聖女ちゃんと手のかかる神獣様
「ただいま」
「ただいまぁ」
「おかえりミーシャ、それとアヤメちゃん、ご飯もうすぐで出来るから手を洗って着替えておいて」
「おかえりなさい。アヤメ、今日も泥だらけですよ? 先にお風呂に入りましょう。ミーシャさんも一緒に入っちゃってください」
「ん」
「う~い」
あたしたちがオタクセを、リョカたちがジンギとランファを依頼に連れ出して数日が経った。
そんな終わりの日に、あたしたちは普段通りゼプテンの拠点で過ごしていた。
ルナに風呂を促され、あたしとアヤメは揃って脱衣所へと足を進ませる。
稀代の魔王様と最高権力の女神様に世話をされている光景に、テッカ辺りが頭を抱えそうだけれど、2人とも世話好きだからあたしにはどうしようもない。
両手を上げるアヤメの服を脱がし、あたしも服を脱いで一緒に風呂場に入り、まず小さい椅子に座った神獣様の頭から湯をぶっかけ、体についた汚れを落とす。
アヤメがぶるぶると体を震わし、水滴を飛ばしたのを横目に、あたしも湯を被り、彼女の背後に椅子を動かして縦に並ぶ。
「やっぱり女神は甘やかされてこそよね」
「あんた最初、甘えは許さないとか言ってなかった?」
「それは人間がだ。俺は女神よ、人々から敬られるべきでしょう?」
「はいはいそうね」
「おざなり――ふぉぁぁ」
リョカがジブリッド商会で開発した髪用の石鹸を泡立て、アヤメの頭を洗ってやる。
髪だけでなく、耳の付け根を集中的にやり、リョカがやった方が良いと言っていた頭のマッサージ? も一緒にやっていくと、アヤメが気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「まさにここは極楽よ~。ルナについてきてよかったわ」
「あんたどんどん駄目女神になっていない?」
「獣ですので~」
牙を抜かれた獣とはこうも情けない姿を晒すのか。と、ルナとは違い、時間が経つごとに堕落していく神獣にため息を吐く。
髪の石鹸を流し、次に体を洗うのだけれどアヤメはくすぐったがりで、少し前までは洗うのに苦労していたのだけれど、リョカが肌が敏感な人用の柔らかい布を開発したおかげで洗うのが楽になった。
あたしはそれを使い、彼女の体を洗う。特に尻尾は丁寧にやっており、最近アヤメの毛並みはすこぶる綺麗になった。
そうしてアヤメを綺麗にした後、彼女が浴槽に飛び込んだのを横目に、今度は自分の体を洗う。
するとあたしを見ていたアヤメがおもむろに口を開いた。
「そういえば、お前クオンから奪った力はどうしている?」
「ん? ああこの間の。どうって、あたしの中で燻っているわよ」
「あいつの力は強大だからな、早いとこ形にしておきなさい。そうじゃないと本当に竜になっちゃうわよ」
「ん、明日形にしておく」
体中の泡を流し、あたしも浴槽に入り、アヤメを膝に乗せたまま、暖かい湯に彼女と一緒にため息を漏らした。
そうしてゆっくりと湯につかり、体を温めた後、あたしたちは揃って風呂から出て、体を拭いて寝巻に着替える。
「ご飯もう出来てるよ……って、髪はちゃんと乾かそうね」
食卓に着いたあたしをリョカが、アヤメをルナが、リョカがヘリオス先生と共同で制作したドライヤーと呼ばれる機械であたしたちの髪を櫛を使いながら乾かしてくれる。
「アヤメまだ寝ちゃ駄目ですよ」
「わかってる~」
髪を乾かしてもらった後は食事の時間、あたしの隣にアヤメで、正面にリョカ、アヤメの正面にルナ、そうして席に着くと、リョカがいただきます。と、手を合わせた。
最初はなにをしているのかと不思議だったけれど、いつの間にかジブリッド家、グリムガント家、そこから王族貴族、そして一般人にも広がり、食事の前の挨拶としてサンディリーゼで広まりつつあるらしい。
「ミーシャ、オタクセはどう?」
「ん、それなりに頑張っているわよ」
「そう、でもテッカの言う通り、あまり大きい魔物の気配がした時は僕にも一報入れてね」
「ん、次からそうする。でもあいつあまり強くはなかったわよ」
「ミーシャにとってはね。まだオタクセはそういうのに慣れていないんだから、ゆっくりとね」
「ちんたらやる趣味はない。あんたの方こそ大丈夫なの? ジンギとランファ、多少はやるようになった?」
「それなりにね、あの子たちはそもそも筋が良い。ちゃんと順序を立てて自分たちの出来ることと出来ないことを把握できるから、やりやすいよ」
「ジンギさんとランファさん、素直な方たちなので、ちゃんとリョカさんの言うことを聞いて着々と強くなっていますよ。次のギフト発現が楽しみです」
「おっ、俺のギフト候補になり得るか?」
「う~ん、2人とも獣属性な感じはしないですね」
「ランファちゃんはセルネくんみたいな万能系、ジンギくんは前衛の盾って感じかなぁ。獣って言うよりはしっかりと周囲に気を遣わなければならないかもです」
がっくりとうな垂れるアヤメを一度撫でつつ、あたしは食事に集中する。
すると、うな垂れていたアヤメが耳と尻尾をピンと伸ばし、リョカに目を向けた。
「そういえば気になっていたのだけれど、リョカのリリードロップあんだろ? あれって歌わないと範囲回復できないのか?」
「え? ああそうですよ。僕は聖女ではないので、どういう力の働き方をしているのか憶測でしかないのですが、声に信仰をのっけて回復術を広範囲に届けるようにしています」
「結構器用なことをするわよね。普通の聖女は、どちらかといえば人を判別しているわよね」
「はい、リョカさんのように声が届いた相手を無条件に回復させるというやり方ではなく、目に入った人に信仰を分け与えるという感覚で使っていると思います」
「というかミーシャもそうだけれど、信仰を何かに込めるって方法はとらねぇんだよ。信仰は回復、強化、それを他人に与える。が正しい」
「あ~、僕聖女の力の使い方を参考にしたのがミーシャなので、そう言う方法だとばかり」
「あたし、あんたに魔王のスキル運用に似ているって言われたからやっただけよ。だから使い方はあんたを参考にした」
「聖女が魔王のスキルを参考にするなよな」
「絶気を参考にして今のミーシャさんのスキル運用になったのですね」
ルナがおかしそうに笑っているけれど、そんなに変な使い方はしていないと思う。
あたしは手近にあったアヤメの頬を突きながら、食事を口に運ぶ。
「じゃあリョカ、もしお前が魔王じゃなくて聖女になっていたとしたら、どんな運用方法で使った?」
「う~ん、ミーシャみたいに爆発的な攻撃力は出せないと思いますけれど……」
そう言ってリョカが食卓に沿えていた花を一本手に取り、そこにリリードロップを使用した。
「アヤメちゃん知っている? 命って言うのは何者にも最大容量があって、それを超えるとそりゃあよくないことが起きるんですよ」
リョカが手に持っている花がリリードロップによって煌びやかに輝いたのだけれど、それはすぐに枯れ始めた。
「行き過ぎた活力は、寿命を縮めますからね」
「……お前魔王で良かったわ」
「なるほど」
「ほらー真似しちゃうじゃない! ミーシャがこんなことし始めたら屍の山が築かれるわよ!」
「まあこれは花だから出来ただけですよ。人の体は複雑ですから、花のように瞬時に寿命が縮まることはないですよ。血流が早くなる程度じゃないですか?」
血流、つまり体の中を回っている力の流れのことかしら。それが早くなるのであれば……一体何に使えるのかをあたしは考える。
やはりリョカの話は参考になることが多い。
「おい魔王、うちの聖女に悪影響だからあんまりそういうこと言うなよなぁ」
「いやいや、多少血流速くなったところで健康になるだけですから、特に何も出来ないですよ。ねっミーシャ」
「……ええ、そうね」
「……ごめんなさいアヤメ様」
「なに思いついたお前ぇ!」
「は? ああそっちじゃないわ。さっきあんたが言っていたでしょ? クオンの神核をさっさと形にしなさいって」
「神核?」
リョカが首を傾げたから、先ほどの風呂でのやり取りを話す。
「そういえばクオンの力を奪っていましたね。アヤメの言う通り形にするなら早い方が良いです。体への影響はもう少し先ですけれど、心が竜へと変わってしまうかもなので、出来れば聖女としての力に組み込んだ方が良いです」
「ドラゴンビースト聖女、攻撃力高そうだなぁ。というか、神核って加護とは違うんですか?」
「聖女に攻撃力は必要ないのよ――ええ、まったくの別物よ」
「加護は女神が意味を持たせた力で、神核は女神が別の力を信仰に変えるためのものです。本来なら女神の力を吸収してもそれはただの力にしかならないのですが、ミーシャさんの場合、何故か力が固められてしまい、神核になってしまうのです」
「そんでその神核っつうのは、俺の場合は闘争心、ルナの場合は救済心、クオンの場合は……」
「包容力とかですか?」
「全然違うが? お前人妻に夢見過ぎだろう」
目を輝かせるリョカにアヤメが呆れている。
けれどアヤメが言わなくてもあたしは大体把握している。あたしの心で暴れているこの力は正しく、そう言う力なのだろう。
「人々を見下し、人の築いた全てを焦土に変えるような圧倒的殲滅心よ」
「う、う~ん? いや、間違ってはいないが」
「まあ破壊衝動ですね。それはどちらかというと荒魂の面で、和魂の面としては、高潔な魂、恥のない戦いなど、簡単に言うと自尊心ですかね」
少しだけ落ち込んでいるリョカを横目に、あたしは首を傾げる。
そんな可愛らしい力ではないようだけれど、まあ女神2人がそう言うのならそういうことにしておこう。
もうこの神核についてはどうするか決めている。明日にでも試そう。
「う~ん、ミーシャの神核については追々確認ということで良いんだけれど、どうしよっかなぁ。明日……明後日」
「何かするのですか?」
「ああうん、そろそろランファちゃんとジンギくんをアルマリアと戦わさせなければって」
「おっ、良いわね。2人がどれだけできるか楽しみ」
ついにあの2人が戦う日取りが決まったのね。
リョカが補助に入ると話していたけれど、一体どうなることやら。
「じゃあ明日は学校ね」
「うん、先生と段取りを決めておくよ」
あたしは立ち上がり、食器類を重ねてごちそうさまと声を上げる。
そしてリョカが手紙をささっと書き上げ、マナの使う紙姫守を使用し、それを外に放ったのを確認し、アヤメを抱き上げる。
「よし、寝るわ」
「食べてすぐ寝ると体に悪いから、ちゃんと歯を磨いてもう少ししたら寝ようね」
リョカとルナが食器を持って行き洗う音を聞きながら、あたしは食後の運動にアヤメをたくさん撫でる。
「や~め~な~さ~い~よ~」
最近では妹がいる生活にも慣れてきた。
リョカとルナからしたら、あたしたち2人とも手のかかるように映っているかもしれないけれど、ここだけは譲るわけにはいかない。
今はまだ、アヤメの方が手のかかる子でいてもらうことをあたしは願うのだった。




