魔王ちゃんと封印破壊の真相
「おはよ~」
「はい、おはようございますリョカさん」
僕たちはあの後、時間も遅くなってきたということで解散し、翌日に作戦会議を開くことを決めてあてがわれた部屋に案内された。
そうして翌日、僕は随分ぐっすりと寝ていたらしく、ルナちゃんに起こされて目が覚めたところだった。
「リョカさんには色々と女神案件の面倒をかけてすみません」
「いいえ~、女神様がすくすくと在ってくれるのが最近の喜びですから」
「そう言ってもらえると本当に助かります……それにしても、わたくし案外人徳がないのでしょうか? アリシアの件もそうですし、フィリアムにも隠し事をされていて、少し自信を失くしそうです」
ため息を吐きながらくっ付いてきたルナちゃんを撫でて、僕は考える。
「頼りにしているから、言えないこともあると思いますよ。ただまあ、今回はフィリアム様も寂しかったんじゃないんですかね? アリシアちゃんもいなくなって、終いにはテッド様も。僕には耐えられなさそうです」
「ですね。わたくしたちがもっと汲んであげればこんな大ごとにはなっていなかったかもです」
「ところで、テルネさまは何も言っていないのですか?」
「ああ気が付いていないですよ。テルネ、相当ソフィアさんが気に入ったのか、最近では入り浸っているようです」
「それは僥倖。アリシアちゃんもテルネさまには見つかりたくないって言っていましたよ」
「あの子も昔から苦手でしたから」
僕とルナちゃんは揃って笑い、僕は着替えを終えるとそのまま部屋を出る。
そうしてギルド本部にある中庭に面している部屋から出るのだけれど、その中庭では、元気な声が聞こえてきていた。
「フィリアム様、可愛いですよ~。視線こっちくださいね」
「う~、す、スピリカぁ。この恰好、変じゃない?」
「リョカ作の可愛い衣装ですよ。ばっちり似合っています」
「あ、スピカさん、こっちも良いんじゃないですか?」
「良いわね。リョカから幾つか衣装を借りられてよかったわ」
そこでは星の聖女と宵闇の騎士が女神様相手に盛っていた。
カメラとか持ってきたかなとトイボックスを漁ってみると、ヘリオス先生と作り上げたそれをちゃんと持ってきており、僕は3人を記念に撮った。
「わっ、あ、おはようございます」
「おはようリョカ、それなに?」
「おはようございますリョカさん、随分お休みになっていたんですね」
「たくさん頭使ったからね。それとスピカ、その衣装はあげるから大事にしてね」
スピカが頷いたのを見て、僕はカメラから出てきた写真を彼女に手渡した。
「ん? あら何これ。今絵を描いたの?」
「うんにゃ。光のあれこれで紙に映して……女神パワーです」
「リョカさん最近説明が面倒になると何でも女神の力って言い張りますよね」
「その方が技術抗争も起きなくて楽なんですよ。ジブリッド家が女神様と共同で開発したなんかこう、すっごい道具です」
「……説明が雑だけれど、まあ納得しておいてあげるわ。それ貰ってもいい?」
写真は絶対食いつくと思ったし、僕が手をヒラヒラさせていいよと言うと、なんとこの星の聖女、カメラの方をブンどっていった。
「ええ、ありがとう」
「……何か恨まれるようなことした?」
「爆発させようとしたわよね?」
僕は顔を逸らして頭を抱え、持ってけ持ってけとスピカに譲った。
「ありがとっリョカ、あなたのそういうところ、私好きよ」
「あざとくなりおって」
なんだかんだスピカも妹気質だ。しっかりツッコミを入れて言いたいことも言うけれど、甘え方がこの旅で上手になったような気がする。
僕が肩を竦ませていると、ミーシャとアヤメちゃんがやってきた。
「おはよう。あんたたち朝から騒々しいわね」
「早速良いようにされているじゃないのフィム、もう少し威厳を見せなさい威厳を」
「あんたこそ堕ちた威厳いい加減回収しなさいよ」
「この聖女本当に口が悪いわね。フィム、この高火力聖女とそっちの聖女交換しない?」
「わ、わぅ、わたしではその、ミーシャ様は手に負えないかと」
「あんたもあたしやリョカに様付しなくてもいいわよ。アヤメほどとは言わないけれど、ルナくらいには砕けた感じでも良いわよ」
「えっと……ミーシャお姉さま?」
「可愛い子ね」
ミーシャがフィリアム様の頭を撫でていると、スピカがジト目を浮かべながらケダモノの聖女に近づき、その頭を思い切り引っ叩いた。
小気味良い音が鳴ると思っていたけれど、金属を叩いた音が鳴り、腕を抱えたのはスピカで手を抱えるように蹲った。
「カったこの聖女、体何で出来ているのよ」
「あによ?」
「いや、昨日うちの女神様を殴ったじゃない」
「話が進まないからよ。どいつもこいつも暗い顔して、誰も前に進まないから悪いでしょ」
面々が顔を逸らす中、僕はミーシャの頭をはたき、それでもちゃんと謝るように言うと、渋々ミーシャがフィリアム様に頭を下げた。
「い、いえ、ミーシャお姉さまのおかげで、私も踏ん切りがつきました。お礼を言いたいのは私の方です」
「ほら」
「ほらじゃない。フィリアム様駄目ですよ~。ただでさえ誰もミーシャに強く言う女神様がいないのに、星の女神様までそうだとこの聖女調子に乗りますよ」
「そ、そうですか? え~っと――めぇっ」
「は~カワ~。お持ち帰りしてぇ」
「お前までそっちに立つと収集つかなくなるでしょうが」
アヤメちゃんが呆れ顔を浮かべたのだけれど、すぐにフィリアム様に向き直る。
「そういやぁフィム、お前一体どうやってテッドを隠したのよ?」
「えっと」
「ああ、簡単なことですよ。フィリアム様の特権は時の固定化、テッド様を時の檻に閉じ込めたんですよね」
「いやいや、それだとすぐ出てくるぜ。フィリアムあんまり強くないもの」
「そこで大教会です。固定した時を強化した。だからこそ1年に1度こっちに降りてくる必要があった。ですよね?」
「リョカお姉さま、すっごいなぁ。極星にほしいなぁ」
「フィリアム~?」
「ぴぃ!」
ルナちゃんに睨まれ、フィリアム様はスピカの背中に隠れてしまった。
「っつうことは封印してたんだろ? 何で出てきてるのよ」
「あぅ、それは……」
「多分スピカを使ったんじゃないかと」
「私?」
「うん、誘拐したスピカをどうしてペヌルティーロの海上に運ぶ必要があったのかをずっと考えていたんです。それで思いついたのがテッド様を解放するのに、聖女の力が必要……というより、大量の信仰が必要だった。だからあの港町で戦いを起こしたんじゃないかと」
「つまりペヌルティーロを人質に、スピカさんに封印の解除をさせようとしたってことですか?」
ウルミラの問いに僕は頷く。
と言うか多分、その人さらいも人質になっていたんじゃないかと思う。
きっとスピカなら、町の人も、人さらいのゴロツキたちも、命を天秤にかけられたら言いなりになると踏んでいたんだろう。
しかしスピカが首を傾げる。
「私ずっと寝ていたわよ」
「え? そうなの? あれ、じゃあなんで――」
僕は思案顔を浮かべるのだけれど、フィリアム様が顔を逸らしており、僕は首を傾げて彼女に目をやる。
「あぅ、その」
「フィム、もう隠し事はなしよ。ここにいる奴らは誰も怒らないわよ」
「ええ、乗り掛かった船です。わたくしも協力は惜しまないですよ」
2柱の女神様からの言葉を受けて尚、フィリアム様は顔を伏せており、僕たちは顔を見合わせる。
「あの、その……わからないんです」
「なにがですか?」
「どうしてテッドの封印が解けたのか。確かに私は時の檻にあの子を閉じ込めました。慰霊碑を壊せば強化はなくなって無防備になってしまいます。けれど強化が解けたからってそれを壊すにはたくさんの信仰が必要です。この国に、そんな大量の信仰を使用できる人はいないんです」
「うん?」
僕の額から汗が流れる。
この国に、大量の信仰を消費できる人はいない? スピカのアストラルフェイト辺りで壊せるかと考えていた。
でもあの様子じゃ違うらしい。
ではその大量の信仰を使用できる者がジュウモンジ側にいる――これも薄いだろう。
ならあの場で最も強力な信仰を海に……。
「あっ」
僕は顔を逸らすと、薬巻に火を点し、天気の良い空を見上げた。
「リョカ、なにか遠い目をしているわよ?」
スピカからも顔を逸らし、僕は欠伸しているケダモノの聖女に一瞬目をやった。
「あのなフィム、そんな女神の特権を壊せる程大量の信仰なんて……あっ」
神獣様も気が付いたようで、一度目を逸らすと、そっとフィリアム様に近づき、背中を優しく撫で始めた。
「いや、起きちまったものは仕方がないわよね。俺たちも全力で協力するからお前が悔やむ必要なんてないのよ。これはみんなの問題、良いわね?」
「アヤメお姉さま……」
瞳をウルウルさせて、アヤメちゃんの言葉を聞いていたフィリアム様に、僕とアヤメちゃんが汗をダラダラ流す。
「罪悪感」
「黙ってなさいリョカ、これ責任取らされるのは俺なのよ」
2人揃って目を逸らしていると、ルナちゃんに腰を叩かれる。
「リョカさ~ん、アヤメ~?」
ついに僕は耐えられなくなり、ミーシャに近寄り、フィリアム様の前に連れて行くと、幼馴染の頭を掴んで一緒に頭を下げた。
「すみませんでしたぁ!」
「ふぇあっ」
「ど、どうしたのよリョカ、ミーシャの頭まで掴んで頭を下げて」
「いや、その……」
僕が答えあぐねていると、アヤメちゃんがそろりと離脱しようとしているのが見えた。
ズルいぞ神獣様、そもそもなんで僕が謝っているんだ。
「アヤメ~? どこに行くんですかぁ。ミーシャさんはあなたの聖女ですよ~」
ルナちゃんに捕まり、ブリキのおもちゃのように不自然な動きでフィリアム様の傍に戻ってきて、そのままジャンピング土下座をした。
流石獣、動きがしなやかである。
「すまんフィム!」
「うみゃ?」
しかしフィリアム様、一々反応が可愛いな。
2人揃って頭を下げていることに困惑していたフィリアム様だったけれど、僕が掴んでいた頭が動き出した。
「なにするのよリョカ、あたしに下げる頭はないわ」
「いや本来はお前が一番頭下げなきゃなんねぇ立場だから!」
ミーシャが事情をよくわかっていないところで、思案顔を浮かべていたウルミラがハッとした顔を浮かべた。
「あれ、そう言えばあの日、ミーシャさんが海に……」
「……」
「……」
スピカからの視線が痛い。
フィリアム様は苦笑いを浮かべており、やはり可愛い。
「話し合い、話し合いをしましょう。悪気は、悪気はなかったんです!」
「俺たちも突然襲われただけだから! なっフィム、責任は半々ということで!」
こうして、僕たちの情けない声がアストラルセイレーンの空に響いたのであった。
ちなみに、ミーシャは最後まで自分のしたことを理解していなかったという。




