魔王ちゃんと円卓会議
「星神様に謝罪していたのは、そんな理由でだったか」
「本当に、すみませんでした」
遅めの朝食を終え、僕たちは改めてフィリアム様を交えての作戦会議をするために、ミーティアにあるアストラルセイレーン本部の階段を上がっていた。
改めてこのミーティアという街は聖女主体で動いている街なのだと実感する。
本部自体は巨大な教会のようなそれで、海外旅行などあまりしたことがない私だけれど、漫画や映画、旅番組でこういう壮観な教会は何度か見たことはあるけれど、これほど綺麗な作りになっているのなら一度でも行ってみても良かったかもしれない。
もちろん聖女主体だからか、中には聖女様が多数おり、それ以外だと神官などの女神様に仕えるギフト持ちの印象を受ける。
そうして呆けて辺りを見回していると、フィリアム様と手を繋いでいたスピカが自慢げに鼻を鳴らして僕に目を向けてきた。
可愛いなもう。
「ふふん、グエングリッダーでも1、2を争う綺麗な場所なのよ。まあもっとも一般には解放されていないのだけれどね」
「そうなの? もったいない」
「聖女だけだと安全面がね、護衛を雇うにもそれなりのお金がいるし。だから有事の際やダンブリングアヴァロンの定例会議以外では人を入れないのよ」
「別に聖女が聖女を護衛すればいいじゃない。力で劣っている者を守るのは聖女以前に人として当然じゃない?」
「……何故かしらね。ミーシャに人としてのあれこれを説かれるのは非常に癪なのだけれど。それに世間一般では聖女がその力の劣っている者よ」
スピカの言葉に、ミーシャが胸を張って勝気な顔を見せた。
「くそっ、これも聖女だからなまじ反論が出来ない」
「スピリカ、言葉使い」
「あぅ……」
マルエッダさんに咎められ、シュンとしたスピカを撫でていると、やっと扉が見えてきた。
それはとても大きな扉で、僕はふと部屋の中から神聖な気配を覚えた。
「うん、加護?」
「さすがですわリョカさん。ええ、ここにはフィリアム様の加護が」
「何か重要な施設では? 部外者の僕たちが入っても大丈夫ですか? 魔王ですよ僕」
「今さらじゃない。それに」
スピカがフィリアム様に目を向けると、彼女が頷いた。
「はい、リョカお姉さまもミーシャお姉さまも、このグエングリッダーのために動いてくれました。だから私もその優しさにちゃんと向き合いたいと――それに~……ま、万が一にも2人が極星になってくれたりも」
「フィリア~ム?」
「ぴぃっ」
ルナちゃんに凄まれて隠れてしまったフィリアム様。本当に末っ子って感じがして非常に良い。
そんな星神様が隠れながらも、アヒル口になりながら何事かを呟いた。
「ま、まぁ、リョカお姉さまの方では1人星が瞬いたし、あっちに期待かなぁ」
「……おいフィム、それもルナには筒抜けだからな。面倒見るんならちゃんとしろよな」
「なんの話です?」
「ああ、それは――」
ルナちゃんが口を開くと、扉が音を立てて開き、僕とミーシャ、ルナちゃんとアヤメちゃんはフィリアム様とスピカに案内され、その広い部屋に足を踏み入れた。
ただっ広い部屋には円状のテーブルと13ある豪華な椅子。
「ようこそ、『13の円卓を囲む極星』へ。私たち極星は、月の寵愛を受けし銀色の魔王リョカ=ジブリッド、ケダモノの聖女ミーシャ=グリムガントの両名を歓迎するわ」
「あの、僕の通り名が毎回変わるのは何故ですか?」
「ケダモノケダモノってあたしは人よ」
「文句言うんじゃないわよ」
スピカがせっかく格好つけたのにとうな垂れると、フィリアム様が小さく手を上げた。
「すみません、リョカお姉さまはその、名前を噂されてもすぐに別の名前が付けられてしまうので、どうにも安定しなくて」
「基本的にはこういう名前は女神どもが暇つぶしでつけることがほとんどなんだがな、お前は毎回毎回大事起こすせいで女神間でも名前を付けあぐねているのよ。ミーシャはもうそれでほとんど決定だな」
「クオンだけが否定していますけれどね」
「あいつ竜を付けろってうるせぇんだよな」
通り名って女神様が付けていたのか。つまりアルマリアも……あれ絶対アヤメちゃんが付けただろう。
そんなことを考えながら僕はダンブリングアヴァロンの円卓に目を向ける。
私の世界にもこんな円卓が出てくるお話があった。13が12になるところといい世界規模で因果でも繋がっているのだろうか。
そう言って僕は円卓の周りを歩き、ふと1つの席に手を伸ばした。
「りょ、リョカお姉さま、その席は――」
「あ~、やっぱ呪いとかある感じです? 13も席はあるのに、極星は12人ですもんね」
「さすがに目敏いわね。それにやっぱ魔王ね」
「やっぱ?」
僕が首を傾げると、ルナちゃんが僕の手を取り、別の席に導いてくれた。
「その席に座っていた極星は、色々あり魔王になった者の席です。大分昔……もう160年くらいになりますか。その座に着いた極星だった彼は、星を1つ穢し、当時の極星総出で討たれたという歴史があります」
「なるほど。まあつまり縁起が悪いから誰も座らせていないってわけですか」
「縁起っつうか、実際そいつの後任で座った奴らも不可解な死を遂げたり不運が続いていたりしたからな。お前の言う呪いっちゃあ呪いだな」
「ふ~ん?」
アヤメちゃんの補足に僕が首を傾げていると、全員が席に着いた。
「極星を全員集めることは出来ませんでしたが、私……星神フィリアムの名において、ダンブリングアヴァロンの開催を宣言をします」
フィリアム様が告げた横で、僕は隣のヴェインさんに尋ねる。
「他の極星たちは?」
「ああ、それなんだがどうにも厄介なことになっていてね。というか、ジュウモンジもあれで一応、元極星だ。どこを狙えば誰が動けなくなるかを熟知している」
「つまり、戦える面々を隔離していると?」
「話が早くて助かるよ。極星と言っても全員が戦えるものではない、だからそこさえ潰せば戦力が集まることはないからね。他の極星は魔物の大量発生に手を割いていてこちらに来られない状態だ。俺たちブリンガーナイトもリョカさんとミーシャさんがいなかったらどうなっていたか」
それなら、まずはその極星の救助を優先し、戦力を集めるべきか。
僕とアルマリアなら1日で相当数どうにかできるし移動も速い。それを提案するべきかと考えていると、ミーシャが手を上げた。
「とかろでリョカ、あんたジュウモンジがエクリプスエイドを起こすって言っていたけれど、根拠は?」
「え? ああうん……」
ミーシャからの質問に僕は顔を伏せる。そしてスピカとウルミラに一瞬目をやった後、薬巻に火を点した。
「リョカ、私たちは大丈夫よ」
「そうです。それにリョカさんが言い淀む時って、私たちのことを気にしてくれている時だってもうわかっちゃいましたから」
2人の後押しに、僕は深くため息を吐いて話すことを決めた。
「ミーシャ」
「ん?」
「譲ったからね」
「……ええ、任せなさい」
ミーシャの答えに満足し、僕は深く吸った煙を宙に吐き出し、見てわかるほど不機嫌な顔で口を開く。
「これは想像だ、推測だ。これが僕の頭の中だけの出来事ならこんな顔はしない。本当にくだらない。いや、あれにとってはこれが絶対だったのか……正直どうでも良い。思想が違うことは他人であれば当然だ、ある程度は目を瞑っても良い。そうじゃなければ社会は回らない」
「えっと? 目を瞑れないほどのことってことかな?」
「ヴェインさん、同じ極星としてあなたはジュウモンジと剣を交えたいだろうけれど、今回はミーシャに譲ってもらいます」
「……ああ、俺では勝てなさそうだ」
「ありがとうございます。それでジュウモンジの目的? ああそれは簡単なことだよ。あれは簡単でくだらないことに、あの大災害を選んだ……昔得られなかった栄光をまた得ようとしているだけだ」
ヴェインさんの額に青筋が浮かぶ、スピカとウルミラが歯を食いしばって握り拳を作った。
「……リョカさんから、ジュウモンジがエクリプスエイドを起こすと言われた時、もしかしたらって思った。でもそれをしてはいけないだろうと、いくらなんでもそこまでは。と、俺もまだまだ甘いな。あいつは敵だ」
ヴェインさんから戦闘圧が漏れ出ている。
僕たちは話に聞いていただけだけれど、彼らは違う。
その惨劇を体験し、実際に何人もの命がなくなっていく様を見ているんだ。
グエングリッダーの人々は、当然思うところもあるだろう。
僕が彼らの心を慮っていると、突然ケダモノの聖女様が円卓を飛び越え、スタスタとフィリアム様の下に歩いて行った。
今度はなにする気だあの聖女。
「ところでフィム、少し気になったのだけれど」
「えぅ? わぅわぅ、み、ミーシャお姉さま?」
円卓を飛び越えるだけに飽き足らず、女神様を愛称呼び、さらに頬っぺたを軽くつつくということまでやってのけている。
スピカが睨んでいるぞ、控えなさい。
「あんた何であの大男を極星のままにしていたのよ」
「えっとそれは……」
言い辛そうにしていたフィリアム様だったけれど、ミーシャは星神様を抱き上げて自分の席に戻ると、そのまま抱っこしたまま席に着いた。
「別にあたしは文句言うつもりはないし、残っていたってことは極星全員が承諾したんでしょ? なら悔やむ必要も反省する必要もないわよ。ブッ飛ばす機会が遅いか早いかの違いしかないだけでしょ」
本当にあの聖女様、短絡思考が板に付いてきたな。
まあでも、あのくらいはっきりしている方がやりやすくはあるけれど。
「……エクリプスエイドの前のジュウモンジは、確かに言動も荒く、問題行動がなかったとも言いません。けれど」
「それでも、極星であることも、極星になることにも誇りを持っているように私は思っていましたわ」
「真正面で対峙したけれど、そんな殊勝な感じではなかったわよ」
「はい、でも、私は……」
「星の瞬きを信じたかった?」
ミーシャの言葉に、フィリアム様が頷いた。
「あなた優しい子ね。というか甘い子」
ミーシャが最近では見ないほど――いや、エレノーラにする様な優しい手つきでフィリアム様を撫でている。
「あんたは何と言うか女神らしいわ。アヤメはアホだし、ルナは人の世に干渉し過ぎだし、そのくせ自分で解決しようとするから可愛げはないし」
「誰がアホだ!」
「ミーシャさんそんな風に思ってたんですか!」
「思っていたわよ。というかあんたは最近リョカに感化されてあざとすぎ。アヤメはつまみ食い止めなさい」
膨れるルナちゃんを手招きすると抱き着いてきたから彼女を撫でてやる。
「むぅ、あざとくないもん」
「ルナちゃんは最カワですよ~。可愛くなろうとしている人にあざといはないですよね~」
「リョカは甘やかしすぎなのよ。そんでフィム、あんたは頼り方を良く知っているわ。だからあたしとリョカ、それと極星とこの国の人に任せておきなさい」
「ミーシャお姉さま……」
フィリアム様を撫でている我らの聖女様。というかミーシャって何だかんだ女神様と相性がいい。以前にもルナちゃんに発破をかけたこともあったし、聖女としての能力も高いのではないだろうか。
そんなことを考えていると、星の聖女様が頬を膨らませてケダモノの聖女を見ていた。
いやまあ、物理的に強い聖女なだけでなく、女神様との繋がりまで強く保てる聖女様に思うところがあるんだろうな。
僕はスピカにも手招きすると、彼女も近づいて来てルナちゃんとは反対側にくっ付いてきた。
「なんだかんだ言って、俺の聖女は女神の願いを聞いてくれるからな。あと俺はつまみ食いを止めないからね」
胸を張るアヤメちゃんに苦笑いを向けていると、マルエッダさんも優しく微笑んでいた。
「リョカさん、スピリカがすみません」
「いえいえ、僕は甘やかし担当なので。それにスピカだって立派な聖女様なのは知っていますから」
「本当、あなたがこの国に生まれなかったことを悔やむばかりですわ」
マルエッダさんに笑みを返すと、僕は手を叩いて視線を集めた。
「暗くなっていても前には進みませんし、とりあえずお茶にしましょう。状況は緊迫しているけれど、うちにも頼りになる斥候がいますので、彼女らの報告を待ちましょう」
先ほど紙姫守でアルマリアたちに連絡を飛ばしておいた。
多分途中報告にアルマリアかエレノーラが戻ってくるはずだからそれを待つ旨を告げ、僕はスピカに厨房の場所を聞く。
するとルナちゃんとアヤメちゃんとフィリアム様、スピカとウルミラも手伝ってくれると言うので、僕はみんなを連れておやつを作るために厨房へと向かうのだった。




