魔王ちゃんと星の奪還任務
「……ん」
目を覚ました僕の目には、ベタに言うと知らない天井、多分アストラルセイレーン本部の客室か何かだろう。そして耳に入ったのは誰かの泣き声――鼻をすすり、可憐な声でわんわんと泣いている。
なんというか、こんな状況だけれどどうにも僕は、私は嬉しいらしい。
僕は私じゃないから当然だけれど、きっと私が死んだとき、笑った奴はいても泣いた人はいなかっただろうし、もう少しだけ僕に向けられた涙を聞いていたかった。
「わた、私――リョカさんから攻撃、逸らすことしか、出来なくて」
「そのおかげでこの程度で済んでいるんでしょ。あなたはよくやったわ、ありがとう」
ああ泣いているのはエレノーラか。
小麦畑が見えたし、ロイさんかエレノーラのどちらかとは思っていたけれど、嫌な役をやらせてしまったらしい。
「……けれど、まさか彼女がやられるなんて。ジュウモンジ、それほどの力を得たか」
「ええ、しかもエクリプスエイドを引き起こそうとしており、人員を彼1人に割くわけにもいけませんから」
ヴェインさんとランガさんが深刻な声色で話しており、頭を抱えているだろう光景がありありと想像出来る。
「あの、ロイさん、あなたのお力でどうにかできないでしょうか?」
「私、ですか?」
ロイさんがいつの間にか喋れるようになっているのは多分ラムダ様のおかげだろう。それよりも気になったのが、マルエッダさんの声色にどこか色香を覚えた。
あの既婚者、今度はどう口説いたのか。
「ロイ、別にあんたが出なくても大丈夫よ」
「でもミーシャさん、現にリョカさんが――」
「ふん!」
「ぐぇっ」
「起きてるのなら体を起こしなさい。傷だって大したことないでしょう」
腹部に拳を落とされて僕は渋々体を起き上がらせる。
「もうちょっと優しく起こしてくれない?」
「盗み聞きしている幼馴染に与える優しさは持ち合わせていないわ」
「さいですか~――っと」
僕が肩を竦めると、エレノーラが飛びついてきた。
「う~……」
「こらエレノーラ、リョカさんは怪我人ですよ」
「大丈夫ですよ、エレノーラのおかげで傷も大したことないですし、どんな薬よりも可愛い子に抱き着かれた方が僕には効きますから」
ぐずっているエレノーラを抱きしめて撫でながら僕はロイさんに笑みを見せる。
「ごめんねエレノーラ、ビックリしたよね? もうちょっとやり方はあったはずなんだけれど、思った以上にジュウモンジが面倒だったのと、それと思っていた以上に厄介なことになっていてああするしかなかったんだよ」
「その口ぶり、あんたジュウモンジを倒せたでしょ?」
ミーシャの指摘にヴェインさんたちが驚いている。
まあ言わんとしていることはわかる。あの場で彼を倒していたら少なくとも1つ手は空く。
「う~んどうだろうね、あそこにはスピカもフィムちゃんもいたから全力では戦えなかったかな。それに確認したいこともあったし、正直あれの相手をしながら真実を手繰り寄せなきゃだったから倒せなかったんじゃないかな」
「何を調べていたのよ」
「う~ん……フィムちゃん、と、彼女たちの絆次第、かな」
「なんの話よ」
ニコッと幼馴染に笑みを投げると、我らの聖女様は額に青筋を浮かべ舌打ちをした。
こういうところあるんだよなぁ。もうちょっとゆとりと余裕と幼馴染を愛する心をだね、持ってほしい。
そんなことを考えていると、ルナちゃんがそっと手を握ってきた。
「最近はわたくしにも隠し事をして、少し寂しいです」
「うっ、いやその、まだ不明瞭なところもありますし、正直賭けの部分もありまして」
「それは良いけどよリョカ、お前勝算はあるのかよ」
「ジュウモンジですか? ありますよ。だってあの人、フィムちゃんとテッド様の加護と大教会で超強化しただけですし」
と、僕があっけらかんに言うと、ヴェインさんが顔色を変えて僕に迫ってきた。
「2つの加護にさらに大教会だって! 勝てるわけないだろそんなの!」
「え? ミーシャがいますから大丈夫ですよ」
「いやいや、大教会はかの大聖女・フェルミナ=イグリースが起こした唯一無二の奇跡、それに2人の女神様の力まで加わっている、人の手では届かない」
僕はチラとミーシャを見ると、彼女は心底うんざりしたような顔を浮かべていた。
「は? あいつポアルンを攫ったのって大教会するためだったの? そんなどうでも良い理由であたしを怒らせたの?」
「ですよね~。というかジュウモンジ、やっと同じ立ち位置に立っただけというか、何とも憐れな気になってくるよ」
そう、2柱の女神様と大教会――同じ状態の聖女を僕は知っており、別に不可能なことではない。
ヴェインさんが訝しんでいるけれど、僕はふと辺りを見渡す。
「アルマリアとウルミラは?」
「アルマリアさんは敵の本拠地で偵察中です。私とエレノーラの方が都合が良かったので、置いてきました。ウルミラさんは外に敵が残っていないかをこの街の聖女様たちと巡回中です」
「うんうん、ウルミラは大分騎士としての自覚が出てきたようだね。それにしてもロイさんや、あんまりアルマリアをイジメないようにね」
「扱いに慣れてきただけですよ。この程度で発生する怒りなど、小動物に噛まれる程度の物です」
僕は薬巻を取り出して火を点すと、それを空で遊ばせて肩から力を抜く。
「それでロイさん、1つ頼んで良いですか?」
「なんなりと」
「エクリプスエイドは発生します。でも相手は大地の女神で、魔物を生成できる力を持った女神様です。だから――」
「もう種は巻きました。この国全域、とはいかないですが、それなりの広さで魔物を退治できます」
「さすがロイさん、それじゃあこっちはロイさんに任せて、ジュウモンジたちの本拠地に乗り込むのは僕とミーシャの2人とルナちゃんとアヤメちゃんだけで――」
「ちょっと待ったぁ!」
「う~んぅ?」
突然扉が開け放たれ、ウルミラが飛び込んできた。
「巡回ご苦労様」
「ありがとうございます! ってそうじゃないです。私も行きます」
「危険だよ?」
「私はブリンガーナイトです! それとスピカさんは友だちです!」
僕は苦笑いで頬を掻き、ヴェインさんに目を向ける。
すると彼はどこか温かな目でウルミラを見て、僕に頭を下げてきた。
これは面倒を見るしかない感じだな。と、僕が頷くと、ランガさんも手を上げた。
「私も付き合いましょう。私はどちらかといえば対人特化なので、魔物相手ではあまり役に立ちませんし、ウルミラ1人に背負わせてしまうとブリンガーナイトの名が廃ります」
「……う~ん、僕の想定だとここに敵も戦力を集中させるはずなんですよね」
「その心は?」
「ミーシャとロイさんは向こうにとってとんでもない脅威でしょう? それにマルエッダさんもいますし、ここに集結すると踏んでいます。だからブリンガーナイトの面々とマルエッダさん、ロイさんとアルマリアはここで防衛兼魔物の駆除を任せたいんですよね」
すると、僕に抱き着いていたエレノーラが首に回していた腕に力を込めた。
「エレノーラ?」
「……リョカお姉ちゃん、エレ――私、私も行きます」
「え! いやでも」
「私、なにも出来なかった。リョカお姉ちゃんが戦っていたのに、私ずっと見ていただけで……お父様に、何かあった時はお姉ちゃんの助けになってあげてほしいって言われたのに、最後の最後でしか動けなかった」
「十分だよ。さっきミーシャも言っていたけれど、エレノーラのおかげでこうして元気でいられるんだからさ」
「……正直に言います。私、リョカさんをぶったあの人が嫌いです! だから、だから――」
やり返したい。か。不純な動機ではある。
けれど大事な切っ掛けでもある。
強くなろうとする理由にケチはつけたくはない。でもどうにもまだまだ彼女は子どもに思えてしまう。
どうするべきか。ロイさんに目を向けると、彼は肩を竦めてエレノーラに手を伸ばして撫でた。
「エレノーラ、正直私はそういう理由で戦ってほしくはないです」
「でもぅ」
「ええ、悔しかったんですよね。ですが、私怨の果てに私がどうなったか、お前は知っていますよね?」
「それは――」
「理由はどうあれ、私は許されるべきではない。お前に、父親としてそんな道を進ませるわけにはいかないのです。わかりますね?」
「……」
「ですが」
ロイさんのエレノーラを撫でる手つきは本当に優しい。
大事な愛娘、戦いに関わらせることだって本当は嫌だろうに、ロイさんは諭すように、そして生前では教えられなかったことを今伝えようとしているかのように、エレノーラに優しく言葉にする。
「もしエレノーラが、私とは違う……激情に身を委ねずに、己に課した信念のもとに力を振るえるのであれば私は止めません」
「お父様」
「お前は私にはもったいないほど優しくて、とても良く出来た子だ。意図的に道を違えることはしないと信じている。もちろん道の歩き方はこれからも説いていくつもりだけれど、今この場で力を振るいたいのであれば、お前が信じて好いた人のためであるのなら胸を張っていってきなさい」
「うん!」
ロイさんに視線を向けられる。
一緒に止めてくれると考えていたけれど、さすがの最年長――僕程度の小娘では足元にも及ばない。
「リョカさん、きっとエレノーラはあなたと、それにミーシャさん、ルナ様やアヤメ様、他の女神様方の力になりたいのです。どうか、この気持ちを汲んであげてくれませんか?」
「う~ん」
と、僕が悩んでいると、ため息を吐いたアヤメちゃんがエレノーラを撫で、ルナちゃんは隣で微笑んだ。
「連れて行ってやれリョカ、エレノーラも子どもだけどもう子どもじゃねぇ。それに何と言ってもそいつの娘よ、並の相手じゃ敵うわけないわよ」
「アヤメ好みの闘争心も見て取れますし、大丈夫ですよ」
「そうそう、そんなに心配なら俺が面倒見てやるわよ。俺の信徒じゃないけれど、闘争を司る神獣としてはエレの闘争心は目を見張るものがある。俺の庇護下においてやる」
まさかの女神さまたちからのお墨付き、しかもアヤメちゃんが守護する宣言までしたし、やはりエレノーラの気持ちを無碍にしたくもない。
僕はこの小さな魔王の娘を撫でる。
「危なくなったら1人でも逃げるんだよ」
「はい」
「ミーシャみたいに自分を犠牲にした戦い方は絶対にしない」
「はい」
「……わかりました。エレノーラも一緒に行こう」
「はい! リョカお姉ちゃん、ありがとっ」
「もう、可愛い子のおねだりには弱いのは治さないとなぁ」
「治るわけないでしょ。話はまとまったわね、それじゃあ行くわよ――」
「待て待て獰猛聖女、まずはアルマリアを呼び戻さないと。その間に僕たちは準備……とりあえず聖女布の補充をしないとだし、それとアガートラームの調整――というわけで出発前の準備は各自でお願いします。それとこの街に防衛線を敷くので、手が空いている人は手伝ってくださいね」
僕はベッドから起き上がり、床に足を付けて伸びをする。
そしてみんなからの返事を聞き、僕たちはジュウモンジたちとの決戦に備えて動き出すのだった。




