聖女ちゃんと竜の微笑み
「ケダモノの聖女か」
「……」
「ジュウモンジ」
ウルミラが剣の柄を強く握る。
一度は戦いから目を背けてしまったから肩に力が入るのもわかる。でもそれは今じゃない。
あたしは片腕を広げてジリジリと前進するウルミラを制した。
「ミーシャさん?」
「上からじゃわからなかったのよ。正直やってしまったわ」
「だろうな。テッドの奴もいつの間にかいねぇし、すでに中だなこりゃあ」
「じゃあさっさとこいつら蹴散らすわよ」
あたしが肩を竦めていると、ウルミラが首を傾げる。
するとそいつが口を開いた。
「来るか――」
「いい加減それ解きなさい。あたしはあんた程度と戦う理由はないのよ」
「……」
ジュウモンジの体がぼやける。
エレノーラのナーサリーライムと似たものかとも考えたけれど、どうにも違う。あれは明らかに個人の見てくれを変えている。
あたしがアヤメに目を向けると、この子は肩を竦めて口を開いた。
「『誰そ彼に紛る夕景の影』の第4スキル、他の姿を変えられるスキルよ」
ジュウモンジの姿とテッドと言う女神の姿が、片方がいつか見た闇女、もう片方がリョカが話していたニンジャ? の男。
「こいつら。じゃあジュウモンジは――」
「もう中でしょうね。思い切り飛び出しすぎたわ」
アストラルセイレーン本部の円卓はそれなりに高い場所にあるために、街の外まで行こうと飛び降りてしまうと結構離れてしまう。しかも着地してすぐに周りを囲まれてしまったからこいつらを倒していかないと、後ろで控えているヴェインとランガ、マルエッダと聖女たちの負担が大きくなってしまう。
ここは面倒だけれど、ある程度数を減らしておくべきだ。
「おいクソ聖女、この間はよくもやってくれやがったな。今度は――」
「がおぉっ!」
闇女が何か言っているけれど、あたしはすかさず竜砲を放ち、ヘカトンケイルの連中も、魔物も吹き飛ばしていく。
そして闇女がこの間やったように体を闇化させたからあたしは瞬時に距離を詰めて奴の頭を掴む。
「寝てなさい」
「うがっ!」
女を地面に叩きつけると、すぐにニンジャが反応して逃げようと飛び跳ね始めたけれど、初動が遅すぎる。
あたしは逃げようとする男の肩を組んで正面を向かせて、あたしの顔と彼の顔を向かい合わせて口を開く。
「な、な――」
「25連――竜砲!」
あたしは組んだ腕もろとも男の顔を竜砲で穿ち、ぶっ飛んでいった男を見向きもせずに焦げた自身の腕を払って敵たちを睨みつけた。
「あわわわわ……」
「戦い方がもはや聖女じゃないのよあいつ」
アヤメとウルミラが好き放題言っているのはこの際良いとして、今の一連の動きを見ていて足の動きを止めた敵を睨みつけて戦闘圧をぶつける。
その瞬間、奴らは途端に泡を吹いて倒れ、かろうじて立っている者たちをあたしは嗤う。
「あんたたちはあたしと戦う権利を得たわ。いいわ、どこからでもかかってきなさい」
「聖女の有り難い言葉だぞ。心して聞きなさいよ」
「ありがたみを微塵も感じられません。むしろ倒れていた方が良かったのでは?」
徐々に後退していく敵たちにあたしはジリジリと距離を詰めていく。
魔物も人も、等しく戦いから目を逸らそうとしている。
そんなもの、あたしを目の前にして許されるはずがない。
あたしと対峙したのなら敵になるかブッ飛ばされるかの2択だ。
構えたのなら最後まで足掻け。
敵と認識したのなら最後まで戦い抜け。
「あんたたち戦いに身を置いたのなら、闘争の中で死になさい! 102連――」
体を闘争心がまとわりつく。
この戦闘圧は赤くなり、神獣拳を使用。
あたしは口いっぱいの信仰を空に向かって放つ。
「竜王!」
逃げ出した敵たちが揃ってあたしの信仰を見上げた。
彼らの顔色が恐怖に青白くなっていくのがわかる。
涙目であたしに振り返ってきた者たちに、あたしはリョカ風に言うのなら最大限の笑顔を向ける。
「ひぇっ」
「……おい頼むよ俺の聖女、そんなツラ他の女神に見せるんじゃないわよ」
あたしは竜が宙から舞い降りる様を横目に見届けるのだけれど、ふとその目に映る景色が1つ。
「小麦畑?」
あたしは首を振って降ってくる竜に目を戻すのだった。




