない。けれどどうか、どうかこの豊神の名において、絶対にもうロイくんに悪いことはさせないから、その――』



 早口でまくしたてるラムダ様、一体どれだけの迷惑を私は女神様にかければ気が済むのだろうか。

 こんなことを言わせるべきではない。そうやって私はラムダ様の言葉を遮ろうとするけれど、突然地から植物が伸びてきて葉っぱが私の声を発する機会を遮った。



『どうかロイくんと一緒にいてあげて』



「ラムダ様、私は別に――」



『ねえフィリアムの信徒たち、きっと君たちがロイくんの正体を知ったら軽蔑するだろうし、許してくれないかもだけれど、どうか君たちがそれを知るその時まで一緒にいてあげて。それでもし正体を知って君たちが害意を持ってもまずはあたしに預けて。お願いします』



「あの、今知ってはいけないのですか?」



『駄目。だって今知ったら君たちエクリプスエイドでロイくんと協力できないかもでしょう? あたし的にも今回のことで人がたくさん死ぬのは避けたい』



 おや、今回のこと、女神さまたちの干渉を避けたいとリョカさんが言っていたはずなのでは? もしかしたら他の女神様にも把握されているのだろうか。



『ん? ああ大丈夫。テルネもクオンも、他の力のある女神は一切知らないよ。あたしはただロイくんとエレノーラちゃんが心配でずっと覗いているだけ。それに今はあたしの仕事アヤメが引き継いでいるし、出てきたばかりでまったく仕事がないから暇しているの』



「そうでしたか。それならまだ今回のことに関しては」



『うん、黙っておくから安心して。それにしてもアリシアのことは知っていたけれど、フィリアムもテッドも随分面倒なことになっているよね……10年前のこと、あたしが表に出ていたら防げたからちょっと罪悪感があるんだよ。フィリアムも円卓なんて作るからこんなことになっているのに、あの時止めてればよかった』



 うん? 今妙な違和感が。



『それで2人はどう? あたしのお願いきいてくれる?』



「ええ、もちろんですよ! というか俺はロイさんに鍛えてもらいたくて話をしに来たので、願ってもないお誘いです」



「ええ、私もロイさんに助けてもらい、そのお礼も兼て今からお誘いを申し込むところでしたわ」



『良かった。ロイくんはもっと自分を大事にしてよね。というかあたしの信徒ロイくんとエレノーラちゃんしかいないんだから、それも含めてよろしくお願いね』



 声から嬉しそうな気配が漂ってくるラムダ様に、私は肩を竦ませた。

 可憐な女神様であることは間違いないのだけれど、少し強引なところがある。そのくせ義に厚く涙もろい。素敵な女神様ですが、どうしたものか。



 そんなことを考えながら私は先ほどのラムダ様の言葉の意味を尋ねる。



「ところでラムダ様、先ほどの話なのですが、円卓を作ることが間違いとは?」



『ほぇ? ああ、円卓って言うのは厄介でね、大全三千世界ひしめく世界律、円卓と言うのは毎度碌なことにならない。そりゃあそれ相応に英知や繁栄もあるけれど、それに余りあるほど碌な終わり方をしていない。運命ともいうのかな、円卓がもたらすことは世界にとっての災厄になりうるんだよ』



「運命……」



『この辺りならリョカちゃんの方が詳しいかな。テッドもフィリアムも、アリシアから警告を受けなかったのかな? まあその話をする前にあの子がルナと決別したのかもしれないけれど、今回はテッドが災難だったね、まさかあんなところに潜んでいるとは思わなかっただろうし』



「潜む?」



『そうそう、あの椅子には――』



「見つけましたよこの人でなし魔王!」



「――」



 ラムダ様の話に耳を傾けていると、突然湧いた小さなお嬢さんから私は大槌を振り払われた。

 けれどそんな攻撃で私が乱れるはずもなく、一歩横に逸れるだけでそれを躱し、飛んできたアルマリアの頭を鷲掴みにする。



「今大事な話をしています。あとで遊んであげますから今は大人しくしていなさい」



「うっさいバ~カッ! よくも私を置いて行きましたね! どれだけ寂しかったと思っているんですかぁ!」



「相変わらず甘えん坊根性が抜けませんね。良いでしょう、少し遊んであげますよ。ラムダ様すみません、少しお説教をしてきます」



 私がアルマリアを連れて行こうとすると、信託のラムダ様の笑い声が聞こえた。



『アルマリアちゃんだっけ?』



「ほえ? これは神託ですかぁ? それと聞いたことない女神様の声……ああもしかして豊神様ですかぁ?」



『うん、よろしくね。それとロイくんと遊んでくれてありがとうね』



「私怒っていますよ~」



『それでもね、君はロイくんのことを知っているのに変わらずに接してくれている。それに君と接している時のロイくん、なんだか楽しそうだし』



「ほぅ、私が怒っているのに楽しんでいたんですかあなた?」



「愉快な小動物程度に思っていますよ」



「よしブッ飛ばす。国中の魔物退治の前にあなたを先に泣かす!」



 小型魔物のような脆弱な威嚇声を上げるアルマリアに私はため息を吐いて構えると、苦笑いのヴェイン君が手を上げた。



「あ、あの~」



「なんですかぁ」



「い、いや、その俺たちも話があって。それとあなたがゼプテンのギルドマスター、アルマリアさんですか」



「そうですよぉ、そういうあなたは……ああ、リョカさんが彼女周りにいる学生と同じくらいと話していて、さらにガイルさんからはあんまり強くないと評されているヴェインさんですね」



「――」



 ヴェイン君が膝から崩れ落ち、涙目で私を見上げた。



「そんな正直に言わなくても」



「テッカさんから女の敵と聞いているので」



「ああぁっ!」



 地に膝をつけた状態から丸まってしまったヴェイン君に声を掛けようとすると、アルマリアが悪戯っ子な笑みを浮かべていた。



「というかそういうところだと思いますよ」



「どういう?」



「許可なんて求めたらこのクマ絶対に拒否するんですから、さっさと襲い掛かっちゃえばいいんですよ。そうすれば否応にもあなたの悪いところをこのクマは言いますし、戦闘の訓練にもなる。あなたに必要なのは言葉ではなく暴力です。さあ、一緒にこの人でなしをボコボコにしましょう!」



 何を巻き込んでいるんだ。

 私が頭を抱えると、ヴェイン君が私に剣を向けてきた。



 乗せられやすい性格なのだろう。純粋過ぎるというのも考え物だ。



『良かったねロイくん』



「……ええ、おかげさまで退屈とは無縁ですよ。ああそうだ、ラムダ様、先ほどの話をリョカさんにしてあげてくれませんか? きっと何かに気が付いて行動しているようなのですが、確信がないように思えました。どうか私の恩人に手を貸してくださると、私も嬉しいです」



『いいよ、リョカちゃんはあたしにとっても恩人だし、手を貸せることなら喜んで手を貸すよ』



「ありがとうございます。では私は子ども2人の相手をしてきますので」



『うん、それじゃあねロイくん、せっかく生まれ変わったんだからせめて君の罪が明るみになるまで、楽しく過ごすと良いよ』



 私は苦笑いを返し、そして最後に。



「ああそうでした。良かったらまたエレノーラと遊んであげてください。あの子はラムダ様のことも大好きになったみたいでして」



『うん、それじゃあ暇を見つけてまた来るよ』



 そう言ってラムダ様の気配が遠ざかった。

 信託など何十年ぶりだろうか。まだ私は女神さまたちに恩を返せる。昔そう願っていたことがまだ私には成せるのかと喜びもある。



 こんな風に思えるようになれたのもやはりリョカさんのおかげなのだろう。



 私は改めてアルマリアとヴェイン君に目を向ける。



「さあやっちまいましょう!」



「それじゃあ行きますよ師匠!」



 ついに師匠呼びか。

 私は強引な相手に弱いのでしょうね。



 数歩後ろで微笑んでいるマルエッダ嬢にも目を向けて、私は子どもたちと交流を深めるのだった。

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