魔王ちゃんと戻ってきた日常
不死者襲撃から1か月ほど経ったのだけれど、この1か月近く、僕は街の復興やギルドでの依頼をこなしながら過ごしていた。
大半がミーシャとガイルとテッカと一緒で、あまり学園のみんなとは一緒にいられなかった。
そうして1週間ほど前にやっと学園が再開され、僕もこうして学園に通うのを再開しているわけなのだけれど、クラスメートのカナデとオタクたちはともかく、ソフィアやセルネくん、ランファちゃんとジンギくんは家の用事でまだ出会っておらず、少しだけ寂しい思いをしていた。
とまあ、感慨に耽っているわけだけれど、あの事件から学園にも大きな変化が現れた。
元々学園とギルドの関係は冷めたものであったけれど、不死者を迎え討ち学生を守る冒険者の姿に、学園側も認識を改めなければならなくなり、学園が閉まっている間も、有志の学生と教員がギルド主体で依頼に同行したり、冒険者が戦い方を教えたりと学園外での授業が何回も開かれていた。
そして僕たちのクラスでも新たな変化が訪れ、今日も今日とてヘリオス先生の授業を受けている。
きっとヘリオス先生は驚いているだろう。まさか――。
「はい! 素人質問で恐縮ですが、今お話しされたスキルの関連性についてなのですが――」
まさかギフト創造者に質問されるとは思ってもみなかっただろうなぁ。
僕の前の席で元気よく可憐に手を上げる美少女、学園の制服を着たルナちゃんが瞳を輝かせていた。
「はい、ルナさ――」
「う~んぅ?」
「……ルナ=ジブリッド、そこについてなのですが、専門的な話になるために、あとでそれらについてを纏めた資料を作成しよう」
ヘリオス先生も大分情報を残す授業に慣れてきたようで、僕が提案した資料作りを進んで授業に取り入れていた。
と、先生の変化も歓迎すべきことの1つだけれど、今先生が言ったようにルナちゃんと――。
僕はミーシャの隣で机に突っ伏しているアヤメちゃん……アヤメ=ジブリッドちゃんにも目を向け、2人がジブリッドの養子になったことを改めて実感する。
「む、そろそろ時間か。では授業はこれまでとする。この間から学園が再開されたわけだが、きっと優秀な君たちは予習も復習も完璧なのだろうな。明日なのだが、どこかの魔王様に提案されたテストを実践する。概要はそこに張っておくから各自目を通すように」
クラスの掲示板に張られた紙を指差した先生が、時計を見る動作をし、それと同時にチャイムが鳴る。
相変わらず時間に正確な先生だと僕は感心する。
そうして先生が出て行こうと扉に手を駆けると、チャイムの音で目を覚ましたアヤメちゃんが大きく伸びをした。
「ああそうだ、アヤメ=ジブリッド、後で私の部屋に来るように」
「げっ」
がっくりとうな垂れるアヤメちゃんの頭を軽くポンポンと叩いているミーシャの傍に、僕はルナちゃんと一緒に進む。
「アヤメ、授業はちゃんと受けないと駄目ですよ」
「いや無理、眠い」
「あんた頭足りないんだから、少しは使いなさいよ」
「お前にだけは言われたくないわよ」
「あたしは真面目に受けているわよ」
そう胸を張る聖女様だけれど、ミーシャは授業中、腕を組んで先生たちを睨みつけているだけで、きっと頭を何も使っていない。
と、僕たちが仲睦まじく談笑していると、教室の出入り口から見知った顔がやってきた。
「おはようリョカ……本当にルナ様とアヤメ様が」
「おはようセルネくん。ああ、あとルナちゃんは様付されると可愛らしく凄むから気を付けな」
「――」
「あっはい。えっと、ルナさん」
「はい、セルネさんおはようございます」
ニコニコと上機嫌のルナちゃんを横目に、僕の視線は一緒に来たジンギくんに向けられる。
「あ? ルナじゃねぇか。お前もここに通うのか?」
「はい、ジンギさんもおはようございます」
「おうおはようさん」
そう言ってジンギくんがルナちゃんを持ち上げ、高い高~いと我らの女神様をあやし始めた。
当のルナちゃんはきゃっきゃとしているけれど、彼女を知るセルネくんや自分の席でこちらの様子を覗っていたオタクたちが口を開けて絶句していた。
「ん? なんだお前ら?」
「……ルナ、どこかで」
ランファちゃんが思案顔を浮かべながら、ひょこひょこと彼女に寄って行ったアヤメちゃんの頭と喉を撫で、首を傾げている。
「確かこの間リョカさんが、アリシアさんの姉……その時に――」
ランファちゃんの顔が次第に青くなっていくのだけれど、ニコとルナちゃんに笑みを向けられた彼女が口をつぐんだ。
「ちなみにランファ、君が今撫でているその方は神獣様だよ」
「――」
「う~ん?」
セルネくんの追い打ちに、ランファちゃんが動きを完全に止めた。
それを横で見ていたソフィアが苦笑いでアヤメちゃんを撫で、僕に目を向けてきた。
「しかしジークランスさんも思い切ったことをされますね」
「ああうん、ミーシャのお父さんが最初はグリムガントに。って言っていたそうなんだけれど、あの家に養子はマズいでしょ? それならうちがってお父様が。それにほら、うちの家には大義名分……都合の良い理由があったからね」
「都合の良い理由ですか?」
「ほら目の前にあるでしょ? 跡を継ぐ気がない娘が」
「ああ、なるほど。つまりルナ様……ルナさんとアヤメさんは名目上、ジブリッド家の跡取り候補と」
「そういうこと。これなら怪しまれることなくルナちゃんとアヤメちゃんに社会的地位が与えられるからね」
「でもジークランスさん、よく平気だったね。だってどんな理由でもお2人の保護者になるなんて」
「いや~、うん、なんというかとても申し訳ないことしたなって」
「どうしてリョカが?」
もう少しちゃんと娘として接しておくべきだったな。と、ルナちゃんとアヤメちゃんとお父様が改めて顔合わせした時のことを僕は思い出していた。
「その心配はないですよセルネさん、だって顔合わせの時、ジークランスさんにお父様って言ったらとても喜んでくれましたから」
「……うん、娘がいち早く独り立ちしやがったから、こういう風に甘えられるのは喜ばしいことだぞ。って」
すでにルナちゃんとアヤメちゃんにゲロ甘なお父様を思い出し、僕はうな垂れる。
「いや、おじさんが厳しいの基本的にあんただけだから」
「いっつもど突きあってるからな」
「仲が良くて羨ましいよ。俺なんて呼び出されて説教された挙句、勇者について勇者でもない父様に説かれたよ」
みんなそれぞれに自分の家庭について話していると、ランファちゃんが寂しそうに顔を伏せたのが見えた。
僕は彼女に声を掛けようとしたけれど、先に動いたのは獣耳をピンと伸ばした神獣様だった。
「俺にも親はいねぇぞ」
「え?」
「ついでに言うとあそこにいるカナデにも今は親がいねぇ」
カナデがひょっこりと顔を出し、小さく手を振っている。
それを見たアヤメちゃんが手を伸ばしてランファちゃんの頬に触れた。
「羨ましいって気持ちは当然持つべきだけれどな、お前はお前がそんな顔をしたら心配してくれる奴らがいるってことにも胸を張るべきよ」
顔を上げたランファちゃんをみんなが見ており、彼女が顔を赤らめてまた顔を伏せてしまった。
しかしアヤメちゃんが女神らしくしている光景を始めて見た気がして、どうにも驚いてしまう。
するとそんなアヤメちゃんをジンギくんが持ちあげた。
「おうちっこいの、随分ませたこと言うじゃないか。お前は誰だぁ」
「ぎゃぁっなにすんだこのでっかいの!」
「アヤメ、アヤメ、あなた拾い食いはしていけないとあれほど」
「お前ら俺をなんだと思ってんだ!」
前よりも騒がしくなったけれど、心地の良い学園。
あんなことがあった後だけれど、この光景を守ることが出来て心底良かった。
暫くは厄介ごとは遠慮したいな。と、わざとフラグを立てることでフラグ回避できるように祈りながら、僕は改めて僕たちが守ったこの景色を目に焼き付けるのだった。




