魔王ちゃんと女神に怯える星と夜
「う~ん良い天気! 旅立ちに最高のシチュエーションだね」
「そうですね~、ただの冒険者だった頃を思い出しますよ~」
僕たちはペヌルティーロを出て、街道を進んでいる。
ウルミラから提案されたルートは、街道を数日間徒歩で進んでいき、幾つかの村を経緯してまずは巨大な湖にある街を目指すとのことだった。
「天気が良いのは結構だけれど、あっちは今にも降りだしそうな顔で頭を抱えているわよ」
ミーシャが指したのは、左からルナちゃん、スピカ、ウルミラ、アヤメちゃんの順番で手を繋いでいる面々だった。
月神様がとても満足そうな顔で繋がれた手を振っている横で、星の聖女様が口から何か放出しているかのような青白い顔をしていた。
さらにその隣の宵闇の騎士が処理できない情報量に頭から煙を出しているかのようにも見え、その隣の神獣様はどこで拾ったのか、長い木の棒を振りながら尻尾をフリフリしていた。
「あ~、かわええ」
「あの光景を見てその感想が出てくるあたり、リョカさんはやっぱり魔王ですよね~」
「というかスピカの格好エロ過ぎでは? ミーシャとアルマリアにはないふくよかな一部が際立っていて本当にたまらん――うぉあぶね!」
顔面目掛けてゴリラの一撃が放たれ、僕は寸でのところで躱す。
「だって僕の周りの子たち、僕を除いて一番大きいのがカナデっておかしいだろ! あの子に乳は求めてねぇ!」
「……あらリョカ、今日は本当によく喋るじゃない。久々にあたしと喧嘩する?」
「ミーシャさん良いですね~私も混ぜてくださいよ~」
「この辺りの地形変わるぞ!」
ミーシャとアルマリアから殺気を向けられてジリジリと後退していくと、近くでスピカがため息を吐いたのが見えた。
「銀の魔王リョカ=ジブリッド、不思議な人です――ひゃんっ」
「む~、確かに大きいですね」
「あ、あの、月神様――」
「ルナですよ。どうしたらここまで大きくなるのでしょうか?」
「女神が成長するわけねぇだろ」
スピカの胸を持ち上げたルナちゃんが頬を膨らませており、僕は彼女に近寄って抱き上げる。
「今のままでもルナちゃんは最カワですよ」
「きゃぁ」
ルナちゃんと抱き合っていると、スピカとウルミラが顔を引きつらせていた。
「まあ僕たちみたいにしろとは言わないけれど、もう少し肩の力抜いて行こう。2人がつらいでしょう?」
「う~、でもでも、その、お2人は女神様ですし、やっぱり緊張しちゃって。何か失礼をしてしまったらどうしようって思っちゃって」
「うん、リョカは魔王だし、多分最初から女神様と近しいだろうからそういうことが出来るかもしれないけれど、私たちにとって女神様は畏怖すべきものだから……」
ふむ。つまり、何かされたら愛想を尽かされそう。怒って神罰を下される。等々、根っこにあるのは純粋な恐怖だろうか?
そんなことをする女神さまたちではないとわかっているのは、スピカの言う通り僕たちの距離が近いからだろう。
そもそも僕に至っては神様への認識が他の人と異なっている。
私の世界では、それこそ神様に頼るのは一部で、しかも私は宗教が浸透しているとは言えない国の出だ。怖いなんて考えもしなかった。
僕はチラとルナちゃんに目をやる。
「……僕さ、実はこの間、頭に血が上ってある女神様に、次怒らせたら最も惨たらしくそのどてっぱらに風穴空けてやるって宣言しちゃったんだよね」
「不敬どころの話じゃなかった!」
「確かに女神様は畏怖すべきでもあるよ。適切な距離で、適切な心意気で、適切な言葉で……でもさ、存在が確認されていない神様ならまだしも、人にこれだけわかるように寄り添ってくれる女神様を、2人はどれだけ知っているの?」
「え?」
「え~っと、月神様は偉い女神様で、月の女神様で、えっと……神獣様は、その、ごめんなさい、あまり知らないです」
考え込むスピカと、正直に自分が知っていることを口にして、挙句にアヤメちゃんに腰をかじられているウルミラ。
近くにいることを知っているのに、この世界の人は女神様を知らない。
「適切な言葉も距離も、知らなければ、知ろうとしなければ計れないんじゃないかな?」
「それは」
「ねえスピカ、フィリアム様はどんな女神様?」
「……フィリアム様は、なんというかこう、やわら、かい?」
「ふわふわ女子なんだ。じゃあ絶対可愛いね」
「フィリアムはよく居眠りする子ですよ。大事な話をしていても気が付くと眠っていて――でも起こす時に頬をフニフニすると嬉しそうにするんですよ」
「いやいや、あいつ以外と強かだぞ。テルネが作った菓子、ランドとか来ない奴の分いつもあいつ持って行ってるからな」
スピカがルナちゃんとアヤメちゃんの話すフィリアム様に驚いていた。
「まあつまり、せっかく近くに来てくれているのに、知ろうとせずにただ常識と先入観で知ろうとしないのはもったいないなって思ってさ。さっきルナちゃんと手を握っていたけれど、ルナちゃんの手、ふにふにでずっと触っていたいような可愛いお手々なんだよ。せっかく触れていたのに、それを知らないでしょう」
「……」
スピカが自分の手を見つめる。
するとルナちゃんが彼女の手に自分の手を重ねた。
「スピカさんの手も、柔らかくて暖かいです」
「……ルナさんの手、ふわふわで、少しひんやりしていて気持ちが良い」
スピカがルナちゃんの手を頬まで持って行き、慈しむように、それを愛すように女神様の手を両手で包んで抱きしめた。
スピカはもう大丈夫だろう。
彼女は聖女だ、元々女神様との距離を測れる機会が多かったのだろう。
2人の美少女に僕が満足していると、後ろから袖を引っ張られ、そちらに目を向ける。
「リョカさ~ん、神獣様の牙は鋭いです~」
綺麗な光景の裏で血なまぐさいことをやっているアヤメちゃんとウルミラに、僕は苦笑いを浮かべる。
するとミーシャが近づいてきて、アヤメちゃんの頭にげんこつを落とした。
「ふぎゅっ」
「強く噛まない」
「強くげんこつするのはいいのかよ」
アヤメちゃんの両脇に手を入れたミーシャが、ウルミラと神獣様の視線を同じにした。
「う~……すまんかった」
「い、いえ、あのその、これも適切な距離ですか?」
「うんなわきゃあない。でもこの聖女怒らせると女神でも手に負えないから逆らえないのよ」
そう言うアヤメちゃんだけれど、ミーシャに抱っこされて上機嫌に抱き着いている。あれでも彼女は我らの聖女様に結構懐いているのである。
「ほえ~、女神様を知る。なんて考えたこともなかったですよ。やっぱ魔王になるような人は見えているものが違うんですね」
「見えているものは一緒だよ。ただ、その見えたものにどうやって近づくかが違っているだけ」
「……それでも私は女神様にぶっころ宣言はしないなぁ」
「あれは状況がね」
あの時は本当に頭に来ていたけれど、次に会ったら謝ろう。怖がらせちゃったし、許してくれるといいのだけれど。
と、僕が死神様であるアリシアちゃんに想いを馳せていると、スピカと手を繋いでいるルナちゃんが可憐に笑った。
「あの時のアリシア、幼い頃に何度も見ていた泣き顔だったので何だか懐かしかったですよ。あの子が純粋に可愛かった時を思い出せて嬉しかったです」
「いや、泣いていたんですよねその女神様。というかお知り合いですか?」
「わたくしの妹ですよ」
「妹様の風通しがよくなっちゃいますよ!」
ウルミラの言葉にクスクスと笑っているルナちゃんだけれど、さすがの僕も本当にそんなことをするつもりはない。
「お話も良いですけれど、ちゃんと進みましょうね~。少し行ったところで休憩しますよ~」
引率してくれるアルマリアに礼を言い、僕たちは歩くペースを上げる。
そうして道を進んでいるけれど、ふと後ろに目をやると先ほどのようにビクビクした星の聖女様と宵闇の騎士はおらず、まだまだ気安さはないけれどそれでも月と獣の女神様と楽しそうにしている光景があるのだった。




