魔王ちゃんと強くなるための道しるべ
「お疲れ~」
「おう、お疲れ。いや、俺一応ここの教員だぜ? もっと敬ってくれよ」
「真面目に教鞭振るっている姿に違和感しかない」
「失敬な」
昼休みになり、僕はお弁当を届けるためにセルネくんとランファちゃん、ジンギくんとルナちゃんと一緒に、職員用の個室に足を運んでいた。
そう、職員用である。
そして僕がお弁当を届けに来た先生、金色炎の勇者、ガイル=グレック。
彼とテッカ、あと非常勤の教員としてアルマリアの3名は不死者騒動の後、ここで教職に就くことが決まった。
ガイルが渋るかなと思っていたのだけれど、すんなりと決めてくれ、僕自身驚いている。
「2つ返事で決めたからびっくりしたよ。はいお弁当」
「おうあんがと。まあ俺も思うところがあってな」
「光の勇者様?」
ミーシャから光の勇者であるルイス=バングとの戦いを聞いた。
僕の幼馴染もそうだけれど、金色炎の勇者も相当なものを託されたようだった。
するとジンギくんに肩車してもらっているルナちゃんが顔を伏せており、控えめに顔を上げ、ガイルを見ていた。
「ん~、どうしたルナ?」
「……いえ。ガイルさん、ルイスは、強かったですか?」
「いや、弱かったけれど、強かったよ。あれと戦うのは2度とごめんだな」
「そうですか。あの子は、わたくしが導けなかった勇者だったので、ガイルさんにそう言ってもらえて、少し安心しました」
「ミーシャの顔面パンチで、一発で目ぇ覚ましやがったよ」
「本当、素敵な聖女様ですよね」
「あいつ1人で十分だけどな。2人もいたらそれこそテッカが気苦労で死んじまう」
ルナちゃんが上品に笑い、ガイルも釣られて豪快に笑っている。一体、人の幼馴染をなんだと思っているのやら。
そんな話をしていると、ふとガイルがルナちゃんを肩車しているジンギくんに目を向けた。
「しっかしルナ、お前さん馴染み過ぎじゃねぇか?」
「そうですか? 楽しいですよ」
「ジンギもやるなぁ」
「え、俺?」
首を傾げるジンギくんにルナちゃんが体を震わせて笑う。
一頻り笑ったルナちゃんが自分の手を叩いた。
「そういえば、ジンギさんに聞くのを忘れていたのですが、バイツロンドと戦った時、何をしたのですか? あのバイツロンドの拳が負けるなんて普通ではあり得ませんよ」
「は? ジジイの拳が負けた?」
「あの戦いで、バイツロンドに傷をつけたのはジンギさんだけです。拳と拳のぶつかりで、バイツロンドの拳が折れたんです」
「ほ~……」
「――ッ!」
目を細めたガイルが、興味深そうにジンギくんを見て、その視線を受けたジンギくんが体を震わせた。
「な、なにって……何やったんだろ俺」
首を傾げるジンギくんにガイルもセルネくんもランファちゃんも軽くずっこける。
「あなた自分がやったことでしょ?」
「そういえば、タクトのガンズレイクラブでも弾いただけだったな。ジンギ、どんなパンチ力で迎え撃ったんだ?」
「いやぁ、俺も必死だったから」
そこで僕は思い出す。あれを成功させたのだろうか。
「もしかして、僕がこの前言ったこと?」
「あ~そういやぁ、戦っている時にお前たちの言葉を思い出していたような」
「またお前かリョカ、今度は一体何をやらせたんだ?」
「いや、最も硬い金属を教えただけだよ。ただ成分も何もわからなかったから、私の知識で適当にでっち上げた物をエレノーラに協力してもらって見せただけ」
「……それですね。バイツロンドの皮膚は、今この世界で存在する何よりも固いはずですから、普通では傷なんてつけられないのですよ」
「いやお爺ちゃん怖いな」
「あのジジイ、ふざけて化け物とは言っていたが、マジで化けもんじゃねぇか」
ミーシャが戦いたがっていたけれど、この話を聞く限り、接触は避けた方が良いかもしれない。
まあジンギくんもそうなんだけれど、硬いだけなら倒しようは色々あるし、不意に出会ってしまったとしたら僕が率先して出ようそうしよう。
「……自分なら倒せるってツラしてんな?」
「僕が会ったこともない人に勝てるなんて断言するほど驕っているように見える?」
「ちなみに参考までにお前ならどう戦うのか聞いても良いか?」
「空気を失くす。かな」
「は?」
「……リョカさん、それちゃんと調節しないと死んじゃうやつなんで気を付けてくださいね」
「さすがにやらないよ。僕アイドル志望だし、そんな可愛くない戦い方はしないよ」
「俺たまに思うんだがよ、お前可愛いって感情で大分能力制限してんだろ?」
「冥府魔道に堕ちるつもりはないよ。せっかく魔王になって自分勝手にやっているんだ、ルールは守らないとね」
「リョカさんは本当に良識があって素敵です。普通の魔王なら、リョカさんの知識があるだけでやりたい放題ですよ」
「自分勝手だけれど無法者になるつもりもないからね。僕は魔王だけれどこの世界に生きている人間だ、人間の理で事を成すべきでしょ」
大きく伸びをして薬巻に火を点けていると、セルネくんたちが呆けた表情で僕を見ていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「いや、まだまだ敵わないなって。リョカは本当に、人の魔王なんだなって」
「世界も人も好きだからね」
「わたくしは?」
「ルナちゃんも大好きですよ~」
「きゃぁ」
ジンギくんにしゃがんでもらい、そのままルナちゃんを抱き上げて抱き締める。
「リョカとルナは本当の姉妹みたいだな。って今は一応姉妹ってことになってるんだったか?」
「リョカお姉ちゃん!」
「僕の妹が可愛い! もう本当大好き!」
2人で固く抱き合っていると、みんなが呆れたような顔を浮かべた。
特にランファちゃんが顔を完全に引き攣らせており、終いには頭を抱えている。
「……貴方と出会ってから、視野が狭いと自己嫌悪に浸るべきか、これはいくらなんでも例外だろうと自分を甘やかすべきか。悩むことが増えましたわ」
「ランファさん可愛いですよね。わたくしも撫でたいです」
「僕と2人で挟んであげるよ。こっちおいで」
「いいですねそれ。ランファさんこっちですよ」
「……性質が悪い!」
僕だけならまだしも、ルナちゃんの言葉は拒否しずらいのか、複雑そうに葛藤した表情のランファちゃんが近寄ってきた。
「アヤメも言っていたが、ルナが本当にリョカに似てきて手に負えねぇんだよな」
「叱ってくれてもいいんですよ?」
ウインクをしてガイルに言ったルナちゃんの脇にジンギくんが手を入れた。
「なら俺が叱ってやるよ。ランファ困ってるだろ~、あとで適当に甘味あげとけよ。それで機嫌よくなるからよ」
「……本当、すげぇなお前」
ジンギくんが見事に近所の優しいお兄さんポジを確立していることに満足しつつ、そういえば。と思い出したことをランファちゃんとジンギくんに告げる。
「そうだそうだ、ランファちゃんとジンギくん、アルマリアとの戦い、数日後にセッティングしたから準備しておいてね」
「え?」
「はい?」
2人が口を開けたまま僕の方を見て動きを止めた。そんなに驚くことだろうか? 一応やるとは言っておいたはずなんだけれど。
「え? やるのか?」
「うん、不死者騒動と復旧でなあなあになんてしないよ。僕が補助に回るからさ、気楽にやっていこうよ」
「あの、相手はギルドマスターですわよね? どう戦えと」
「それを考えるのも強くなるための秘訣だと思うなぁ」
やはりと言うべきか。大きな戦いがあった後だから勢いで何とかなるかと考えていたけれど、大きな戦いで強大な相手を身近で見てしまったからこそ、慎重になってしまっているようだ。
ガイルも思案顔を浮かべている。
これは少し手を入れるべきだろう。
僕は手を叩き、2人から視線を集める。
「よし、それじゃあさランファちゃんとジンギくん、僕と依頼受けない?」
「依頼、ですか?」
「うん、ちょうどマナさんから一緒に依頼に行ってほしいって頼まれていてさ、2人もどうかなって」
「マナから?」
「うん、この間のギルド襲撃にどうにも思うところがあったみたいで、鍛えてほしいんだって」
「あいつ受付だろう、周りに守ってもらえっつうのに」
「それだけでいられなくなるほどの感情が芽生えちゃったんだよ。僕は応援してあげたいかな」
「強くなりたいっつうのを否定するつもりはねぇけどな。けどあいつのギフト紙姫守だろ? どう強くなんだよ」
「そこはアイデア……発想と経験かな。まあ僕に任せておきなって。それで2人ともどうかな?」
考え込む2人。こればかりはちゃんと考えて決めてもらいたい。
するとジンギくんが決意したように顔を上げた。
「俺さ、バイツロンドの爺さんにまた喧嘩しようって言われたんだ。それがすっごい嬉しかった。だから、次喧嘩するまで、格好悪い様は晒したくねぇんだけどさ……やっぱ怖くてさ、だから――」
言葉が途切れた。けれどその言葉の間に僕は彼の決意を感じた。
「気合入れるために、俺を連れて行ってくれないか」
「うん。立派な目標だ、やっぱ一度会っておくべきだったかな」
「きっと気に入るぞ。格好良い爺さんだからな」
ガイルがジンギくんの言葉に頷いている。
戦う戦わないは別にして、バイツロンドという存在に興味がわいた。
ジンギくんは覚悟を決めた、ランファちゃんはどうするかな。
「……わたくしも、前に進むことを決めましたわ。それに、ジンギが格好つけているのが癪ですし、当然お供させていただきますわ」
「素直に俺のこと褒めてくれねえかね」
「いやですわ。あなた褒めると調子に乗りますもの」
肩から力を抜いた2人が、笑い合っている。
これなら依頼について来ても心配はないだろう。
2人をどこか暖かい目で見ていると、僕の袖をワンコ系勇者が引っ張ってきて、キラキラ眼で自分を指差していた。
「ああ、セルネくんはミーシャとね」
「え?」
キラキラ眼が一変、この世の終わりとでもいうような顔でセルネくんが額から脂汗を流し始めた。
「ミーシャとカナデが暴れ足りないって言うから、上級依頼を受けるらしいんだけれど、オタクセでついて行ってあげてよ。2人ともか弱い女の子だし。あっ、ジンギくん周り女の子ばかりになるから肩身が狭いかな? セルネくんたちと――」
「……」
ブンブンと首を振り、僕と行くと彼が言い放つ。
「ジンギ、男同士だと楽だよ。一緒に行かない?」
「行かない」
「俺全財産はたいて依頼が楽になるように散財するよ」
「行かない」
「……友だちだろう?」
「それは卑怯だろうが!」
涙目でジンギくんの袖を引っ張るセルネくんに、ガイルが肩に手を置いた。
「まあその、頑張れな。テッカ付けてやろうか?」
「テッカが気苦労で死んじゃうから休ませてあげてよ。ほらほら、そんなに嫌がると……あっ!」
「あ~、セルネさん、ここは勇者として喝を自分に入れるべきですよ」
僕がセルネくんの背後から目を逸らすと、ルナちゃんが頑張ってフォローを入れてくれた。
でも駄目なんだ、もう手遅れだと思う。
「無理だよぅ! カナデ1人でも暴風みたいな災害なのに、ミーシャまで一緒だと最早天変地異だよ――」
「へ~、災害にも立ち向かえないなんて随分と弱気な勇者がいたものね」
弱気な勇者様の肩を後ろから握る我らが聖女様、セルネくんが携帯のバイブみたいにヴゥゥと震えている。
そんなセルネくんの正面にカナデがひょっこりと顔を出した。
本当、カナデのああいう行動は可愛いなぁ。
「セルネセルネ、前にリョカが言っていましたわ。壁に耳あり。ですわ!」
ミーシャとカナデに連れられていたオタクたちも今の話は初耳だったからか、セルネくんと同じように絶望顔をしており、セルネくんと肩を組んだミーシャがそのまま彼を連れ、オタクたちにも顎で進行方向を指し「行くわよ」と一声。
連れ去られていくオタクセを不憫に思いながらも、ランファちゃんとジンギくんに目を向ける。
「まっ、僕らはのんびりやっていこうか」
「すまんセルネ」
「……どんな強敵よりも聖女の方が厄介というのは問題なのでは?」
「もうミーシャに関しては天災だと思って諦めろ。あいつは何があっても止まらねぇからな」
ガイルとランファちゃん、ジンギくんが頷き、ミーシャが歩んでいった方向を見続けていた。
こうやって誰も真剣に止めない辺り信頼しているのだろうけれど、どうにもミーシャ相手だとオタクセたちはまだまだ本気になれないらしい。
僕はルナちゃんと顔を見合わせて笑い、明日の予定に胸を弾ませるのだった。




