聖女ちゃんと目を盗む小ぐまちゃん
『わぁ、わぁっ――』
スピカとウルミラ、それとアヤメと一緒に街に出てきたあたしたちはクマでありながら目を輝かせるエレノーラの背を追っていた。
「エレノーラって、年齢的には年下なのよね?」
「いくつだったかしら?」
あたしはアヤメに目をやる。
「10歳よ。まだまだ色々な道が待っていたはずなのにな」
「……なんか、切ないですね。私じゃ耐えられないかもです」
「別にあの子が辛いなんて言ったわけじゃないんだから楽しませてやればいいのよ。ほらエレノーラ、そんなに急ぐと迷子になるわよ」
『ごめんなさ~い』
クマがのしのしと戻ってきた。
その光景に、スピカが苦笑いを浮かべている。
「でも目立つわね」
「しょうがないでしょ。あれが肉体を失った今のあの子の体なんだから」
『あぅ、やっぱり目立ちますよね』
シュンとしたエレノーラに、スピカが慌てて彼女の手を握った。
「悪いってわけではないのよ。あなたが楽しいのなら私も嬉しいし」
『……』
「あ~えっと」
スピカがあたふたとした挙句、あたしに乞うような視線を向けてきた。
あたしはため息を吐き、エレノーラを撫でようとしたけれど、そのクマの少女が体を震わせて笑っている。
『ご、ごめんなさい。スピカお姉ちゃん、本当に優しい人ですよね。リョカお姉ちゃんとルナ様が可愛らしいと話していたのがよくわかるです』
「あの2人そんなこと言っているの?」
うな垂れるスピカに、エレノーラが苦笑いしているような雰囲気を出した。
「エレノーラ、あなたあの2人から悪影響を受けているのよ。あの2人は真似ちゃ駄目よ、ええ絶対に」
「ルナもいるんだがな。スピカお前も言うようになったわね」
「私の身が持たないので」
「スピカさん、本当にお2人に可愛がられていますよね。まあそのかげで私は無事なんですけれど」
『でもリョカお姉ちゃん、もうウルミラお姉ちゃんの衣装が完成したからあとは時期だけって言ってたよ』
「……」
「逃がさないわよウルミラ」
「おう、お前もこっち来てリョカに弄ばれようぜ」
3人がそれぞれ大袈裟に落ち込む中、あたしはエレノーラを見ていた。
この子、相当な悪戯っ子ね。
あたしはエレノーラを引き寄せると、じっと見つめる。
『あぅ』
「悪戯はほどほどにしなさい」
『……アヤメ様、スピカお姉ちゃん、ウルミラお姉ちゃん、からかってごめんなさいです』
「はい、良く出来たわね。大丈夫よ、そっちの子たちはこんな悪戯で怒る様な器の小さい奴らじゃないから」
「いやお前が決めんな」
エレノーラを片方の手で撫でながらアヤメの頭を握ると、ふとエレノーラが考え込んでいるように見えた。
「どうかした?」
『えっと、確かにみなさんの視線が集まっているなぁって思って。どうにかできないわけではないんですけれど、お父様に申し訳なくて』
「ロイがあなたのやることに文句を言うわけないでしょう。自慢の娘だとあれの放つ空気が言っているじゃない」
「そうね、本当にロイはあなたを大事にしているわよね。羨ましいわ」
『エヘヘ』
「でもどうしてロイさんに申し訳ないんですか? というかどうにかできるとは?」
ウルミラの疑問は尤もだ、あたしがエレノーラにその問いを促すように見つめると、彼女が小さく息を吐いた。
すると、クマのぬいぐるみの背中がもぞもぞと動き出した。
「ぷはっ」
クマからフワフワ髪の少女が飛び出てきた。
「え?」
「は?」
「おぅ?」
「お父様はずっとクマだから、エレがこうして表に出るのが申し訳なくて」
驚くアヤメとスピカ、ウルミラを横目に、あたしはエレノーラに触れる。
彼女がくすぐったそうに体をよじるけれど、どうにも人の感触と異なっている。
ひんやりしていて確かに触れられるけれど、吹いたら消えるかのような儚げな在り方に、あたしは首を傾げる。
「これ、どうなっているの?」
「え~っとエレもよくわからないんだけれど、触れられるゆうれー? みたいなものかなってリョカお姉ちゃんが」
「ゆうれー?」
「肉体のない魂だけで動く存在?」
「……そういやぁエレノーラはアリシアが呼び寄せたせいでほとんど不死だったな。しかも肉体がそもそもなくて、リョカの絶慈によって新たな肉体を与えられているから、実質アリシアの支配を受けない不死者になってんのか。でもだからってどうして魂に形が――」
「あっ、それは多分、エレのエクストラコードが関わっていると思います」
「お前今なんつった?」
アヤメにベッと舌を出して可愛らしく笑うエレノーラに、あたしはフッと息を漏らす。
「まあなんにせよ、クマより目立たなくなったんだからあたしたちから離れないようにしなさい。アヤメもね」
エレノーラの可憐な返事と、アヤメの呆れたような返事を聞きながら2人の手を取る。
「スピカ、今日は行きたいところがあるのよね?」
「うん、そろそろ水星祭だし、あの子……私とは別の聖女が来ていると思って聞いておいたのよ」
「聖女って複数いるものなのね」
「そりゃあいるわよ」
「水星祭の聖女様ってことは……ポアルン様ですね」
「そうそう、あの子私と同期なのよ。だから挨拶と、噂の聖女様を見せびらかそうと思ってね」
「スピカ、あんた結構自意識が飛び出ているのね」
「誰が同期に自分のことを見せびらかそうとしますか。私以外の聖女も、勇者の拳よりも固い拳を持った聖女の噂を聞いているのよ」
「なら知らない聖女ね、あたしの拳はその勇者を消し飛ばすもの」
「尚性質が悪いわっ」
「ミーシャさんの拳、慈しみとか通り越して本物の死を連想させるほど強力ですからね」
「……お前ら羨ましいな、あの程度でこの不良聖女の全てを知った気になっているとはな」
「これ以上まだ何かあるんですか?」
「リョカもそうだが、こいつらが本気出したらお前たち卒倒するんじゃないかしら?」
しみじみと言い放ったアヤメを軽く睨むけれど、今あたしは両手が塞がっていてげんこつも落とせない。
そういえばこっちで神獣拳も大教会も使っていなかった。
まあ使ったらまたスピカが五月蠅いだろうし、暫くは使わないでおこう。
「さて見えてきたわ。ミーシャ、いきなり喧嘩売ったりしないでよ」
「あんたはあたしのことをなんだと思っているのよ」
どんな風に見られていようが気にしないけれど、どうにもこの星の聖女様は姑のように小うるさい時がある。不快ではないけれど、それを毎回受けるあたしの身にもなってもらいたいものだ。
そうしてあたしたちはスピカ先導でこの街にいるという聖女に会いに行くのだった。




