魔王ちゃんと星の聖女様
「さてと……」
港やその他人さらいが拠点にしていた場所を残っているブリンガーナイトのギルド員に任せた僕たちは、麻袋を持って宿屋に戻ってきたのだけれど、湧いて出てきた問題に頭を抱える。
まず1つ、あの麻袋からは案の定というか人が入っており、その中からは茶髪の小柄だけれどスタイルの良い美少女が寝息を立てて出てきた。
見た目に傷はなく、至って健康そうであるけれど、何かで眠らされていたのか起きる様子は今のところない。
しかしそれよりも気になったのがこの女の子、もしかして――僕はミーシャをチラリと見ると、彼女が盛大にため息を吐いた。
「あんたたちは何をビクついているのよ」
「え? いえだって……」
「あんたたちのボスも承諾済みでしょう? あたしたちのことを知っていたんだし、リョカが魔王だからっていきなりビクつくな」
「え~、これ私たちが悪いの」
ミーシャに詰め寄られ、泣き顔を浮かべるウルミラさん。僕は苦笑いをミーシャに見せて、ウルミラさんを撫でてやる。
「ミーシャ、そんなに凄まないの。突然魔王が現れたら困惑するのは当然の反応でしょ?」
「リョカさん優しい。聖女様の方が怖い……サンディリーデは魔境なんだ」
「あ、いや、そこの聖女様が特殊なだけで、サンディリーデは良いところですよ」
ウルミラさんを撫でていると、大きく深呼吸したウルチルくんが肩から力を抜いた。
「魔王さんとお話しできるって、凄い経験です。さっきミーシャさんが言った通り、ボスたちもお2人を知っているみたいですし、自分からいうことはありません。それに、リョカさんは何度も自分を助けてくれましたし、そのご恩は返さないとです」
「ウルチルくん良い子~」
僕は彼を撫でると、2人の顔を交互に見てどう伝えるべきか口を開くのをためらう。
「リョカさん?」
「……うん、隠していてもしょうがないし、それに」
僕は窓を開け、入ってきた生温い風にも聞こえるようにした。
「出来ればそちらの極星にも報告してほしいのですけれど……ウルミラさん、多分僕が魔王ってことよりも厄介な報告があるんだけれど、良い?」
「え~、私今年から支部を任されただけのまだまだひよっこなんですけれど。支部を半壊させただけじゃなくてまだ何か?」
アルマリアが数回頷き、どうにも彼女に同調しているようだった。
「うんごめんね。それと支部半壊に関しては僕とミーシャが直接ブリンガーナイトに謝罪に行くからあなたは気にしないで。悪いのは僕たちだし」
「リョカさ~ん」
涙目のウルミラさんが抱き着いてきたからそれを受け止めて、改めて口を開く。
「それで、僕がさっき戦った人なんだけれど、あれ多分極星だよ」
「え! い、いえその、それは……」
「ううん、あの人が最後に使ったあのスキル、確かに女神様の加護を感じた。別の国の女神、って線もあり得なくはないけれど」
僕はチラとルナちゃんとアヤメちゃんを見ると、2人とも目を逸らした。
「さすがに別の国の女神の加護を持った人がこれだけ暴れているのなら、この国の……フィリアム様が黙っていないでしょう?」
「そ、それは――」
ウルミラさんが困惑しており、どうしたら良いのかを決めあぐねているようだった。さすがに支部を任されていたとはいえ、これだけの大ごとを捌くほどの経験はなかったかと思案すると、風の気配が強まった。
『失礼、このような形で相見えること、誠に――』
「ううん、挨拶は大丈夫。そちらの極星は何と?」
風が人の形のようになり、風そのものが話しかけてきた。これもミリオンヴァイドのスキルの1つだろう。
『……心遣い感謝いたします。我らが極星、ヴェイン=ローガストはあなた方との共闘を希望すると。それと』
風の彼が横になっている女の子に目を向けた。
『ブリンガーナイト本部まで彼女の護衛を依頼したい。とのことです』
「……なるほど、極星にとっても重要な位置づけなんだ。ミーシャも見習ってよ」
「なんでよ?」
「知ってて言ってるでしょ」
飄々と受け流す幼馴染にげんなりしつつ、僕はセイバー姉弟に目を向けた。
まだ彼女たちは事態を理解しておらず、先ほどからひっきりなしに頭にクエッションマークが浮かんでいる。
「あの、よければウルミラさんをお供に加えても良いでしょうか?」
『理由を伺っても?』
「僕が彼女を気に入ったからです。それとやはり初めての国ですし、土地勘のある人が着いてきてくれると非常に助かるのですが」
『……わかりました。ウルミラ、支部はウルチルに任せ、お前はこの方たちに同行しなさい』
「は、はい! 私でお役に立つかわかりませんが精一杯頑張ります」
僕は彼女を撫でると、ベッドに横たわる眠り姫に目を向ける。
「さて、こちらはまとまったけれど……古来より寝坊助のお姫様を起こすのは王子様の接吻なのだけれど、それは魔王でも有効なのかしら? それとも自力で起きますか?」
全員の視線が彼女に注がれると、のそっと眠り姫が体を起こした。
「……」
「何か飲みますか?」
「……甘いものを」
僕はクスりと笑みを溢し、ホットチョコレートを作り始める。
そして出来上がったそれを全員に手渡すと、眠り姫が頭を下げた。
「まずはお礼を。助けていただきありがとうございます」
「いいえ、無事で何よりです。それに僕は、聖女様を見捨てることは出来ませんから」
チラリとミーシャを見ると、熱々のホットチョコレートを息で冷ますわけでもなく喉に流し込んでいた。どこかの国の屈強な軍人さんかな。
「噂通りの方ですね。私は、ギルド『星々を唄う神使』の極星、スピリカ=メルティートと申します」
「ほ、星の聖女様!」
「この国では有名な方?」
「は、はい! 女神様に最も近いギルドで、そこのスピリカ様はなんと女神様とお会いしたことがあるとか」
僕はチラとルナちゃんとアヤメちゃんを見る。あなたも女神様とお会いしているのですよ。
そんなことを興奮しながら言うウルミラさんに、スピリカさんは困ったような顔をして我らの女神様2柱に目をやっていた。
「えっと、その……初めまして、月神様、神獣様、星神様からお話は伺っています」
「え?」
ウルミラさんとウルチルくんが泣きそうな顔で僕に目を向けており、僕は2人を抱きしめてそれはもう優しく撫でてやる。
そして2人の存在は風の人も想定外だったのか、驚いたような気配を纏った。
「まあそうやってお行儀よく迎えられるのも悪くはねぇけどな」
「はい、フィリアムが何と言ったかは知りませんが、今のわたくしはルナ=ジブリッドです」
「俺はアヤメ=ジブリッドな。そんな仰々しくされちまうと動きにくくて敵わん」
「ジブリッド……とんでもない魔王様ですね」
スピリカさんが僕を見てきたから、笑顔を返す。
「あ、あのリョカさん? どういうことですか? 月神様って、とってもえらい女神様では?」
「えっと、ルナちゃんとアヤメちゃんは、うちの実家の養子として迎え入れまして」
「なんでぇ!」
頭を抱えてその場で跪くウルミラさんの肩を叩き、僕は苦笑いを浮かべる。
すると風の人も呆然としており、近くにいたアルマリアが鼻で笑う。
「この2人にこれしきのことで驚いていたらきりがないですよ」
『……ゼプテンのギルドマスター、とても気苦労の多い役職であったとお察しします』
「ですよ~。だから私たちが求める報酬は、私のバカ親父の情報ですので~、よろしくお願いします」
『……かしこまりました。ブリンガーナイト総出で事に当たることを約束します』
ちゃっかりしているアルマリアを頼もしく思い、僕は改めてスピリカさんに目を向ける。
「さて、それでスピリカさんはブリンガーナイトの提案を承諾してくれるのですか?」
「……ええ、そもそも今回私が捕まった経緯も、ヴェインに助力を申し出る道中で捕まってしまったので」
「ブリンガーナイトは信用出来ると」
「ええ、極星の中で、私も、星神様も信頼を置いているギルドです」
「その信用に魔王が含まれてしまうのですが、それについては?」
「……正直、魔王と言う存在は恐ろしいです。けれどあなたは、倒すことが難しいとされた血冠魔王を倒し、現在最良の勇者である金色炎の勇者様と信頼関係があり、死神様率いる10万越えの不死者を圧倒的な戦力差でもあるのに覆し、あの竜ですら倒してしまう」
ウルミラさんが怪物を見るような目で引いたから、僕は彼女を引き寄せて頬を優しく摘まむ。
「それだけの力を持った魔王であるにもかかわらず、あなたは人に寄り添い、女神様を慈しむその姿勢……正直、今まで会ったどの聖女よりも聖女らしい在り方に――」
「ああん?」
ミーシャに睨みつけられ、一度肩を跳ねさせたスピリカさんを横目に、怖い顔をする幼馴染の顔を僕の方に向けさせ、持って来ていた焼き菓子を放り投げてやる。
大人しくなった我らの聖女様を確認して、スピリカさんに手を向けて続きを促す。
「えっと、ですからその……肩書は魔王であるかもしれませんが、同じ女神様を慕う同士として、私はあなたを信用したいです」
「お、上手く言葉を選んだな。良かったらうちの聖女に聖女たるを指導してもいいのよ?」
勢いよく目を逸らすスピリカさんに、アヤメちゃんが意地悪そうに笑っていると、ルナちゃんが神獣様の頭をはたいた。
「ごめんなさい、気にせず続けてください」
頬を膨らませたアヤメちゃんが座っている僕の膝に顔を埋めてきたから、僕はあやしてやる。
しかし隣で抱き着いているウルミラさんは顔を引きつらせている。
「同士。ですか。ええそうですね、女神様って本当に可愛いですもんね」
「……可愛い?」
「はい、とっても可愛いですよね! 星神様とはお会いしたことはありませんが、きっと可愛らしい方ですよね」
ルナちゃんに手招きすると、彼女が近寄ってきて僕に頬ずりしてくれた。
それを見ていたスピリカさんが、ついに両手で顔を覆ってしまった。
そんな星の聖女様の肩に、アルマリアがそっと手を置いた。
「あの2人はさらに女神様を学園に通わせて、毎日のように抱き合っているのですよ~。事情を知る私たち、もう困惑です」
とまあ、これは少し意地悪をした。
これから一緒に行動するにあたって、もし女神様に不敬だと言われては敵わない。
ならば、最初の内に僕たちのやり取りは見せておくべきだろう。
もっともミーシャのアヤメちゃんに対する対応は出来れば見ない方が良いだろう。
「さて、こんな魔王ですが、それでも、僕たちに命を預けてくれますか?」
「……正直揺らぎそうですが。なるほど、フィリアム様が羨ましいと話していた理由もすこしわかりました。ええ、あなたは私の手を取ってくださいますか?」
「もちろんです」
僕はスピリカさんの手を取り、彼女を引っ張って抱き寄せる。
ルナちゃんとアヤメちゃんの間に押し込んだ。
「……」
「ぶるぶるしてんな」
「可愛らしい方ですね。フィリアムもこんな可愛らしい信徒がいるのなら紹介してくれても良かったのに」
女神さまたちも満足したようで、僕は風の人に目を向ける。
「ではスピリカさんの護衛、引き受けました。それとヴェインさんに、到着したらデートしましょうと」
『……畏まりました。では、こちらへの到着、お待ちしております』
風の人の気配がふっと消えた。
僕は両手いっぱいの美少女たちに満足しつつ、これからやるべきことを思案するのだった。




