魔王ちゃんと残る後悔、果たすべき決意
「ミーシャステイ! 怒ってるのはわかるけれど、まだ何も準備が出来ていない」
「退きなさいリョカ。あの大男、あたしも、スピカも、ポアルンも、フェルミナのことも――舐めたこと抜かしやがったわ、顔面歪ませてやるから今すぐ行かせなさい」
ミーシャたちと合流した僕とスピカはここでの出来事をウルミラから聞き、僕の聖女様がひどく激昂している様子を目の当たりにしていた。
「……ポアルン」
「ごめんなさいスピカさん、私何も出来ませんでした。ジュウモンジが出てきた瞬間、脚なんて、まったく動かなくって」
ミーシャだけでなく、スピカもひどく落ち込んでしまい、さらにはウルミラも自身の無力さに拳を握っていた。
士気が最悪だ。
こんな状態だと、勝てる戦も勝てなくなる。
僕はため息を吐き、とりあえずみんなを落ち着かせるために歌を唄おうと口を開くけれど、皮膚を撫でる空気が柔らかく暖かい、そんな感覚に辺りを見渡す。
「『燦然たる女神の一声』」
僕が目を向けた先に、妙に若々しいけれど、大人らしい色香を覚える女性が佇んでいた。
彼女が放つ多量の信仰が僕たちを包み、心も体も癒し、そして何よりも彼女に逆らってはいけないと言う強制力すら覚える。
「スピリカ、それに皆々様方、今は激情に身を委ねる時では――」
しかしそんな神々の畏怖すら、我らの聖女様の前では壁にしかならない。
世界を包むような優しささえも、圧倒的な闘争心で塗り替えてしまう。
「うっさい!」
「――っ!」
空気が割れ、世界が砕けるような破裂音。
ミーシャの拳が女性の頬を掠め、信仰の衝撃が彼女を通り過ぎて夜に飲みこまれていった。
「……なるほど、これが大聖女すら戦くケダモノ。ですが――」
ミーシャが伸ばした腕を女性が掴み、そのまま僕の幼馴染の足を払って地に落とし、持っていた杖の鈴を鳴らした。
「頭を冷やしなさい」
女性が鈴を鳴らした瞬間、ミーシャの上空から大量の水が降ってきた。
精霊使い。けれど詠唱を口にしてもおらず、紋章を黙視出来なかった。
大量の水を顔に浴びながらも、ミーシャは睨みつけることを止めず、その体からは闘争心が変わった信仰があふれ出していた。
そんな女性に、スピカが抱き着いた。
「マルエッダ様、私、私――」
「ええスピリカ、ポアルンが連れ去られたのですね。私たちもジュウモンジの目的を知り、こちらに急いだのですが、遅かったようですね」
マルエッダ様、スピカの前の極星で力ある聖女だと聞いた。
そんな彼女がウルミラにも手を伸ばした。
「ウルミラもよく頑張りましたね。しかしあなたは後悔で足を止めている場合ではないのでしょう?」
「……はい」
流石に扱いなれているか。と、少し落ち着きを取り戻したスピカとウルミラを見て、僕は肩を竦ませる。
これじゃあ僕たちは型なしだ、それではあまりにも恰好が付かない。
僕は水を顔に浴びながらガブガブしている幼馴染に近づき、指を鳴らして喝才を選択し、マルエッダさんが呼び寄せた精霊にウインクをして水を止めてもらう。
「まあ。流石魔王様ですね」
僕はマルエッダさんに笑みを返すと、今にも殴りかかろうとしているミーシャの頭に手を置いた。
「まったくもう、手間のかかる幼馴染だよ」
「……」
「いいよ、ジュウモンジはあげる。いくらでも殴れば良い。でも今じゃない」
「どうして」
「どうにもならないから。居場所もわからなければ目的もわからない。挙句の果てには、アストラルセイレーンの本拠地のマルエッダさん、それとスピカ以外の上位聖女が捕まっている状態だ」
「え?」
スピカが驚いたような顔でマルエッダさんに目を向けると、マルエッダさんが顔を伏せ、小さく首を横に振った。
「さてこんな状況で、僕の格好良い聖女様は、まさか救いを求める手を突き返すなんてことはしないよね?」
「……」
立ち上がったミーシャが数回の深呼吸をして、拳に纏わせている真っ黒な信仰に目を落とした。
「リョカ、盾」
「はいはい。カノンルーナアイギス」
ミーシャの眼前に盾を生成し、僕は幼馴染に背を向ける。
「49連――」
ミーシャの拳が、月光を受けて強化された僕の盾に向かって放たれた。
そして僕の聖女様が放った信仰は月の光を纏わせ、救済の奔流となって街を駆け巡っていく。
「これは」
マルエッダさんが驚いたような声を上げるけれど、僕は拳を振るってスッキリしたようなミーシャに目を向けた。
「満足した?」
「ええ、今日はこの位にしておくわ。そっちのあんたも悪かったわね」
「頭が冷えたようで何よりです。それにしても、誠に恐ろしいのはそちらの……」
「リョカ=ジブリッドです。以後お見知りおきを」
僕は満面の笑顔を返し、カーテシーで自己紹介をした。
「さて、それじゃあ色々言いたいことも聞きたいこともあるだろうけれど、まずは街の人たちを手伝わなきゃね。ルナちゃんとアヤメちゃんもそれで良い?」
「お2人を働かせるのですか?」
「当然ですが? 良いですよね」
「はい、今この場にいるのはルナ=ジブリッドです。ここにいる皆さんと同じで、誰かを助けたいだけの可愛い女の子ですよ」
「自分で言うかね。まあそういうこったマルエッダ、お前はそっちのひよっこどもの面倒でも見てやれ」
「……わかりました。スピリカ、ウルミラ、行きますよ」
「は、はい! リョカ、ありがとう」
「です! ミーシャさんもありがとうございます! 終わったら特訓付き合ってくださいね!」
僕はスピカとウルミラに手を振り、息を吐く。
するとアガートラームに乗ったエレノーラが戻ってきた。
「エレノーラ」
『リョカさん、今さっきの連中をお父様とアルマリアさんが追っていますけれど、このまま追ってもいいのかって2人が』
「うん。でも無茶はしないように、それと合流場所はここじゃなくてブリンガーナイトの本拠地だ。定期的に紙姫守を放つからちゃんと指示通りにね」
『はい、それじゃあ改めて行ってきます』
エレノーラが可愛らしく手を振って飛び立って行き、僕は再度息を吐く。
「相変わらず抜け目ねぇな」
「僕も色々頼まれたので」
「アリシアですか?」
「はい、その話もしたいんだけれど、出来ればみんなが揃っている時が良いな。と、いうわけで――」
僕が指を鳴らすと、吹いてきた風を押し戻した。
「喝才・『風に身を委ね揺蕩う者』」
風を手足の延長線上に、僕はこちらの様子を覗っている風の肩を叩いた。
『む――』
「時間が惜しいので。出来ればそちらの極星とも話をしたいので、本拠地まで飛ばします。魔物を退治すると言いましたけれど、ちょっと無理そうなので」
『……わかりました。こちらでもすぐに準備します。到着はどれほどで?』
「2、3日ってところかな」
『では、お持ちしております』
「というわけだミーシャ、僕たちは急がなければならなくなったわけで、ここの復旧を早くに終わらせなければならない」
「任せなさい。あんたもポンポン盾出しなさいよ」
「任せてよ」
2人で拳を突き合うと、ルナちゃんがおかしそうに笑い、僕たちの拳をそっと握ってくれた。
「2人が一緒なら、どんな困難にも負けませんね」
「この2人が誰に負けるっていうのよ」
アヤメちゃんも僕たちの手を握ってくれて呆れたような顔を浮かべる。
「それじゃあ行動開始!」
ルナちゃんと僕の「お~っ」という声で僕たちは揃って駆けだしたのだった。




