魔王ちゃんと星のお菓子
「……」
僕がアストラルセイレーン本部の厨房でお菓子を作っていると、その甘い香りに誘われてか、気が付けば聖女に囲まれている。
みんな興味深そうにお菓子を眺めており、最前線で見ている女神3柱にも気が付いていないようである。
「リョカお姉さまリョカお姉さま、果物、果物ですか?」
「果物ですよ~。果物が好きと聞いたので、果物たっぷりババロアですよ」
ババロアと言っても、ゼリー液を流して模様になるように果物を敷いて冷やして固め、その上にババロアの材料の牛乳やら砂糖やら卵黄やらを混ぜて温度調整をしたものを流し入れただけのものだけれど、見た目華やかで初見の人には喜ばれる。
僕はババロアとゼリーが入った型……真ん中には液が入らないようになっており、出来上がりがドーナツ状になる型を冷蔵庫――密閉された箱に氷の精霊を呼びだして一緒に入ってもらい、冷やし固める。
「スピカは作り方憶えられた?」
「え、ええ、でもあれあの後どうなるのよ? ずっと液体流しているだけだったわよ?」
「一層目が固まって……出来上がってからのお楽しみね」
この世界にはゼラチンはなかったんだけれど、海があるから海藻をたくさん調べ、凝固剤――私の世界だとアガーが一番近いかな? それと似た成分を取り出すことに成功し、お父様に頼んで商品化した。
グエングリッダーではまだ見かけていないけれど、こっちでも商品化すれば……と、考えた辺りで僕はふと気になった。
「そういえば、この国で商売を取りまとめているのは」
「残念ながらジブリッドではないわよ」
「ありゃそうなの? そうなるとこのお菓子はあんまり作れないか」
「え? どうしてよ」
「スピカ、ジブリッド商会が出している商品の中には、リョカが見つけ出して商品化されたものがたくさんあるのよ。他じゃ絶対に真似出来ないほどのやつ」
「え、嘘でしょ。もしかしてリョカの作るお菓子は」
「向こうから持ってきたものが多数入っているね」
スピカとフィリアム様がその場で蹲って顔を両手で覆った。
とても可愛らしい2人に和んでいると、ルナちゃんがクスクスと声を漏らし、フィリアム様の肩を叩いた。
「フィリアム、あなた自分のところの極星を忘れていますよ」
「みゅ?」
「リーデッヒ=カロナ、彼がいるでしょう」
「え、リード?」
フィリアム様がパッと顔を明るくさせたけれど、僕は聞き覚えのある名前に驚いた。
「リョカ、リーデッヒを知っているの?」
「知っているも何も、リードはお父様の一番弟子だよ。僕もミーシャも昔お世話になった。僕たちが子どもの時に独り立ちするってみんなで送り出したんだけれど、まさか極星になっていたなんて」
「ギルド・『星呼びの道具屋』その極星、リーデッヒ=カロナ。リョカと……ジブリッドの縁者だったのね」
僕は考え込み、トイボックスの中からお父様から渡された書類を捲る。
するとそこには手紙が入っており、リードが極星をやっていること、取引できるようなら商談を進めておいてほしいと綴られていた。
「さすがおじさんね」
「もっと早く見ておけばよかった。うん、これならこっちでもうちと取引できるかも。お父様も僕に任せてくれるようだし」
スピカとフィリアム様の瞳がシイタケ――星模様になっておりとても可愛らしい。
「それじゃあプレゼン考えておかなきゃなぁ」
「ぷれぜん?」
「そりゃあ商売だもの、リードが自分のところで扱ってもいいか判断するんだから宣伝が必要でしょ?」
「そんなもの全部通しよ通し」
「リョカお姉さま、私が言えば全部通ります」
「コラコラ、商売に聖女や女神様が関わっちゃうと商人のメンツが潰れちゃうよ」
僕が2人を咎めると、フィリアム様がむ~顔でルナちゃんとアヤメちゃんを指差した。
確かにルナちゃんとアヤメちゃんはジブリッドの跡取り養子だけれどね。
「わたくしは人のことをしっかり勉強しているので、フィリアムみたいなことは言わないのですよ」
「……お前ジークランスにプリンたくさん作れるからって竜界の入り口教えて卵大量入手しようとしていたよな?」
ルナちゃんがスッと顔を逸らした。
竜の卵を使ったプリンとかどんな味か想像できないけれど、確かに大きそうだ。
とはいえ流石にお父様が止めただろうけれど。
「……ジークランスお父様に怒られました」
「でしょうね~」
お父様が良識ある商人で本当に良かった。
「改めて思うけれど、リョカのお父さんもすごいわね。ジブリッド商会、噂には聞くけれどまさか女神様を養子に迎えるなんて大胆よね」
「ジークランスお父様、優しいですよ。スピカさんもフィリアムもきっと気に入るはずです」
そうして暫く談笑をしていると、他の聖女も僕への警戒が解けたのか、色々と話しかけてくるようになり、時間を潰していた。
そしてそろそろ固まったかなと、冷蔵庫からババロア型を取り出し、それを大皿の上に開けると、ドーナツ状の下の層はミルク色のババロア、その上には透明のゼリーが星形に形作られたフルーツを覆っていた。
「おお~」
「わぁ……」
スピカとフィリアム様が感嘆の声を上げると、周りで見ていた聖女たちも釣られるように声を上げた。
全員から早く食べたいという視線を感じたから、僕は冷蔵庫に入っている別の型も幾つか取り出した。
聖女たちが集まってきた時点で食べたいと言われるのは覚悟していたから、それなりに数は用意しておいた。
僕は聖女たちにお菓子に合うお茶を手渡し、早く食べたそうにしているスピカとフィリアム様を制して円卓で待ってくれているウルミラたちの下に戻るように言う。
こんなに喜んでくれるのなら、頑張って作ったかいがあったものだ。
まだまだ対ジュウモンジ会議は続くけれど、この作ったお菓子が少しでもみんなの気を和らげてくれることを僕は願うのだった。




