魔王ちゃんと修学旅行味ある談笑
「う~む」
「……」
村の宿に戻ってきた僕を迎えたのは涙目のスピカで、彼女が抱きついてきたから僕は受け止め、元凶だろうミーシャに目を向けた後、ルナちゃんに視線を向ける。
「さっきのミーシャさんですか~?」
「そうよ、竜砲を空で弾けさせたわ」
「なんすかその皆殺しスキル」
「失礼ね、ちゃんと魔物だけを射抜いたわよ」
「あれ、もっと性質が悪くなったぞ」
首を傾げているウルミラを横目に、胸に顔を埋めているスピカに目を落とす。
きっとケダモノの聖女の思想に触れてしまったのだろう。
あれは規格外だ、聖女らしさも当然持っているけれど、その聖女足らしめている根本的な思想が僕の幼馴染は他とずれている。
しかしスピカは生粋の聖女だからこそ、その差に困惑してしまうのだろう。
なんせ我らの聖女様は、本当に聖女としての言葉も心意気も持っている。けれどそこに至るまでの過程や同じ場所に着地したはずの結論も、こう……何か違うのである。
「ミーシャ、間違ったことでも言った?」
「……言っていないからわからないのよ」
「だろうね。どの女神様もね、ミーシャの聖女としての思想は間違っていないって言うんだよ」
「ええ、わかるわ。多分ミーシャは私よりも女神様を敬愛しているし、本当に世界のためを想っている。でも、その……」
言い淀んでいるスピカを苦笑いで撫で、およそ彼女が言いたいだろう言葉を促す。
「聖女のやり方じゃないのよあれ」
「聖女のあたしがやることが聖女らしくないとは何事よ、あたしがやった。ならそれは聖女のやり方よ」
「ミーシャさんは本当に自信家ですよね~。自分を聖女と本気で疑っていない。聖女としての信念を少しも否定しない。圧倒的強者の思考ですよね~」
「聖女に圧倒的強者の思考なんて必要ないのよ!」
「いやいるでしょ。さっきも言ったけれど、あたしは他人を癒せないわ、だから戦いそのものを請け負うしかないでしょ」
「……あのミーシャさん、それ聖女じゃなくてもいいのでは?」
「仕方ないじゃない、だってあたしは聖女になったんだもの、聖女で戦うしかないでしょ?」
ウルミラとスピカが心底わからないという風に首を傾げる。
「まあこれは長く一緒にいないとわからないかもですね~。ミーシャさん、やり方はどうあれ聖女としてうちのギルドでは慕われているんですよ~」
「スピカは思うところは当然あるだろうな。こいつは真っ当な聖女だし、他人を癒すっつう聖女としての責務を今まで疑いもせずにこなしてきた奴からすると、ミーシャは異常に見えるだろうな」
「そもそも、ミーシャさんは聖女を目指して聖女になったわけではないですからね」
ルナちゃんの言葉に、スピカが不思議そうにした。
そんなに変なことだろうか? ギフトとは才能によって開花するものだ、事前の努力でどうにかなるものでもないだろう。
「いや、え? ミーシャ、ギフトを得る前、教会に勤めたり前任の聖女様にお仕えしたり――」
「しているわけないでしょ。そもそもうちの国、10年近く聖女が出てこなくて困っていたのよ」
「いやいや、だってサンディリーデには聖都があるでしょう? そこの聖女様は現在最も優れた聖女で、今期の大聖女と」
「会ったこともないわよ」
僕は首を傾げる。
はて、聖女になるためにそんなことをしなければならないのかという口ぶりだけれど、もしや聖女になるためには修行しなければならないのだろうか?
「あ、そっか。リョカさんもミーシャさんも聖女がどのように決められるのか知らないのでしたか」
「何かあるのですか?」
「ええ、今までの聖女は一応、聖女としての才能を持っている……つまり加護なのですが、ある程度事前にわかるのですよ。リョカさん、何度か聖都へ行くことを促されたのではないですか?」
「あ~……そういえば先生や教会連中にやたらと聖都への移住をお父様に頼んでくれって頼まれたような」
面倒だったから全て僕のところで止めて、その上で絶対に家から出ない宣言をしたからまったく気にしていなかった。
今思えばそれが聖女としての修業のお誘いだったのだろう。心底いかなくて良かった。
「あの、どうしてリョカの話?」
ミーシャの話をしていたのに、突然僕の話になったから混乱させてしまったらしい。
ふとウルミラの腕を見ると切り傷があり、先ほどの戦いで怪我をしたのだろう。僕は彼女の手を取ると、歌を唄う。
「え――」
「はい、ウルミラはもう少し落ち着いて戦闘しようね」
「は、はひ、ありがとうございま……あの、これは?」
「リリードロップだが」
スピカが涙目でポカポカ叩いてきたからそれを受け止める。
そういえば2人に聖女の素質があることを話していなかった。
「ご、ごめん、どういうことか説明して」
頭を抱えるスピカに、僕はこれまでのことを説明した。
僕が魔王になるまで聖女となることを期待されていたことや魔王を選んだことでミーシャが聖女になったことを話した。
「まあリョカさんはわたくし経由で、多分過去最大の聖女になれるほどの素質を持っていましたから」
「そうなんですか?」
「というか魔王でありながら、第1スキルで無差別大回復できる時点でもう並の聖女でもおっつかねぇよ」
女神様に褒められて僕が照れていると、スピカが体を震わせていた。
「どうしてぇ!」
「いやぁ、聖女とかアイドル適性イージー過ぎて、正直最初からなる気なかったし」
「この子、中等部でずっと聖女になること匂わせて成人の儀で見事に裏切った極悪人よ」
「ゼプテンのギルドでもやっと聖女護衛の仕事が回ってくるって喜んでいたんですけれど~、その聖女候補は魔王になるし、聖女になった人は護衛必要ないしで困っちゃいましたよ~」
サンディリーデ組がケラケラ笑っていると、スピカが今にも殴ってきそうな形相でウルミラに羽交い締めにされていた。
「まあですので、聖女候補だったリョカさんは地位が高いこともあり、あまり強くも言われず、さらにミーシャさんはリョカさんに隠れて聖女適性があったことを悟られることもなく、2人揃って一般の聖女が通る道を通っていなかったのですよ」
「私頑張ったのに!」
「どーどー」
スピカを抱きしめていると、ウルミラが首を傾げて手を上げた。
「あの、それでもミーシャさんは聖女になったのですから教会とかから催促があったのでは?」
スピカが僕の胸の中でうんうん頷くけれど、ミーシャに至ってはそれは不可能だ。
「こっちの国の人が知っているかはわからないけれど、ミーシャの家って実は国のナンバー2――国王様の次に力のあるお家だから」
「……え?」
「グリムガント、教会勢力と貴族勢力の間に入り、世界中で定期的に起こっている教会と貴族の戦争を終わらせた英雄だね」
「あのグリムガントですか! ということは……レッヘンバッハ様の」
「あんた親父のこと知っているの?」
「これが、グリムガントの、ご息女……?」
「喧嘩なら買うわよ」
スピカの頬を軽く引っ張るミーシャを宥める。
しかし国が違えどさすがグリムガント、その名はここまで届いているらしい。
するとスピカが遠くを見ており、その瞳には憐れみがあるように思えた。
「……ミリア様も大変だ」
「誰それ?」
ミーシャの言葉に、スピカがあんぐりとした。
正直僕も誰かわかっていない。いや聞いたことがあるような気がするけれど、記憶の隅にやってしまったのか、どうしても出てこない。
「さっきから挙がってた大聖女よ」
「ふ~ん、あたしより強いの?」
「強いわけねぇだろ。フェルミナを超えてもいない小娘だよ」
「じゃああたしの敵じゃないわね」
ああ、そういえば何度か手紙を貰ったような気がする。
けれどサンディリーデの聖女ということはルナちゃんの加護持ちか。ちょっと会ってみたい気もする。
「あ、ミリアはわたくしの聖女ではないですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、その、フェルミナのこともあったので、わたくし聖女を選ぶのがその、怖かったので」
僕はルナちゃんを抱きしめる。
そりゃあそうだ、大事にしていた子が悲惨な目に遭って、しかもそれがルナちゃんのお気に入りと言う理由なだけ。人との関わりを持ちたくなくなるのは当然だろう。
「あ、リョカさんに加護を渡したのは、その、とても楽しそうだったので、つい」
「も~本当に可愛いですね~今日は一緒に寝ましょうね~」
「きゃぁ」
ルナちゃんと抱き合っていると、アルマリアが思案顔を浮かべていた。
「あの、もしかしてサンディリーデに聖女が現れなかったのって~」
「あぅ、ごめんなさい。わたくしの踏ん切りがつかなかったからです。ですので、ミリアの時は別の女神にお願いしました」
「アンディルースだったか?」
「ええ、アンに任せましたよ。あの子、場所が場所なので聖女が生まれることが絶望的でしたから」
場所が場所ってどういうことだろうか? 聞いたこともない女神様の名に考え込むけれど、まあ知らないものは知らないと思考を切る。
すると、スピカももう諦めたのか、手をヒラヒラさせながらジトっとミーシャを見て口を開いた。
「聖女として根本的に違うのは道筋が違ったからなのね。ミーシャ今からでも遅くないわ、聖都に行くべきよ、そうすれば多少は落ち着くはずよ」
「いや、ミーシャが根本的におかしいのはリョカのせいだぞ。こいつのエクストラコード、可愛さを発信したいからって魔王を選ぶ大馬鹿が隣にいる限り変わるわけねぇだろ」
「あの、僕を落としどころにするのは止めてください」
せっかく落ち着いたのに、神獣様から直々に責任を押し付けられた僕は、星の聖女様から延々とお説教を受ける羽目になったのだった。




