魔王ちゃんと星に導かれる欠陥クマ
「ほえ~そんなことがあったんですね。女神様にも色々あるんですね」
「アリシアは少し特殊かもしれませんけれどね。基本的には……テルネ以外はそれなりに気の良い子たちばかりですよ」
僕たちは予定通りに行程を進んでおり、明日には第一目的である村に到着予定であるけれど、今夜は野営するしかなく、その準備をみんなでしている。
その際、ウルミラが不死者事件のことを知りたいと瞳シイタケで聞いてきたから、準備の片手間で彼女に話しているところだ。
「辺りを覆う不死者の軍勢とか、想像するだけで震えてきますよ」
「案外なんとでもなるわよ。不死者自体あんまり硬くないし、ずっと殴っていればいつかはいなくなるわ」
「……何言ってるんですかこの聖女様?」
「まあミーシャがこんなのだから、ぜプテンの冒険者たちも気楽にやれたとは言っていたけれどね」
「ですね~、あの事件の後、獣に跨ったミーシャさんに助けられた冒険者たちが自慢していましたし」
ルイス=バングのもとに行くまで何をしていたのかと思えば、そこそこの数の冒険者たちの救助を行なっていたらしい。
幼馴染に鼻が高くなった僕は、今作っている夕食にさらに一品足すことを決め、その準備をしていく。
「スピカはどうやって敵を倒すの?」
「……え?」
ルナちゃんと一緒にテーブルに食器類を並べてくれていたスピカが、ワンテンポおいてミーシャの頓珍漢な問いに反応した。
「ミーシャ、普通の聖女は敵を倒しに行かないんだよ」
「じゃあどうやって戦うのよ? 敵が出てきたらむざむざ背を向けて逃げるのかしら」
「えっと、ごめんミーシャ、私あなたの戦いをフィリアム様から少し聞いただけで正直よくわからないのだけれど、聖女とは女神様に感謝の祈りをささげ、その代償に奇跡を行使する権利を借りて、それを同じく女神様を慕う人々におすそ分けする――」
「祈るだけで敵は死なないわ。それに感謝しただけで力が得られるなんて厚かましいにもほどがあるわ」
スピカがミーシャを指差し、頬を膨らませて瞳に涙を纏わせて僕を見てきた。
僕は彼女を苦笑いで撫でてやり、用意された皿にスープをよそっていく。
「わ、わたくしは感謝されると嬉しいですよ」
「けどまぁ、最近はミーシャの言い分もわかるようになってきたわ。感謝されたその礼が女神の奇跡って、むしろ感謝されるのは俺たち――むぐぐ」
「アヤメ、例え思想が変わったとしても女神がそれを口にしてはいけません。わたくしたちは人々が元気に、そして世界を愛してくれれば満足なのですから」
「そんなこと言ってルナも、リョカにお菓子を捧げられたらそっちの方が良いでしょう?」
顔を逸らしたルナちゃんを撫で、僕はミーシャの頭に軽く拳を落とす。
「意地悪な言い方しないの。ミーシャもスピカも、それぞれの宗教があるんだからこの話は平行線をたどるよ」
僕は大皿にメインディッシュをもり、食事の準備を終わらせ、全員に席に着くように言う。
「スピカ、ミーシャはああ言うけれど、あなたの祈りは尊いものだよ」
「リョカ」
「それにこう考えたらいい。女神様は感謝されたから力を貸してくれたんじゃなくて、女神様の力を使ってスピカが感謝されるのが嬉しくて、あなたを愛したいから力を貸してくれるんだって」
スピカが息を呑み、自分の胸に手を当ててハッとしたような顔を浮かべた。
「で、でも、その方が厚かましくないかな?」
「そんなことないんじゃない? 女神様は聖女と言う存在じゃなくて、女神様と繋がれるスピカだから力を貸してくれているんだよ」
僕の言葉に、ルナちゃんが頷いた。
「はい、わたくしたちは女神と言っても意思のある1つの個体です。聖女だからと言って無条件に力を貸すことはしません。フィリアムがあなたに加護を与えたのだって、スピカさんを愛しているからですよ」
嬉しそうなスピカに和んでいると、アヤメちゃんがナイフとフォークを持った拳でテーブルをトントン叩き、僕に目を向けている。
「なあママ、腹減った、飯」
「はいはい、それじゃあこのくらいにして食事にしようか」
僕たちサンディリーデ組が手を合わせていただきますとすると、困惑した風のグエングリッダーの2人だったけれど、僕たちを倣って同じように手を合わせていただきますと声を上げた。
こうして食事を始めたのだけれど、料理を食べたウルミラとスピカが驚いていた。
「口に合わなかった?」
「う、ううん、美味しくてびっくりした。リョカ、あなた料理も上手なのね」
「リョカさんいいなぁ。ブリンガーナイトに入りません?」
「ダメですよ~、リョカさんはゼプテンの主力の1人なんですから~」
称賛の声に僕は多少照れながら、黙々と食べるミーシャとアヤメちゃんのお皿に追加で料理をよそったり、飲み物が空になったカップにお茶を淹れたりとしていると、スピカが感心したような顔を向けてきた。
「気配りも上手だし、さらに実家はあのジブリッド商会。本当、魔王ということを除けば完璧な人よねリョカは」
「魔王だって慣れれば素敵なギフトだよ。色々できるし、この力があるから僕はファン……僕を愛してくれる人たちにお礼が出来るし」
「私、魔王ってリョカさん以外会ったことないんだけれど、みんなこんな感じなのかな?」
「う~ん、僕も魔王について知っていることは多くないけれど、もし魔王が来たとしても油断しちゃ駄目だよ。僕は自分が特別だとも思っていないけれど、それなりに信頼を得られるように行動してきたつもりだけれど、魔王が安全だと言いまわるつもりはない。やっぱり恐ろしい相手ではあるからね」
「……血冠魔王?」
スピカが顔色を窺うように尋ねてきた。
グエングリッダーでもその悪名を轟かせている血冠魔王だけれど、僕は思案顔を浮かべて腰のクマ2体を撫でる。
「あ~うん、血冠魔王は強かったよ。ミーシャの協力がなければ勝てなかったし、ガイルとテッカ、アルマリアがいたから頑張れたし」
「私役に立ってましたか~?」
「もちろん。それに僕があそこで絶慈を使えていなかったら確実に負けていただろうし」
「リョカさんの絶慈、ちょっと見てみたいです」
機会があればね。と、ウルミラに言い、僕は少し思案する。
ロイさんたちのことをウルミラとスピカに伝えるべきだろうか? 隠しても構わないのだけれど、相手は女神様と近しい極星、フィリアム様の口からそれが発覚するかもしれない。
それだったら先に伝えておいた方が良いのかもしれない。
「あ~そのね、2人とも驚かないで聞いてほしいんだけれど」
するとルナちゃんが僕のことを察してくれたのか、いつかの鏡を取り出した。
「とりあえずこれを見てもらって、判断を仰ぐよ」
それは僕が血冠魔王、ロイさんと戦った時の記録で、食事の後片付けの途中でそれが終わった。
そして案の定というか、ウルミラもスピカも呆然としており、2人揃って僕の腰に視線を向けていた。
「あ、あの、リョカの腰にいるそのクマ? だったっけ? その2人は、まさか」
「あば、あばば――」
カップを口に運び、口に付けずに地面に垂れ流すウルミラを苦笑いで見て、彼女の口元を拭ってやる。
「……」
一息ついたスピカが僕に近づいてきて、腰をかがめてロイさんと視線を同じにすると、一度だけ彼の額に指を弾いた。
「私はあなたに奪われた者をたくさん見てきたわ。もう戻って来ないと嘆く者、自分が何をしたのかと怒りに燃える者……けれど誰の1人もあなたに復讐しようなんて言いだす者はいなかった。あなたが、本当に強かったから」
『……』
「私は、あなたのことは知らない。ううん、知らなかった。でも今リョカとの戦いを見て、率直な感想を述べるわ。あなたは可哀そうな人だわ」
スピカが真っ向から血冠魔王――ロイ=ウェンチェスターと向き合っている。
やはり聖女と言うのは強い人たちだ。ミーシャもそうだけれど、スピカも伊達に女神様に見初められていない。
「あなたは魔王になって、たくさんのものを捨ててきたのね」
頭を抱えたスピカが僕にジト目を向けてきた。
「もうっ、リョカといると今まで培ってきたものが崩壊してしまうわ。もちろんいい意味でだけれど」
「ありがとうスピカ」
「お礼を言われることは――あ、そうだ。ロイ、私はあなたを知れたからこれだけしか言わないけれど、反省して生まれ変わったのなら、ちゃんと世界を愛しなさいよ」
『……ええ、星の加護を受けし聖女様。あなたと、あなたの女神様に誓って、私は世界と人々、女神様を二度と裏切らない』
僕の腰からテーブルに飛び乗ったロイさんがスピカに頭を下げた。
ロイさんは誰よりも大人だからあまり心配していないけれど、元々の性格が真面目なせいか、強い責任感でどうにも誰かを助けることに固執している。
別にそれが彼の選んだ道であるのなら僕はなにか言うつもりはないけれど、それで魂まで酷使するようになってしまっては、彼を引き上げた者として許容できない。
ロイさんは自分を許すことはないだろうけれど、許す許さないまでも、こうして味方になってくれる人がいることはしっかりと理解していてほしい。
「ほえ~、ロイさん血冠魔王だったんですね。そりゃあミーシャさんの言う通り、極星でも勝てるかわからないわけだよ。しっかし、リョカさんに勝てる人っているんですか? ロイさん含めて戦力過多すぎる」
「そりゃあいるでしょう。世界は広いんだ、僕にだって手も足も出ない人はきっといるよ」
「そんな人がいたらわりと世界の危機ですけれどね~。ほらほら、リョカさんの腰守さんはしっかりリョカさんを守るんですよ~」
アルマリアがペシペシとロイさんを頭を指で弾いていると、ロイさんが苛立ったようにアルマリアの手を弾いた。
「あ~っこの人やり返してきましたぁ! 綿の代わりに胡椒詰めますよ!」
小さいロイさんクマと小さいアルマリアの小さな攻防を横目に、僕は薬巻に火を点す。
「ロイさんモテモテだねぇ」
『お母様が、お父様は放っておくといつの間にか女性に囲まれているから困ると嘆いていました』
今は遠き願望の果て、欠陥まみれの魔王は愛くるしい姿での復活を果たした。
誰も彼もが彼を認めるわけではないけれど、それでも僕は彼らを認めていたい。それが僕の責任だし、きっとこの先もこのことで悩むだろう。
「さて、食後の甘いものを用意するから、食べたい人は席に着きな」
でも、出来ることなら彼にも、そして彼の娘にもこの世界で歩む踵に福音を鳴らしてほしい。
僕は散々苦しんだ彼らの、幸福を何よりも願うのだった。




