勇者くんと何の変哲もない雑談
「お前は、どうして、こう、いつもいつも、騒ぎを、起こすんだ」
言葉の終わりごとにミーシャへげんこつを落とすテッカさんが、呆れたように頭を抱えている。
「痛いわ」
「グランドバスラーを倒した奴が俺のげんこつ程度で怯むものか。お前とリョカ、カナデとソフィアと一緒ならまだしも、オタクセたちにどれだけの苦痛を与えているんだ」
「リョカにセルネたちを鍛えてほしいって頼まれたのよ。それと、この間無茶をした命を軽く見ている駄目家臣たちにお仕置きも兼てるって」
俺は顔を逸らしたオルタ、タクト、クレインに目をやる。
なるほど、彼女なりに彼らを案じてくれていたのか。でもつまり俺は巻き込まれただけでは?
「あとセルネには気分転換をさせてあげてほしいって」
「え、俺?」
「あんたこの間、オタクたちだけがたくさん傷ついて気を揉んでたでしょ。こういうのは一回発散させた方が良いのよ、そうでなくてもあんた1人で抱え込む性質なんだから」
「……2人は何でもお見通しだな」
「ごめんセルネ、俺たちのこと気にしてくれてたのに気が付かなかった」
「そういうのは言ってくれていいでござるよ」
「そうですぜい。ただでさえあっしたちは戦いになると周りがまだ見えないひよっこですぜい、お前さんが傷ついてるってわかったのなら無茶はしないですぜい」
「いや、俺もその場の雰囲気に流されていつも言葉にする機会を逃していたから、お互い様だよ」
オルタとタクト、クレインが俺の肩を叩いて気遣ってくれている。
本当なら俺が気遣わなければならないのに――いや違うか。互いに気を遣ってこそでもあるだろう。
「なるほど。だがミーシャ、相手がデカすぎる。もう少し考えられなかったのか」
「ですね~、グランドバスラー相手ならA級を集めて討伐する相手ですよ~。それなのにまだC級のセルネさんたちを連れて行っちゃ駄目ですよ~」
「あんたたちがまともに調査していればこんなことにはならなかったでしょう」
アルマリアさんが目を逸らした。
確かに、結果的にギルドが依頼ランクを定め間違えただけという。これはギルドマスターとして耳が痛いのではないだろうか。
「ついでに言うと、リョカたちの方でもギルドの怠慢が出てきているらしいぜ? まだ冒険者じゃないランファとジンギ、位的にはD級のマナ相手にルンドキーパー2体が現れた」
「え? あの、3人とも無事ですか~?」
「リョカが付いているし、まああの3人もこの間の不死者討伐で生き残った面々だからな、あの程度にはやられなかったわよ」
「ほらアルマリア、あんた最近たるんでるんじゃないの?」
「……なにも言い返せないですね~。もういっそのこと、ギルドマスターをリョカさんにやってもらうというのは~」
「学生に何を頼むつもりだお前は」
「というかリョカは魔王ですよアルマリアさん」
ぷっくりと膨れているアルマリアさん。以前リョカが彼女は結構甘え癖があるという話をしていたけれど、こういうことなのだろう。
「う~、このままだと私の反省会になりそうですね~。あ、そうです~、結局このグランドバスラーはどうしましょうか~」
「話を逸らすのが下手過ぎるだろう。だが確かに、この巨大魔物に目を瞑ってもいられないか」
テッカさんがグランドバスラーを見上げたことで、アルマリアさんが安堵の息を吐いたのが見えた。すると、考え込んでいたアヤメ様が頷いた。
「リョカに聞いてやるわよ。ちょっと待っていなさい」
そう言って何度かの相槌を経て、アヤメ様がアルマリアさんに向き直った。
「ジブリッド商会で買い取るそうよ。報酬はそこから出すから、討伐者を教えてほしいですって」
「さっすがリョカさんです~――」
「ジブリッド商会がそちらに行くまで、アルマリアはしっかりと魔物の監視、それと人を近づけさせないようにってさ」
「あぅ」
「リョカが罰を与えるのなら俺からいうことは何もないな。ギルドの編成、少し見直せ。俺とガイルはこれから学園に勤めるんだ、今まで通りではいかないだろう」
「そう言われてもですね~。そもそも私もやりたくてギルドマスターやってるわけじゃないですし~」
「まったくお前は。すぐにそうやって目を背ける」
「だって事実ですし~。そもそも特に何も教えずに旅に出た父さんが悪くてですね~」
「お父さんですか?」
アルマリアさんの父親、確か先代のギルドマスターで、ノインツ家は3世代にわたりゼプテンの冒険者ギルドを守ってきているのだと聞いた。
「先代のギルドマスターで、若い時のガイルは大分扱かれていたらしく、俺もこっちに来た時は随分世話になったな」
「へ~、強いの?」
「おい聖女、他人への関心基準に強さを置くな。お前が視るのは清廉さであるべきよ」
「殴り合えば大体わかるわ」
この聖女様の場合、殴った瞬間生きるか死ぬかの選択肢しか現れないのではないだろうか。
「失礼なことを考えているわねセルネ」
「……そんなことないよ?」
「それなら勇者でも納得出来る言い方をしてあげるわ。一発殴って死ななければ善人で、続けて二発殴られたのなら敵よ」
「いや、全然納得出来ないけれど」
ミーシャが俺のことを頭の悪い子どもを見るような目で見てくる。リョカだったら納得するのだろうか。
そんな俺とミーシャのやり取りを見ていたテッカさんがため息交じりに口を開いた。
「話を戻すが、先代は強かったぞ。剣の達人でな、ギルドマスターをやりながら王都の騎士に剣を教えていたと言っていたが、実際はどうなんだろうな」
「あ~、ランファさんのお父さんに教えていたそうですよ~」
「そうなのか? あの話、本当だったのか」
「確か騎士団長よね? 実はあたし会ったことないのよ。まあ、王宮に行ったのも随分昔だし、覚えていないだけかもだけれど」
「そういえば令嬢だったね。ランバート=イルミーゼさん、剣一本で騎士団長まで上り詰めた天才、なんて言われている方ですよね」
「アルフォース=ノインツとランバート=イルミーゼね。確かにあの2人の剣技は女神たちからも好評だったわよ。剣聖に最も近い2人、剣の間合いの中ならリョカにも勝てるんじゃないかしら?」
「リョカにですか? ちょっと想像できないですね」
「まあリョカはスキルの扱いやその他諸々が異様に上手で、身体能力に関しては並だからな」
「いや、そのその他が異常なせいで、並のものでは相手にならないのですが。一体どうやればあれだけの戦術を思いつくのやら」
ここにはいない魔王様の話で、ミーシャとカナデ以外の面々が苦笑いを浮かべる。
すると、オルタが手を上げ、アヤメ様に尋ねた。
「近距離戦で言うと、テッカ殿とカナデ嬢、ガイル殿もいるでござるが、この3人でもその2人の間合いの中では厳しいのでござるか?」
「少なくとも、20代の俺とガイルでは歯が立たなかったな。カナデは……シラヌイの技はキサラギの技より応用が利くから、先代からスキルは引き出せそうだな」
「戦ってみたいですわ!」
「殺し合いになるから止めておけ」
「カナデ嬢でそれなら、あっしらじゃ手も足も出なさそうですぜい」
「だねぇ……五久門の感覚強化ならいけるかな」
「お前それ止めろってリョカに言われたばかりでしょう。俺もあの道具を使っての第3以上のスキル使用は止めることを勧めるわよ。第4スキルでテッカの絶影を捉えきれるでしょうけれど、それに見合わない反動があるし、そもそもアルフォンスとランバート相手だと第5スキルでも難しいと思うわよ」
アヤメ様の叱責にクレインが顔を伏せた。正直俺も彼にあまり無茶をしてほしくはない。
ふとミーシャから視線が向けられていることに気が付き、俺は目を向ける。
「どうして誰もあたしについて言及しないのよ?」
「いや、お前は何とかしそうでな。正直考えるだけ無駄な気がしている」
「なんつうかお前は、強敵と戦うと独自の進化をいつの間にかするから、あんまり心配してないのよ。勝手に戦えよって気分になるわね」
「ミーシャさん、うちのバカ親父が帰ってきたら呼びますね~。ちょっとぶん殴ってほしいです~」
アルマリアさん、何だかんだギルドマスターを押し付けられたことを相当根に持っているようだ。もし帰ってきたらひと悶着ありそうだな。
そんなことを考えていると、ミーシャが何かを思い出したかのように手を叩き、アヤメ様が背負っている鞄を漁り始めた。
「お昼忘れていたわ。あんた達も食べていくでしょう?」
「リョカに弁当持たされていたわね。やたら大量の弁当を渡されたのだけれど、もしかしてテッカたちが来ることを見越していたのかもしれないわね」
「さすがに気が回るな。では付き合わせてもらおう」
「リョカさんのお料理、美味しいから好きです~」
オルタとタクトが地面に敷物をひき、クレインが茶の準備を始めたために、俺も手伝いを申し出る。
「テッカ、あんた暇でしょ? これから数日間、あたしとこいつらに付き合いなさい。あんたがいる方が楽だわ」
「……暇ではないのだが。俺がいることでお前の暴走が多少防げるのならまあいいだろう」
「防げるものなら防いでみなさい」
「誰が勝負しろっつったのよ。自重しなさいって言われてんのよ」
女神様の言葉もどこ吹く風の聖女様に苦笑し、俺たちはつかの間の休息にのんびりとするのだった。




