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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
17章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、その宵闇に踊る。

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魔王ちゃんと乱雑する思考

「ほんっとうに、すまなかった!」



「いえいえ、気にしていないので頭を上げてください」



「しかし……」



 あの後、僕たちはミーシャに顔面へこまされたヴェインさんの案内で、ブリンガーナイトの本拠地にある応接室に訪れていた。

 街の外にいた時から何となく察していたけれど、ルードアリシはとても大きな街で、サンディリーデの王都並みに人々の往来がある活気にあふれた街という印象を受けた。



 そんな街のおよそ一番信頼されている極星に、僕は今頭を下げられている。



「あんたそういうの気にしなさ過ぎよ」



「そうよリョカ、マルエッダ様でさえ法衣の中に頭を突っ込まれた時はヴェインをボコボコにしていたわよ」



「前に依頼人がすっごく美人だったのですけれど、その依頼人をよろけた拍子に押し倒したときはビンタされていましたよ」



「……あの、止めて」



 涙声でうな垂れるヴェインさんを憐れみながら、僕は考え込むように指で唇を叩く。そして件のスケベな星と目が合った際、僕は二コリと笑みを返し、彼に近寄る。



「まあわざとじゃないし、それに――」



 落ち込んでいるヴェインさんの耳に唇を寄せて囁く。



わたし(・・・)のこと、可愛いって思ってくれているんですよね?」



 耳元で発せられた声に驚いたのか、ヴェインさんが顔を真っ赤にして勢いよく顔を上げてきたから、僕は彼より低い位置で潤ませた瞳で見上げてみる。



「――ッ!」



 ヴェインさんが勢いよく後ずさり、そのまま尻餅をついて耳を手で押さえながら赤い顔で僕を見つめている。



「おい宵闇、そこの魔王は金色炎や風斬り、それに神父の既婚者や最近名の挙がっている銀狼勇者等々の男どもを虜にしている魔性の、まさに魔女だぞ。ただ美人に接触するだけしか出来ていないお前が敵う相手じゃねぇ。深淵に引き込まれる前に撤退した方が身のためだぜ」



「神獣様は酷いことを言うなぁ。まあおじさんをからかうのはこのくらいにして――」



 僕は扉の外で待ってくれている人に声を掛ける。



「これまでの道中、助力ありがとうございます。こうして面と向かってお会いするのは初めてですよね? リョカ=ジブリッドです」



 ヴェインさんの顎に指をそっとは這わせ、僕が振り返る最後まで宵闇の極星に触れていた。

 そして扉が開き、苦笑いの燕尾服を着たポニーテールの眼鏡の男性が深々と頭を下げていた。



「いいえ、わたくし共もあなた方に頼ることが多く、苦労をかけてしまったこと、ここで謝罪させていただきます」



 彼は僕たちの前に度々風となって現れてくれていた人で、このギルドの幹部だろう。



「そして遅くなりましたが、ブリンガーナイト副長、ランガ=キサラギと申します」



「キサラギ?」



「従弟……お館様がお世話になっているようで」



 なるほど。確かにどこか雰囲気が似ている。



 ランガさんとの自己紹介を終えると、スピカが感心したような目を向けてきた。



「やっぱリョカは凄いわね。ヴェインが腰を抜かしているわ」



「ボス、実は女の子に弱いですからね」



「まったく、極星ともあろう者が情けない。半分近くも年下の娘さんに良いようにされて、少しは戦い以外も身に付けなさい」



「……あい」



 ここは彼のホームのはずなのに、大分アウェーだな。

 とはいえここで僕が手を貸してしまうと、どうにも収拾がつかなくなる。

 するとルナちゃんと目が合い、彼女が頷いた。



 ここは女神様に任せよう。

 ルナちゃんが体育座りで座り込んでいるヴェインさんに近寄り、彼の肩をそっと叩いた。



「ああ月神様、情けない姿を――」



 しかしルナちゃん……いや、女神様たちを統べる月神様は格が違った。

 彼女は自分の唇に人差し指を添え、その指の反対側をヴェインさんの唇にくっ付けて色っぽい笑みを浮かべた。



「いいえ、わたくしは、そんなあなたも愛せますわ」



「ぶっふぁ!」



「ボスぅ!」



 ウルミラがヴェインさんに駆け寄ると、ルナちゃんが両腕を上げて戻ってきた。



「リョカさんやりましたぁ」



「まっ」



 娘と呼ぶのは畏れ多いけれど、愛弟子が一皮むけたみたいな感覚に陥りながらも、僕は手を広げてルナちゃんを抱きとめる。



「ルナちゃん最カワでしたよ~」



「きゃぁ~。はい、頑張りました」



「お前ら止めてやれ! というかルナお前、宵闇がアリシアと喧嘩別れした後に出来た信者だから少し妬いてんだろ?」



「ち、違いますにゃぁ~」



「あら可愛い」



「甘やかすな魔王!」



 僕はルナちゃんを抱っこしたまま、傍にあった腰掛に座り、手を叩く。



「さて、ふざけた空気はそこまでにしようか。いい加減本題に入ろうか」



「……嘘でしょうあの魔王、自分が作り出した空気をすぐに切り捨てたわよ」



「こういうの、敵わないって言うんですね」



 僕はウルミラたちに笑みを返して、ランガさんに手を向ける。



「何か報告することがあったんですよね? 多分、僕たちが護衛をしている際に起きた問題――それがヘカトンケイルと繋がっていたっていう証拠かな?」



「……ええ、お察しの通りです。ボス、もう話をしても大丈夫ですか?」



「……魔王は、やはり恐ろしいな。女神様も――ああ、うん、続けてくれ」



 げんなりとした表情でヴェインさんも腰をかけ、ランガさんの報告を待つ体勢になった。



慰霊碑(・・・)の破壊、やはりヘカトンケイルの者たちの仕業でした」



「やっぱりか……」



 慰霊碑、か。

 多分エクリプスエイドの犠牲者を弔ったものなのか、それとももっと昔からあるものなのか。どちらにせよ、そういうものにうってつけのスキルを持ったギフトがある。



「ねえスピカ、その慰霊碑ってアルティニアチェインを使ってるでしょ?」



「え? ええ、リョカは慰霊碑のことも知っていたの?」



「うんにゃ知らない。でもマルエッダさんを釣るために使うのなら随分効果的だと思ってね」



 マルエッダさんもヴェインさんも、ランガさんも思案顔を浮かべた。



「えっと、どういうことです?」



「いや、スピカには話したんだけれど、スピカの本拠地での人さらい、あれはスピカを狙ったものだった。でもその現星の聖女様と一緒にいたら大分厄介な人がいるでしょう?」



「……なるほど、私ですか」



「うん、そしてマルエッダさん不在の隙を突き、スピカは思惑通りに自らで表に出て行った。ただの人さらいならまあ聖女でも後れをとることはないからね。でもそこには極星がいた」



「まったくしてやられたよ。まさか極星総出で対処しなければならない問題を囮に使うとは」



「その慰霊碑とは?」



「……エクリプスエイドで亡くなった方たちのためのものよ。フィリアム様がどうしてもとおっしゃられて」



「え、フィリアム様が?」



 僕は首を傾げる。するとそれを察してくれたのか、ルナちゃんが口を開いた。



「本来、女神がそういうものの建設を指示することはありません。ですが事が事だったのとあの子……フィリアムのことを考えた結果、わたくしとテルネで許可を出しました」



 慰霊碑を作ると言う行為はとても尊いものだと思うし、反対するわけではない。けれどどうにも違和感がある。

 でも、まだ僕がフィリアム様を知らなさすぎるのが理由かもしれない。

 これについては今考えるべきではないだろう。



 ではもう1つ、さっき僕はマルエッダさんを釣るために慰霊碑を壊したと言った。

 けれどそれが女神様由来の建造物であるなら話は別だ、あまりにもリスクが高すぎる。

 これだけ遠回りで厭らしい作戦を立てた者がそんなリスクを冒すだろうか。



「う~ん」



「リョカ、1人で考える時間、いる?」



「ん~? あ~、いや、大丈夫。ミーシャも気になったことがあったらどんどん聞きなよ」



「ないわそんなもの。敵が来たら殴る。ポアルンを助けるために殴る。あたしの役割は以上よ」



「さいですか。ならお菓子あげるからそっちで食べてなぁ」



 僕は水筒と焼き菓子をミーシャに手渡し、改めて面々に目をやる。



「そういえば聞き忘れていたんですけれど、聖女様は全部で何人連れ去られたんですか?」



「4人です。その誰もが第5スキルまで使える優秀な子たちだったのですが……」



「なんで聖女? ジュウモンジの目的が全く見えてこない。人さらいはスピカの拠点とペヌルティーロだけですか?」



「ああ、ブリンガーナイトでも調べてみたのだけれど、その2つ以外では起きていなかった」



「ペヌルティーロでの人さらいもなんか釈然としないんだよなぁ」



「えっと、それは船を出すためではないですか? ブリンガーナイトの私たちがいたから――」



「僕なら時間をずらすって。わざわざあの日に、しかも何かあると言っているような人さらいなんてする? いくらなんでもブリンガーナイトを舐めすぎでしょ」



 しかもジュウモンジは、最初こそ絶対にスピカを取り戻すと言う気概を覚えたけれど、ミーシャが出てきていやにあっさり撤退した。

 いつでも取り返せると言う自信なのか、それとも別の思惑が――。



 僕が思考の海に潜っていると、く~と鳴る音。

 音の方に視線を向けると、アヤメちゃんがお腹を押さえていた。



「お腹空きましたか?」



「あまり食っていなかったのよ」



「ふむ……」



 僕はヴェインさんに目配せをすると、彼が頷いた。



「それじゃあちょっと食事休憩を挟みましょうか。ヴェインさん、ここって台所ありますか? 何か作ってきますよ」



「い、いや、流石に客人にそんなことを――」



「リョカに作ってもらいましょうよ。リョカの作る食事、とっても美味しいのよ」



「はい、私もリョカさんのご飯が食べたいです。ボス、私買い物行ってきます!」



 スピカとウルミラのキラキラ眼に、ヴェインさんが肩を竦めた。



「お願いできるでしょうか?」



「任せてください。それじゃあミーシャも買い物手伝って――それとランガさん、ちょっとこの紙に最近起きた事件や事故について書いておいてくれませんか? 何か手掛かりになるかもですし」



「わかりました」



「あああと、アヤメちゃんは後でちょっと頼みたいことがあるので良いですか?」



「お? まあいいわよ。その代わり食事は肉大量にしなさい」



「わかりました。お肉増し増しで作りますよ」



 嬉しそうに飛び跳ねるアヤメちゃんを見て、ルナちゃんがクスりと声を漏らした。




「アヤメったら、そんなにお腹が空いていたのですね。リョカさん、わたくしにも手伝えることはありますか?」



 僕は考え込み、ルナちゃんを抱き寄せた。

 そしてアリシアちゃんが話していたことをかいつまんで話す。



「アリシアがそんなことを?」



「はい、ですので――」



「わかりました、この件はわたくしたちで留めておきましょう。それとわたくしも1つ気になることが」



「なんですか?」



「フィリアムからの反応があまりにもないのですよ。これだけ騒ぎが大きくなっているのに、あの子はこの場所にすら姿を見せていません」



「ああ、それは僕も思っていました。アリシアちゃんの助言といい、何か隠していそうですね」



「そっちは任せてください。なんとか聞き出してみます」



「お願いします」



 やっと動き始めたというところだろうか。

 まだまだ不明なことが多いけれど、これで少しはアンテナを伸ばせたはずだ。

 あとは何が引っかかるか、何をひっかけるかなんだけれど、待っているだけというのは歯痒い。



 アストラルセイレーンの2人とミーシャはさっさと聖女たちを助け出したいだろうし、ブリンガーナイトとしてはこの騒動を終わらせたいはずだ。

 焦っても仕方がないのはわかっているけれど、焦燥感は募ってしまう。



 幾つかの問題が明るみになったら息抜きをさせてあげたいけれど……とりあえずは美味しいご飯を作ってあげよう。

 それがどれだけ彼ら彼女らにとって癒しになるかはわからないけれど、とりあえず僕は僕の出来ることを。と、ミーシャ、ルナちゃんアヤメちゃん、スピカとウルミラを連れて買い出しに出かけるのだった。

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