聖女ちゃんと圧倒的暴食
あたしはリョカと別れ、ルナとエレノーラ、ウルミラを連れてロイがいる人さらいの拠点へ向かっている。
「こうやってミーシャさんと2人きりは初めてですよね」
「そういえばそうね。あたしはリョカみたく甘やかせないわよ」
「ミーシャさんは十分優しいので、これ以上何か貰おうとは思っていませんよ」
ルナの頭を撫で、あたしは足を止める。
そこは人さらいの拠点で、確かに中から戦闘の意思は感じられない。もう少し手加減しておいてくれればいいのに。
いや、手加減してこれなのだろう。
ロイ=ウェンチェスター、今でこそリョカの腰にクマとして収まっているけれど、その正体は血冠魔王。最強最悪と言われていた無慈悲な魔王の1人だった。
あたしが扉に手をかけると、同行しているウルミラの肩が強張った。
「誰も出てこないから安心なさい」
「で、ですが」
「あたしたちの連れは強いのよ。まともに動ける奴なんていないわ」
緊張した面持ちのウルミラを無視してあたしは扉を開け放った。
入り口傍には、すでに数人が倒れており、一瞬で終わったのか、武器を構えた様子もないゴロツキたちが転がっていた。
両腕と両足を突き刺され、そのまま気絶させられている。よくよく見ると怪我をしている部分の血が固まっており、それ以上血液を流さないようにされていた。
「さすがよね」
「力の使い方をよく理解した戦い方ですよね。ミーシャさんとどちらが強いのでしょうかね?」
「今度戦いを申し込んでみるわ。あたしも気になっているし」
「そのお連れの方は、それほど強いのですか?」
「あんたじゃ手も足も出ないわよ。アルマリアいたでしょ? あの子だって立派なギルドマスターだけれど、それでも良いように戦わされて、結局負けているし」
「ギルドマスターよりも上……極星以上でしょうか?」
「あたしは極星に会ったこともないから知らないけれど、そこそこ上位の勇者でも相手にならないはずよ」
ウルミラが深刻そうな顔で塞ぎこんだ。
この国では極星こそが絶対なのだろう。それについての是非を論じるつもりはないけれど、強いと言ってもただの人、出来ることは限られるし、絶対的な強さを盾にしている人々はそれがなくなった時に何も出来なくなる。
現にこうして人さらいが横行しており、極星の目が届かない場所があることが露見しているのだろう。
あたしたちは最奥の部屋に辿り着き、足を止める。
ここに来るまで相当数のゴロツキが倒れていたのだけれど、この部屋からは多少の強者の気配がする。
あまり探知が得意そうではないウルミラも小さく体を震わせており、部屋に入るのを躊躇しているようだった。
あたしは扉を開け放つと、部屋の中央で血の椅子を生成したロイがそれに座っており、あたしが部屋に入ると同時に立ち上がって頭を下げてきた。
「首尾はどう?」
ロイが辺りに転がっているゴロツキに手をかざした。
そうして下がろうとするロイに、あたしは目をやる。
「あたしとは会話も出来ない?」
ロイがハッと肩を跳ねさせ、首を横に振る。
あたしはエレノーラを撫でると、彼女がスキルを使用した。
『……私は、リョカさんだけでなく、あなたのことも傷つけました』
「そうね、それなりに痛かったわよ。でもそれだけ。あたしは別にあんたを許すほど憎んでいないし、あんたを憎むほど何かを奪われたわけでもない。今のあんたは、エレノーラの父親で、リョカを守っているクマでしょう?」
『あなたはそう言うでしょうね』
「そうよ、あたしがそう言ったの。誰かの悲しみとか、誰かの怨嗟なんて関係ないわ。もしそういうのと対峙したのなら自分で何とかなさい。手を貸してほしかったらちゃんと言うのよ」
『……ええ、ありがとうございます』
胸をなでおろしたロイに、エレノーラがクスクスと喉を鳴らして見せた。
『お父様ね、ミーシャさんに謝る時機を逃したってずっと悩んでいたんですよ。謝って済むことではないけれど、せめて2人の盾になるように務めさせてもらわなければって』
『え、エレノーラ』
「あんたも真面目ね。別にあたしは奪われたわけじゃないから好きに言うけれど、あんたの罪は半身が担ったのでしょう? ならクマのあんたは好きになさい、罪も罰も、半分のあんたに押し付けなさいよ」
ロイが複雑そうな顔をしているような気がする。
簡単なことではないのは理解しているけれど、ロイ=ウェンチェスターはすでに罪の代価を支払っている。
納得されるかは別として、クマである間は新しく生まれ変わったものとして大人しく、それでいてやりたいように暮らせばいいのに。
あたしがテッカ以上に生真面目な元魔王に呆れていると、ルナがロイに触れた。
「あなたがまだ罪の意識にさいなまれているというのであれば、わたくしも同罪です。あなたは確かにわたくしに救いを求めた。けれど手を差し伸べることが出来なかった」
『いいえ! いいえ! それは――』
「遅くなってしまいましたが、わたくしはあなたも救いたいのです」
ロイが息を呑んだ。
そして見えないけれど彼が泣いているようにもみえ、あたしは彼に背を向ける。
そしてそのまま、未だに緊張しているウルミラと目を合わせた。
「味方よ」
「え? あの、えっと……あれはなんですか?」
「ロイよ」
「えっと、え?」
「クマよ」
首が回るのではないかと言うほど傾げているウルミラを横目に、あたしは思案する。
いや、どうするかなんて考えるまでもない。
あたしは部屋の一角に目を向けると、息を吐き出す。
これはロイに感謝するべきだろう。
きっと彼も気が付いている。でもこうして残してくれているのはあたしがここに来ることを察していたのだろう。
『……ミーシャさん、私が相手をしても良いのですが、どうしますか?』
「いいえ、ありがとう。せっかくだし派手な方が良いでしょう? それならあたしがやる方が良いわ。ウルミラ、ロイの後ろに隠れていなさい」
「え?」
あたしはクオンの神核を引っ張り出し、大きく息を吸う。
あたしの行動に危機感を覚えたのか、部屋の一角の闇から女が湧いて出た。
「何だって言うのよ!」
「38連――竜砲!」
竜の息吹が女の脇を通り、人さらいの拠点を、あたしの直線状の建物を、それを通り過ぎて海を割った。
「あんたはそれなりに強いんでしょうね? せめてアルマリアくらい強くなければ話にならないわよ」
「クソッ、こんな奴らがいるなんて聞いてない! 極星でもない奴らがどうしてこんなに強いのよ!」
「あんたがその極星しか知らなかっただけでしょ。構えなさい、でなければ無様に死ぬだけよ」
女がこぶし大の闇を辺りに散らばらせ、足元の闇に潜った。
『ご注意を。ギフト・闇伝い、闇を操り、闇に隠れるギフトです』
「忠告ありがとう。どんなギフトを使っていようともやることは変わらないけれどね」
女があたしの正面に飛び出てきて、周囲にある闇に手を伸ばした。
「『闇集発斧』」
女に握られた闇が姿を変えて大きな斧に姿を変えた。
その斧があたし目掛けて振りかざされた。
「これで――」
あたしは斧を手で受け止めて、動きを止めた。
けれど女がニヤと笑みを浮かべたから首を傾げる。
「ミーシャさん駄目です! 闇に実体はありません!」
ウルミラの忠告と同じ時に、あたしの手を斧がすり抜けた。
「『闇蝉』」
闇の斧だけではなく、女の体も闇に融けるようにぼやける。
なるほど、ルイスの聖剣と似たような力を持っているのかと思案し、斧を体で受ける。
「はんっ、火力だけが一丁前のようだね! そっちの変な生物もまとめて倒してやるよ! あんたたちは危険だ、ここで殺させてもらうよ」
あたしの肩に斧が刺さっているけれど、構わず手で掴む。
あの女、随分と調子の良いことを言っている。あたしだけじゃなく、ロイまで倒そうというのか。自分のこととなるけれど、あたしとロイを倒したいのなら上級勇者2、30人は連れてこいと声を大にして言いたい。
女が意気揚々と斧をあたしから引き抜こうとする。
「あ?」
「さっさと抜きなさいよ。いつまであたしの肩に刺しておくつもりなの?」
「言われなくても――な、なんだ、なんで抜けない。闇蝉!」
斧が実体のない闇に変わるけれど、あたしは斧を掴んで離さない。
「ああ、なるほど。カナデが言っていたのはこれね――あたしが光を殴れるのも、風を蹴ることができるのも、このスキルね」
「おいなに言ってんだ! なんで闇に触れられんだよ! 答えろ――」
実体があろうがなかろうが関係ない。
あたしの目の前にあるのならそれがどのような存在だろうと喰らい尽す。
「あんた良かったわね、そのスキルで殴られることも少なくなっているんじゃない? 久々に殴られる感覚を味わいなさい。尤も、喰らうのはあたしだけれどね」
拳を震わせれば空気に触れるのがわかる。
パキパキと音を鳴らしてあたしの拳の前では何者も存在できることが約束された。
あれも食べたい、これも食べたい――最早闘争心にも似た果てなき食欲。
これこそあたしが銀色の……あたしの魔王様から与えられた罪の1つ。
「『あらゆるを満たす暴食』」
拳に込められた信仰は辺りの空気をぶち破り、破裂音と共にあたしの拳に絶対の破壊をもたらす。
「馬鹿な――ッ!」
斧を消して闇の中を伝って逃げようと試みる女。
けれど逃がさない。
闇だろうが何だろうが、そこに存在している。
ならばあたしに殴れない道理はなく、あらゆるを殴るための外側の理。
闇の中をあちこちに逃げ回る敵に、あたしは拳を振り上げた。
「38連――ぶっ飛びなさい!」
誰もいないはずの空間、そこに思い切り拳を打ち付ける。
床はめくれ上がり、信仰の衝撃は建物もろとも宙へと打ち上げた。
そして闇に潜っていた女もまた、瓦礫と同じように宙に上がり、あたしは風を蹴ってそれを追いかける。
「ここで終わりよ――」
女に拳を振るおうとした刹那、それは現れた。
「ん?」
音もなく現れたそいつは、あたしの拳を受け止め、女を庇うように抱き寄せた。
「……クリップグリッド。厄介ね、それごと壊すか」
『ミーシャさん』
ロイが羽の生えたチビクマに連れられて飛んで来て、女を庇っている男に目を向けた。
「ここは引いてくれないだろうか異国の聖女よ。あなたと、あなたの魔王様に手を出されては、我々も全戦力を投入しなければならない。戦争は君の望むところではないだろう?」
「あら、あんたと戦えるのなら望むところだけれど?」
「これが聖女か。何とも勇ましいな」
「……おい、何勝手に決めてやがる。こいつは、こいつはあたしが」
「無理だ。例えボスが出張ったとしても勝率は半々が良いところだろう。それほどまでに彼女たちは強い。ここは引くべきだ、まだお前には働いてもらわなければならない」
話が勝手に進んでいる。
あたしとしてはこいつも殴ってしまってもいいのだけれど……。地上にいるウルミラに目を向けた後、リョカたちがいるだろう港に一瞥を投げた。
「あっちに行くのが正解かしらね」
「彼女が君ほど好戦的ではないことを祈るばかりさ」
「あたしの幼馴染、敵には容赦しないわよ」
「それは残念だ、あそこは二度と使えないな」
そう言って男がマントを翻した。
「では聖女様、二度と会わないことを願っているよ」
「あんたも喰らってやるから覚悟なさい」
あたしの言葉と同時に、マントに体を隠した男がそのまま姿を消した。
そしてあたしとロイは一緒に地上に降り、駆けて来たルナとウルミラに目を向ける。
「大丈夫ですかミーシャさん! それとさっきの奴は」
「結構な敵が絡んでいるようね。リョカの心配はするだけ無駄でしょうけれど、あっちの様子も見に行くわよ。こっちは怪我している奴にでも調べさせなさい、行くわよ」
ウルミラの判断を仰がずにあたしは早足で進む。
すると隣に並んだロイに抱きかかえられているルナがあたしの耳元に顔を近づけてきた。
「ミーシャさん、今の方は」
「良いわよ別に。あいつは敵よ、ならば倒すだけ」
「……わかりました、けれど気を付けてくださいね」
「ええ。ところでロイ、あんたはあいつをどう見た?」
『必要ならば倒してきますが?』
「駄目よ、あれはあたしがやるわ」
『わかりました。ならば私はお2人の邪魔になる敵を倒しましょう』
「頼りにしているわ」
頭を下げるロイに礼を言い、あたしは小さく頬を上げる。
人探しと言う目的だったから、道中はあまり期待していなかったけれど、これならばあたしも暇を持て余すことにはならなさそうだ。
新しいスキルで試したいこともあるし、これからが楽しみになってきた。
あたしの顔を見てウルミラが震えているけれど、この状況を愉しまずに何を楽しむのか。
信仰が震える。あたしの中の獣と竜が歓喜する。
これからの戦いに心を震わせ、あたしはうずく拳を何とか抑え込むのだった。




