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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
2章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、冒険者ギルドにて仕事を受ける。

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聖女ちゃん、その限界を超える

「……ああもうクソ」



「お口が悪いですわよ聖女様、ウサギ鍋には程遠いですわね」



「うっさい、意味がわからないのよ」



 イライラする。あの目の前でこちらを煽るようにぴょんぴょんしているナントカって魔物もそうだけれど、何もかも見越したうえでくつろいでいるクソ魔王にも腹が立つ。

 


「助言いる?」



「いらない! ソフィア!」



「は、はい。スキルを使用します、『六つに別れし扉のいち(ゲートオブウヌス)』――六門の壱、我が(かいな)に抱かれし下僕たち、我がためにその身を捧げ、我に仇なす全てを喰らえ」



 ソフィアの足元に紋章が現れると、彼女はその紋章に手に現れた大きな鍵を刺しこんだ。

 すると見たこともない生物がたくさん現れ、どこか挑発しているような顔の魔物目掛けて飛び出していったのだけれど、あれは一体何かしら。



「うぇ、なんだあのイカ、頭というか外套下部が膨らんでて、ちょっとポッコリお腹に見える。ソフィアちゃん、ああいうのが趣味なのかなぁ」



 リョカの言っていることはさっぱりだけれど、そのイカとかいうのが魔物に触手を放ちながらフワフワと飛んでいる。

 だけれど、その数匹のイカたちの攻撃は全て躱され、ナントカ――クリムイーターを捉えることができない。



「それじゃあいつまで経っても捕まえられないよ~。もっとよく観察しないと」



 倒木に腰を掛けて茶を片手に焼き菓子をかじっているリョカをぶん殴りに行きたいけれど、今は我慢。あの子が言うように良く見なければ捕まえられないのだろう。



「ソフィア、なにかわかった?」



「ごめんなさい、私じゃ何も」



 ぴょんぴょんと跳ねるクリムイーターに、何度も召喚したイカなるものを向かわせているソフィアが涙声で言っているけれど、彼女は少し自信がなさすぎる。

 ああやって異形の者を使役するだけでも難しいはずなのに、それでも果敢に鍵師のスキルを使っている。

 この間スキル暴走を起こしたとは思えないほどスキルを扱えている。



「ソフィア胸を張りなさい。あいつを捕まえる方法はまだわからないけれど、あんたスキルはちゃんと使えているじゃない。それならもう暴走させることはないんじゃない」



「い、いえ私なんてまだまだ。それに今は、お2人の足を引っ張らないように必死で」



「それなら咎められるべきはあたしね、なんにも役に立っていないもの」



 そんなことはないとソフィアが言ってくれるけれど、正直あれだけ早く動く相手にあたしが出来ることはない。そもそも攻撃が当たらないし、無駄打ち(・・・・)はあまりしたくない。



「う~ん、ねえミーシャ、ミーシャの技ってもしかして連発できない?」



「……そうよ、あんたならわかるでしょ」



「本当、一撃必殺だね」



「そうなんですか?」



「聖女のスキルの性質上ね。あれって1日一回するお祈りでその日の力が決まっちゃうから。だから今日は僕もミーシャと一緒にお祈りしたんだよ」



「本当、癖のあるギフトよ」



「いや、癖のある使い方をしているミーシャが悪いからね? 僕ですら癒し程度なら数十回使えるからね」



 そんなバカな話があるものか。あたしですら6回ほどしか信仰を纏って殴れないのに、数十回とかどんな信仰をしているのかしら。



「あんた、本当に才能だけはあるのね」



「なんか勘違いしてない?」



 どこか釈然としていないリョカに首を傾げるけれど、あたしのことはあたしが一番分かっているつもりだ。

 今日1日リョカについて行くだけだった。しかもあろうことか、ギルドでどこの誰とも知らない奴らに絡まれた時、あたしは何が起こったのかすらわかっていなかった。

 どうにでもなると思っていたけれど、あの子は違った。

 あたしたちがいるからどうにもならないと判断した。そう思わせてしまった自分に堪らなく腹が立つ。



 スキルを少しは上手く使えるようになったと思ったけれど、それは勘違いもはなはだしい。

 リョカが話した一撃必殺、そんなものがあるだけであたしは調子に乗った。この力はただ敵を倒すためだけでしかなく、それ以上のことは出来ない。



 リョカがあたしたちのために周りに気を遣ったり、守ってくれたりするのが当然のように、1つのことだけを出来るようになったところでなんの役にも立ちはしない。



 本当に腹が立つ。

 あたしは強く強く拳を握る。

 抑えられないほどの強い信仰。否、これはあたしの八つ当たりだ。今すぐ暴れたい衝動をただの一発で発散する。



「わ、わ、ミーシャさんごめんなさいそっちに――」



「ああもう、ウザったい……」



 ソフィアのイカなるものを躱して、あたし目掛けて飛び込んできた魔物、あたし程度の拳なら目をつぶっていても避けられるといった顔にすら見える。



 飛び込んできた魔物を睨みつける。魔物がどんな顔をしているかはどうでも良い。とりあえず一発殴らせろ。



「ひっ!」



「わぁあミーシャっ! 聖女がしちゃいけない顔してるって!」



 リョカとソフィア、さらには魔物までがか弱く鳴き、どうにも外野がごちゃごちゃ五月蠅いけれど、あたしが出来ることなんてこれだけだ。



「し、ねぇぇっ!」



 込めに込めた信仰を思い切り大地に叩きつけた。

 あたしの拳は大地を抉り、土を巻き上げ天に昇っていき沈降していくように大きな穴を作り出した。



 砂煙が邪魔だ、あの魔物は消し飛んだだろうかと視線を向けると、驚いた顔をしているようにも見える魔物が、耳を畳んで傍におり、やはり躱されたと下唇を噛む。

 けれど、その隙を狙ってなのか、ソフィアのイカなるものをの触手がクリムイーターに伸びた。



「え――」



 砂塵で見えにくくなっているが、その触手が確かにあの小柄な魔物に触れた。



「……」



「ちょっともうミーシャ! 少しは加減しろぉ!」



「ミーシャさん、大丈夫ですか?」



「ええ。ねえソフィア、大きい音が鳴る物とか持っていない?」



「え、いえごめんなさい、持っていないです」



「おや。ミーシャ、火薬玉なら持っているよ」



「あんた知ってたわね?」



「そりゃあね。僕たちの実力なら何を選ぶのか、どの程度か、この時期ならどんな依頼があるか。当然調べてる。現地調達だけじゃ間に合わないこともあるからね」



 リョカから火薬玉を受け取り、あたしは一息吐く。

 クリムイーターはきっと耳が良い。地面を殴った時の轟音に、あいつは驚いていた。それだけでは説明出来ないこともあるけれど、今のあたしはあいつが音を頼っていることがわかればそれで良い。



「ソフィア、あんたがあいつを追い詰めて」



「は、はい!」



 ソフィアのイカなるものをが触手を駆使して、クリムイーターをあたしがいる場所に誘導する。



「よし」



 やっと捕まえられる。その安堵感があった。しかしあたしの体が、頭が火薬玉を投げることを拒否した。



「ソフィア下がって!」



「え――」



 あたしの背後にいたソフィアを吹き飛ばした後、あたしも飛び退く。



「ったく、今日は面倒なことばかりね。ソフィア、まだまだ終わらないみたいよ」



 クリムイーターを捕まえようとした瞬間、森から別の魔物が現れた。それは粘着性のある液体の水色の体をした人の形を騙っている魔物で、クリムイーターをその体に取り込んでいた。

 せっかく捕まえたのにと、苛立つのは一瞬で、あたしは切り替えるようにソフィアに呼びかけたのだけれど、彼女からの返事はなく、あたしは首を傾げる。



「あ~ミーシャさん、ソフィアちゃんを助けようとしたのはわかるけれど、自分の腕力を考えようね」



「は?」



 振り返ってみると、背後で倒れているソフィアが目を回しており、先ほど吹き飛ばした衝撃で彼女が気絶してしまったことを察した。



「ウォッシュマー、冒険者ランクD相当の魔物だね。結構手ごわいよ、手伝う?」



「いらない。あんたはソフィアの治療でもしていなさい」



「学生が相手をする魔物ではないよ」



「魔王の幼馴染がする相手ではあるわ」



 心配げな声だったリョカだけれど、ソフィアの頭を膝に乗せるために座り、治療を始めた時にはどこか嬉しそうにしていた。



「頼りにしてるよ聖女様」



「存分に頼りなさい魔王様」



 あたしは気合を入れるために拳と拳を打ち付けて鳴らし、顔すらない粘液の化け物と対峙した。



「あんたが何か知らないけれど、あたしが出来ることはぶっ倒すことだけよ」



 粘液魔物に向かって歩き出すと、イカなるもののように粘液を触手のようにしならせ、あたしの体を傷つけてくる。



 どれだけその粘液鞭を受けようともあたしは止まるつもりはない。

 そもそもあたしに戦闘の才能はないし、避けるなんて器用なこと出来ない。

 リョカのように攻撃を受けた瞬間に信仰をその箇所に移すのも考えたけれど、そんなこと出来る方がおかしいと気が付いた。なら最初からそんなもの考える必要はない。



 あたしは避けない。

 そうすると自然と握った両拳が高く上がる。



「ひぇ~、奇しくも同じ構え~」



 一体誰とよ。と、途切れそうになる集中を目の前の魔物だけを見ることで抑え、どれだけ触手を当てられようともあたしはただ奴に近づいて行く。



「もういい加減飽き飽きしていたのよ。お腹もすいてきたし、追いかけるのに苛立つのも嫌だし、自己嫌悪に陥るのももう面倒臭い。やっと終わると思ったあたしの気持ちをなんだと思っているのよ」



 カクんと拳が悲鳴を上げたような気がした。

 拳に込められた信仰、もう今日は誰も殴らなければ良い。残り4発分、もうこの拳に込めてしまえば良い。



「あ、ミーシャその魔物再生する――」



 もろともに消し飛ばせ!



「ふんっ!」



 顔はないが、きっと打撃攻撃など効かないと高をくくっていたのだろう。あたしが拳を放つ瞬間、舐めたことに奴は体を空けたのだ。防護姿勢どころか、受けてやるとでも言わんばかりに拳に体を寄せてきた。



 舐め腐っているにもほどがある。

 そんなに喰らいたいのなら喰らいなさいよ。



 これが今できるあたしの全力――。




「おぇ?」



 粘液に拳が触れた瞬間、リョカの間抜けな声と同時に、拳が液体に絡まる感触がした。このまま振り抜けばもしかしたら体を貫通してしまうかもしれない。



 知ったことか。



 ならばあたしはそれすら上回る信仰(けんあつ)でブッ飛ばしてしまえば良い。



「消し飛びなさい」



 あたしが放った拳は空間を割いたような感覚を経て、魔物を撃ち抜いた。刹那に、魔物はその姿を消し、背後の木々を倒したかと思うと、破裂音のような音を響かせた。

 拳は確かな衝撃を伴って、目の前の液体もろとも蒸発させることに成功した。



「……よし、これで平和ね」



 あたしはその場で尻餅をつくと盛大にため息を吐き、呆然としているリョカに手を伸ばし、ちょっとだけ甘えさせてもらうことにするのだった。



「お茶、淹れなさいよ」

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