聖女ちゃんと月の魔王の世界
「ねえ、ミーシャから見てリョカはどうなのよ」
「どうって?」
舞台の端であたしとスピカ、ウルミラが座り込んでリョカとヴェインとランガの戦いを見ていると、スピカにそう尋ねられた。
「いや、リョカの強みとか、どんな戦い方をするのかとか」
「あたしとどっちが強いのかとか?」
「それは気になりますけれど、2人が本気でやり合ったら多分戦いに選ばれた場所にとんでもない被害が出そうなのでこの国では止めてくださいね」
あたしはウルミラの額を軽く指で弾くと、少しだけ考えてみる。
リョカとどちらが強いか、あまり考えたこともなかったけれど、1つ言えるのは状況によるとしか言えないわね。
「仮に、こういう闘技場での真っ向からの勝負ならあたしは負けるつもりはないわよ」
「その火力だしね。でもリョカには盾があるじゃない」
「あれならあたしでも壊せるわよ。ただ月の出る夜はどうかしらね、あれ厄介なことに月があると物凄く硬くなるのよ。まあ、それでも壊すけれどね」
「説得力が凄いですね」
「じゃあどんな状況なら負けるのよ」
「あの子が視認できないほど遠くにいたらまず勝てないわ」
「いやいや、それってリョカさんも攻撃できないのでは?」
「出来るわよ。アガートラームにエレノーラ積んで遠くから砲撃していればいいんだもの。そうなるとさすがのあたしでも体力が持たないわ」
「しかもグリッドジャンプも使えるものね、超遠距離だと負けないっていうのは何となくわかる。他にはどんな状況?」
「そうね……例えば、すでにリョカの舞台になっていたら、接近戦でも難しいかも」
「リョカの舞台?」
「ええ、例えば――今みたいな」
あたしは改めてリョカたちに目を向ける。
あの子は相変わらずその場を動くことなく、ヴェインたちの攻撃を払っておりあの気持ち悪い剣が届くことはない。
「リョカさん本当にすごいですよ、あの2人の攻撃を一切動くことなくいなしているんですもん。やっぱり戦闘力に差があり過ぎているんですかね」
ウルミラが少し寂しそうに言うのだけれど、正直そうは思えない。
涼しい顔をして攻撃を払っているリョカだけれど、あんな風に戦う子ではない。それにあたしの魔王様はああやって実力の差を見せつけるなんて厭らしいことなんてしない。
「あれでまだスキル3つまでしか使っていないのよね。流石魔王と言うか、本当に底が見えないのね」
「……」
「ミーシャ?」
そもそもだ。何故リョカは動かないのかしら?
前に聞いたことがあるのだけれど、リョカは動き回って戦うのが気持ちよくて好きだと話していた。
突っ立っているより、大袈裟な動きを織り交ぜることで相手も、見ている人も楽しめるように戦いたいと。
けれど今のリョカは立っているだけ……何かするつもりなのだろうか。
「それでリョカの舞台って言うのは?」
「ああそうだったわね。ほら、現闇でたくさんの罠を張っているでしょう? あれ本当に厄介なのよ。多分もうこの舞台上には、リョカの闇が百近く設置されているんじゃない?」
「ウソでしょ? だってそんな動作一切見ていないわよ」
あたしが客席のアヤメに目を向けると、獣の女神が瞳を輝かせて胸を張った。
あの子、解説出来るのが嬉しいのね。
「星の聖女様の疑問に俺が答えるわよ。リョカはグリッドジャンプの座標転移を完全に使いこなせている。そりゃあ闇で作った罠をあちこちに転移させられるほどにな」
「……今罠を作って設置しているのですか? しかもあれだけの魔剣を操りながら、ヴェインとランガをけん制し、さらに罠をあちこちに転移させている。思考する機構がいくつもなければ不可能ですよ」
「マルエッダ、それだけじゃないですよ。さらにスピカさんとウルミラさんに盾の設置、そしてこの舞台の客席に被害が及ばないように第1スキルでの結界、さらにもしこの闘技場の外に影響が出てしまうと大変なことになるので、この闘技場自体にも広範囲の結界を張っています」
「あいつ、並列思考でも使えるのかってくらい先のことまで考えながら、尚且つスキルの一斉操作をやりきっちまうからな」
「……本当に恐ろしい方ですね。人の敵ではないことをこれほど安堵することになるとは」
「まったくだ。うん? ルナどうした」
マルエッダに同意したアヤメが、ふと考え込んでいるルナに目を向けた。
「う~ん、客席までの結界は良いのですが、なんというか外の結界に違和感と言いますか……う~みゅ?」
「俺は何も感じないわよ」
あたしもである。
でもアヤメが察知できなくてルナが出来るということは……。
「加護、かしら?」
「え?」
あたしは闘技場の外側に目を向ける。けれど何も感じない。
そして再度リョカたちの戦いに目を向けるけれど、相変らずヴェインたちはリョカの闇の罠を突破できずに、苦戦している。
あたしが首を傾げていると、リョカと目が合った。
「さて、そろそろ準備できたかな」
リョカがそう言った。
「――ッ!」
その瞬間、あたしの中で違和感が突然湧き、つい拳を構えてしまう。
アヤメも同じなのか、額に脂汗を流して牙を剥いていた。
「ちょっとミーシャ?」
「なにこれ……こういうこと、事前に言ってほしいわね」
今までほとんど動いていなかったリョカが突然舞台の中心に歩みを進めた。
「やっぱフェアじゃないからね。さっきヴェインさんが言っていたように、この戦いは夜にやるべきだ、違います?」
「……その通りだけれど、流石に夜まで待ってもらうわけにもいかないかな」
「僕も夜まで待つつもりはありませんよ」
微笑むリョカ、けれどその笑みがひどく恐ろしい。
目を閉じたあたしの魔王様が片腕を前に出し手をかざす。するとその手にはアヤメも持っているマイクなる道具が握られており、普段とは違う厳かな空気で、あの子が歌いだした。
それは女神に向ける信仰にも似た歌で、辺りをまるでたくさんの聖女が祈ったかのような空気が発生した。
あたしをそでに聖女みたいなことをしてほしくないけれど、これは違う。
聖女と言う括りすら超えて、女神の理すら超える外側の力――。
リョカが歌い始めてから、闘技場の外の結界の様子がおかしい。
「おいおい冗談でしょう。これは……」
「わたくしの、加護です」
歌が間奏に入って、リョカがマイクを持ったまま呆然とする面々に笑顔を浮かべて口を開いた。
「この世界の朝も夜も月も太陽も、中々変わっているんだよね。天体が回っているわけでもないし、太陽が落ちるでもなくどこかに消えて、月は上るわけでもなくどこからか現れる。朝も夜も、まるで朝の世界と夜の世界をかぶせて色を混ぜたかのようにやってくる。だから思ったの、この世界は朝も夜も時間に縛られているわけではないって」
言っている意味がわからない。
朝も夜もただやってくる。時間に縛られるはずがあるわけがない。
でもあの子の、銀色の、月の光を受けて尚輝く銀色の魔王様は違った。それが違和感だと声を上げた。
「だからね、僕でもつくれるんじゃないかって思ったの。夜に必要なのは女神様の加護だ、夜を形成するそれぞれがここに在れば良い」
リョカが再度歌いだすと、外側の結界が徐々に黒く暗くなっていく。
「本当は星も欲しいのだけれど、今の僕にはフィリアム様を想像すらできないからね」
なんでもないように言い放つ幼馴染。
彼女の頭上に、月が上った。
「僕の大先輩からも死にスキルと言わしめた第5スキル、アルティニアチェインのこっちのギフトにしたようなスキルだけれど……残念ながら本当に使い道がなかった。でも僕には丁度良かった」
リョカがクルクルと踊り、最後に踵を当て鳴らした。
「転界・『月を夢見る世界律』」
世界が彩られていく。
ここはまさに夜――月が浮かび、あたしから見える景色は夜そのもの。
「さあ宵闇の星よ。ここは僕と君の世界だ」
そう言って、月の下で踊る魔王は嗤うのだった。




