聖女ちゃんと気高き竜の咆哮
「まったく、無粋な奴らね」
今日1日、あたしたちはポアルンの屋敷に厄介になっていた。
本当はリョカも連れてこようと考えていたけれど、祭りの手伝いをしてくるとスピカと一緒に行ってしまった。
晩ご飯時には合流すると話していたけれど、外からの爆音にあたしたちは屋敷の外に飛び出したのだった。
「そんな悠長な。そんなことよりスピカさんを探さないと」
「スピカならリョカが付いているから大丈夫よ。それよりも――」
あたしは振り返り、不安そうな顔でルナとアヤメを抱き寄せているポアルンに目を向けた。
「なんて顔しているのよ、聖女ならこんな状況でも笑っていなさい」
「……笑う。ですか?」
「誰かを救う聖女が、そんな顔していたら誰も頼ってくれないでしょ」
それでも顔が優れないポアルンに喝を入れようとすると、アヤメが呆れたような目を向けてきた。
「どこの戦闘民族の話をしているのよ。と言うか妙なことになっているわね」
「魔物、いきなりわいて出てきたみたいだけれど?」
「やはりおかしいですね。それと先ほどからどうにもリョカさんの気配がつかめないのですけれど、アヤメはどうですか?」
「あ? 本当だ、リョカの奴何してやがる」
魔物の突発的な出現とリョカの消失、一体何が起こっているのかわからないけれど、あたしが今しなければならないことは――。
ふと妙な気配を覚える。
それと同時にどこからか湧いて出てきた魔物が飛び出してきた。
あたしがそれらすべてを殴ろうとすると、最初に感じた気配が辺りを包む。
「『聖女が紡ぐ英雄の一歩』」
膨大な信仰が辺りを包み、あたしたちどころか街を守るように壁を生成した。
スピカか、ポアルンか、いや違う。2人ともこれだけの信仰は持っていない。ならば誰か、あたしはハッとなり、空に目を向ける。
そこには女神から譲り受けた聖杖を携える大聖女の姿。
「フェルミナ=イグリース」
「え? あれが――」
聖女の障壁は魔物を次々と押し返し、障壁の中にいる悪しき存在を消滅させていく。
「ねえそこの不良聖女、街の中の魔物は全部やっつけたけれど、ウチが手伝うのはこれだけ」
「アリシア!」
「ルナ姉さまやっほ~。時間がないから詳しい話は魔王様から聞いて」
どういうつもりかわからないけれど、あの死神……アリシアはさっきまでリョカと会っていたらしい。
あの口ぶりからリョカに何かしたわけではないだろうけれど、どうしてこいつが出てくるのか。少し思案してみるけれど、特に理由も出てこず、あたしはとりあえず辺りを見渡す。
「それじゃあウチはもう行くけれど、そこの不良聖女、あなたが今守るべきは街でも魔王が守っている星の聖女でもない。そこの水星」
「ポアルン?」
魔物の出現したのはわかった。けれど魔物が指定された1人を襲うなんて考えられないことだ。
けれどアリシアはポアルンが狙われていると言う。
「おい適当言ってんな。魔物が特定の人物を狙うわけねぇだろ」
「アヤメちゃんまだそんなこと言ってるの? リョカちゃんはもう気が付いたよ。だからウチはわざわざ頼みに来たわけだし」
アヤメが不満顔を浮かべているけれど、今回アリシアは敵ではないらしい。ならばあたしがすることは。
ポアルンの傍に行き、拳に信仰を込める。
「ミーシャちゃんも案外聞き分けいいよね」
「あんたの目的はわからないけれど、あんたとフィリアムは友だちなんでしょ? なら彼女が嫌がることをするわけないと思っただけよ」
「とも――ああもう! ともかくウチはもう帰るからね!」
そう言ってアリシアの体が消えかかる。
「アリシア」
「……今回だけ。別にルナ姉さまの味方をしているわけじゃないから」
「ええ、あなたの顔が見られて安心しました」
「っ! 別にウチは諦めたわけじゃないからね! 魔王にも言ったけれど、その2人は絶対にウチのものにするんだから!」
アリシアがフェルミナと一緒に消えていった。
ウルミラとポアルンは首を傾げるだけだったけれど、アヤメは呆れたように頭を掻いており、ルナは嬉しそうにしていた。
「さて、アリシアの言葉を信じるのであれば敵の狙いは街でもスピカ本人でもなく聖女と言うわけだけれど、とりあえずポアルンをどこかに移さないとよね」
「あ、あの、でしたらスピリカを捜してから」
「リョカと一緒にいる限り大丈夫よ。あんたはまず、自分の身を案じなさい」
「でも……」
どうにも動揺しているようで、聞き分けのない子どものようになっているポアルン、あたしは彼女に近寄り、その頭を思い切りはたく。
「みゅっ!」
顔面から地面に叩きつけられてひっくり返ったポアルンが、鼻から血を流し涙目であたしを見上げてくる。
「落ち着きなさい。聖女たるもの、敵に弱さを見せるな。あたしたちは勇者とは違って人々から希望を見出されることはない。けれどあたしたちに人々は安心を求めるのよ。女神に一番近いあたしたちに求められているのはそんな辛気臭い顔じゃないって言っているでしょ。自分の脚で立て、自分の手で倒れた人を引っ張り上げろ、あたしたちは強くあるべきよ!」
「……」
「わかったのならちゃんと立って、今あんたがしなければならないことを口に出しなさい」
「……街の人を守らなければ。でも、私では何も出来ない――ミーシャさん、気高き獰猛な聖女様、どうか私に力を貸してくれませんか?」
「当然よ。街は守るからあんたは大人しくしていなさい」
「それならまずはリョカさんたちと合流しましょう。それにアルマリアさんがいればすぐに飛んで来てくれるはずですし」
「そうね、今はフェルミナが魔物を追っ払ってくれたから街にはいないけれど、外には相当量控えているみたいだし、いずれ街に大挙してくるわ」
「ポアルン様は屋敷で守ってもらいましょうか」
「正直一緒にいる方が良いんだけれど――」
あたしがポアルンを連れて行くことを提案しようとすると、屋敷の中から衛兵が飛び出てきた。
「ポアルン様、あなたの身は我々が守りますので、どうか屋敷に!」
「頼りないんだけれど」
「いやいや、お仕事とっちゃ駄目ですよミーシャさん。それに彼らだってそれなりに強いですよ、魔物程度にやられません」
あたしが思案していると、ポアルンが首を横に振った。
「ミーシャ様、私なら大丈夫です。街の者とスピリカを、お願いします」
「わかったわよ。そっちが片付いたらすぐに戻ってくるから」
「ミーシャ様、本当に優しいですね」
「はいはい」
微笑むポアルンを衛兵の1人が連れて行こうとする。昨日門番をしていた人だ。そいつがポアルンの手を取って駆けだそうとした。
けれどあたしは首を傾げ、そして気が付いたら口を開いていた。
「ちょっと待ちなさい」
「え、ミーシャ様?」
「あんた昨日もいたわね。ポアルン、あんたそいつに見覚えは?」
「え、ええ、ずっと屋敷を守ってくれている衛兵ですが」
「な、なんだ突然、私はポアルン様を――」
「竜砲!」
あたしは容赦せずにその衛兵に竜砲を放った。
昨日は気のせいだと思ったけれど、やはりこの男から知った臭いが微かにする。
見た目も何もかもが違う。けれど確信がある。
「グリップグリッド!」
「あんたからこの間スピカを攫った連中の1人の臭いがするのよ。あの闇女は今日一緒じゃないの?」
あたしの竜砲を吸い取った衛兵の姿がぼやける。
そして衛兵の姿はこの間あたしの拳を受け止めた男の姿に変わった。
「姿を変えるギフト、厄介ね」
「それも今効かないと証明されてしまったがね」
男がポアルンの首に腕を回し、ナイフを彼女の頬に沿えた。
「名乗りなさい。あんたはどこの誰よ」
「おっと、そういえばそうでしたね。私の名はガーランド=ユーステス、ギルド・ヘカトンケイルの副官をしております」
「ヘカトンケイルのガーランド!」
「知っているの?」
「数年前にダンブリングアヴァロンから追放されたギルドで、そこのガーランドと言えば悪質で狡猾、最低最悪の極悪人です」
「酷い言われようだ、しかし間違ってはいませんよお嬢さん。けれど1つ言わせてもらうのなら、このような美しい婦女子に刃を向けることは本意ではないのです」
ケラケラと喉を鳴らして言い放つガーランドに、あたしは額に青筋が浮かぶほど力を込める。
「おっと動かないように。驚いて彼女の喉を切り裂いてしまうかもしれない」
「ちょっと待ってください。あなたがいるってことは、リョカさんが戦った極星と言うのは――」
あたしは視線を屋敷の門に向ける。そこには大柄な男が立っており、一息であたしたちの正面に移動してきた。
「ジュウモンジ=ミカド……っ」
ウルミラの怯えようを見るに、相当厄介な相手なのだろう。
そのジュウモンジがポアルンを抱えると、ガーランドが一礼して下がる。
「聖女が目的ならあたしも連れて行くのかしら?」
「……聖女とは、脆弱であるべきだ」
「あッ!」
突然聖女を否定してきた男に、あたしは殺気を溢れさせる。
「貴様は聖女であって聖女ではない。わざわざ爆弾を抱える者はいない」
「はッ、極星なんて呼ばれている割に随分弱気な奴ね。強き者なら爆弾の1つでも抱えてみなさいよ」
ジュウモンジが睨みつけてくるけれど、あたしはそれを受け止めて睨み返す。
「ボス、今は水星の聖女さえ手に入ればよろしいのです。奴の口に惑わされないでください」
「ふむ……」
そしてポアルンを腕に抱えているジュウモンジの体が浮き上がる。あれがギフト・インタクトインパクトの力なのだろう。
あたしが奥歯を鳴らすと、顔を伏せていたポアルンが目に入った。
彼女は不安そうな顔で、今にも押し潰されそうだった。
まったく、聖女が聞いてあきれる。
あたしは頭を振り、あたしの持ちうる戦いの圧をその身に宿し、笑う、嗤う――。
「むっ!」
「ミーシャ様?」
「ポアルン!」
あたしを纏う戦闘圧が赤く塗りつぶされていく。
血よりも鮮やかに、夕陽よりも濃いその赤の中で、あたしは誰よりも嗤う。
信仰をこの口に込める。
どこまでも遠く、どこまでも激しく、何よりも強く。
それは内にある竜をただの力の塊ではなく、もっともっとその根源に寄せるように形作る。
あたしのガルガンチュアは目の前にある物を存在させられる。つまり触れられる。だから捏ねて捏ねて最も力が発揮できる形にしていく。
「97連――竜王!」
がおぉぉぉっ! と吐き出した信仰は竜の形を伴ってジュウモンジとガーランドの脇を通り過ぎ、圧倒的な火力となって空に打ち上げられた。
高純度の力が通った影響か、竜王が通った跡には大気が痺れるように雷を発生させ、ビリビリと音を鳴らしている。
アヤメも、ルナも、ウルミラも、ガーランドも大口を開けてあたしを見ている。
「ポアルン! あたしがいる!」
「……」
驚いた表情を浮かべていたポアルンだったけれど、噴き出して笑い声を上げた。
「貴様、状況を理解しているのか」
「ええ、こんなにも頼もしく送り出してくれる方があなたの傍にいますか?」
そして空で竜王が弾け、数百もの竜に分裂して街の外の魔物たちに降り注いでいく。その竜たちは確かな意思を持って魔物たちを追い回し、消し飛ばしているのがわかる。
「おいそこの大男、あんたポアルンに感謝しなさいよ。そこにポアルンがいなかったらあんたを消し飛ばしていたわよ!」
「ボス、ここはすぐにでも撤退すべきです。あんな化け物を相手にする必要はありません」
「……ケダモノの聖女。この戦い、預けるぞ」
「次にあたしの目に入ってきた時、覚悟しておきなさい。その顔面形が変わるまでぐちゃぐちゃにしてやるわ」
嗤いながら言うあたしに、ガーランドが怯んでいる。
あたしはポアルンに目を向けた。
「ポアルン、あたしが言ったこと、忘れるんじゃないわよ」
「はい、どんな状況でも私は笑っていますわ」
「それが聖女よ。聖女が脆弱であるはずないわ」
ポアルンに握り拳を向けると、彼女が笑顔で手を差し出してくれた。
しかし次の瞬間には、ジュウモンジたちもろとも消えてしまい、あたしはただ、この拳を強く握ることしか出来なかったのだった。




