魔王ちゃんと決着、不死の竜
「しっかしでっかいなぁ」
僕は竜を見上げて感動しつつ、つま先を上げて地を踏み音を鳴らす。
竜というだけでも厄介なのに、さらに死なないというおまけ付き、この世界を生きる人の正常な感性なら今すぐにでも逃げるべきなのだろう。
でもしない。してやらない。
竜が魔王より優れているだって? 男の子の視線は釘付けになるかもしれないけれど、僕だってちょっと生足魅惑のうんたらかんたらすればそれはもう世界中が虜になる。
というか大きいと言うだけで注目されるのはズルい。
僕だって巨大化能力があればすぐに……。
「いやあったわ」
「なんの話ですの?」
僕はランファちゃんに笑みを向けた後、空で今か今かと現世へと出てこようとする竜に目を向ける。
あと少しであのトカゲはあそこから抜け出し、僕たちの世界の空を悠々と飛び回るだろう。
本当は僕が使うために形作っていたけれど、それをちょいちょい弄って完成形を思い描く。
あそこをああすればよくなる、ここをああすれば格好良くなる。次々とわいて出るアイデアに、僕は竜に向かって口を開く。
「早く出てきなよ。ミーシャにやられた傷、ちょっとずつ回復してるのはわかってるんだよ」
僕の挑発に、竜が吼えた。
まだまだ距離があるにもかかわらず、ここまで届く竜の威圧、ビリビリと大気が震え、竜を見上げる生命は空飛ぶトカゲに服従するように跪いた。
それは人も例外ではない。
崩れそうになる体をしっかりと抱きしめているランファちゃんを横目に、僕はミーシャクマを放り投げる。
ミーシャクマは屋上の縁に立つと、見覚えのあるどや顔で竜を丸っこい手で指した。
そして意気揚々と屋上から飛び出し、竜に向かって飛び上がっていく。
僕は大きく息を吸い、ミーシャクマと空間のヒビの間辺りでトランシーバーを起動した。
竜が空間を破り、ついに僕たちに災厄をばら撒こうと翼を広げた瞬間、僕は彼女に大きな声でお願いする。
「ミーシャぁ!」
トランシーバーから返事は何もない。
けれど僕の聖女様の返事は言葉ではなく、圧倒的な火力となって返ってきた。
ミーシャの放つイルミナグロウ、本来このスキルは生命力を他へと譲渡するスキル、けれどあの聖女様はそんなことが出来るはずもなく、ただ濃い生命力の破壊攻撃となっていた。
でも今ミーシャが撃ったのはミーシャクマにだ。
他の人に出来なくてもミーシャなら出来ることがある。
クマの手が光り輝き、聖女のイルミナグロウをその身に取り込んだ。
むくむくと大きくなるミーシャクマ、その結果に聖女様も気が付いたのか、トランシーバーから楽しそうな声が聞こえる。
『なんだありゃ』
『ガイル! 第2スキル!』
『は? ああ、一声喝魂――ぐわあぁぁぁっ! ミーシャ何を』
一声喝魂きたこれ。
2撃目の神だまでさらに大きくなったミーシャクマ、その大きさは竜と並ぶほどになり、クマが竜に向かって構えを取った。
僕はトランシーバーを全体に聞こえるように操作し、さらに僕の目となっているエレノーラとあちこちで不死者を倒しているロイさんに指示を飛ばす。
「あっ、あ~、聞こえますかぁ。皆々様方、突然のことで驚かれているかもしれませんが……こんなもんで終わると思っているなら大間違いですよ! これが魔剣の正しい使い方だぁ!」
僕が朝からせっせとしていた下準備。
アガートラームを核に、現闇やその他エネルギーをこの時間まで少しずつ蓄えて、やっと形成できるまでになった。
今辺りを旋回しているのとは別に、学園には大量のアガートラームが鳴りを潜ませており、僕の合図と同時に学園から飛び出していった。
そして我が手足である魔剣たちはミーシャクマに纏わりつき、その姿を変えていく。
背中には大きな翼型のブースター、体のあちこちに機械的な装甲などが取り付けられ、頭にはアンテナのような突起がある。
そして僕は指をクマに向かって弾き、大事なパーツをクマの胴体へと装着する。
クマの胴体には箱……というよりあれは段ボールだ。
その中央にはデカデカと、この世界の人間では読めない、私だけが知っている言葉が書かれている。
私が初めてあの画像を見た時、私の笑いの沸点どうなってんだと言うくらい一日中笑っていた。
正直今も笑いそうだ。
そんな感覚に陥っていると、竜が動き出した。
クマを敵だと認識したのか、咆哮を上げて突っ込んでくる竜に、僕はフッと息を吐く。
竜が口から炎属性っぽいブレスを吐き出し、あちこちに攻撃を開始した。
良いシチュエーションだ。僕は手を上げ、残り全てのアガートラームを集結させ、形を変えていく。
それは竜をも一刀両断するような巨大な剣、アガートラームを総動員させ、尚且つ僕の持つエネルギーをつめに詰め込み、そして女神の加護によって整えた現在僕が作ることが出来る最強の武器――僕はこの剣に名前を付けた。
「これがとっておきだよ! 竜殺しではないけれど、圧倒的火力でたたっ斬っちまえ!」
アガートラームを使い過ぎて正直頭が痛い。
けれどここで僕が苦痛の表情を浮かべるわけにはいかない。どれだけ苦しくても笑顔でいなければいかない。
僕は僕を誰かに届ける義務がある。
こんなアホみたいな茶番に付き合ってくれているみんなに恩返しをするために、せめて可愛いは届けなくてはならない。
巨大な剣がミーシャクマ目掛けて飛んでいく。
クマがそれを手に取ると、竜がブレスをあちこちに吐き出し、爆炎が空を刺すように上がった。
僕は足を鳴らし、その場で回りながら現闇を周囲にセットし、魔王オーラで音を鳴らしていく。
こんな目立つシチュエーションで歌わない方がどうかしている。
竜よりも高い場所で待機しているエレノーラに指示を出す。
『もっとみんな私を見て』彼女のスキルをアガートラームで中継して、空にエレノーラの目を映像として映し出す。
空の映像には僕がバッチリと映っており、みんなに見えるようにウインクを投げる。
「さあ、竜にも負けない魔王に福音を! みんなぁ! 前祝いだ、盛大に楽しんでいってね!」
僕は唄い出す。
明るい歌をみんなに届けよう。絶望的な状況だったとしても、それを忘れられるくらいの可愛さを届けよう。
可愛さの前に絶望が届かないことを知ってもらおう。
クマが剣を構えた。竜に剣先を向け、空に佇む。
その剣は機械仕掛け風の重々しいデザインで、刃にはギザギザの突起が生えており、クマが構えると同時に高速で刃の部分が回りだす。所謂チェーンソーである。
歌の間奏に入ったところで、僕は剣を指差す。
「巨大魔剣、ダーインスレイヴ! 竜も、神だって、殺すのはいつだってチェーンソーだぁ!」
ミーシャクマに装着されているブースターが光を放つ。
剣を構えたままのクマがブースターで加速し、高スピードで天を駆け、竜へと一直線。
剣を突き刺す――かに見えたが、クマは剣を下ろし、竜の顔面にその拳を叩きつけた。
「剣を使え!」
あのクマがミーシャの半身だったことを思い出しうな垂れていると、竜が地へと堕ち砂煙を巻き上げた。
ミーシャクマがポイっと剣を空に放り投げ、徹底的に殴り合う構えを見せた。
「……あの剣、作るのに一番苦労したんだぞぅ」
「何をやっているんですのあなたは」
「僕が聞きたい」
歌うことを忘れるほどの仕出かしに、僕はため息を吐くけれど、すぐに笑みを浮かべる。
トランシーバーで、今回の元凶へとお別れの挨拶をする。
「アリシアちゃん聞こえてるよね」
『……』
「今回は僕が勝ってやったよ。これが絶望すら凌駕する可愛い魔王様だよ。身に染みたかな?」
『……馬鹿にして、馬鹿にして! 絶対に、絶対に許さないんだから』
「そう、次はもっとうまくやりな。出来れば無関係な人は巻き込まないようにね。もしこんなことを続けると言うのなら」
僕は僕の姿が見えないようにエレノーラの目を少し逸らす。
今だからこんな楽しい雰囲気で進ませているけれど、一歩間違えば僕は第2の故郷も、ここにいる僕のファンも、何もかも失うところだった。
つまり、正直キレそう。
ルナちゃんのトランシーバーにだけ声が届くように操作し、僕はアイドルがしてはいけない顔を浮かべる。
隣にいるランファちゃんが震えだしたけれど、今だけは許してほしい。
この激情を届けなくては気が済まないほど僕は怒っている。
「もしこれ以上僕のファンを脅かすというのなら。これ以上、私の大切なものを奪うというのなら――女神だろうが、最も惨たらしくそのどてっぱらに風穴開けてやるから覚悟しろよ」
ここからアリシアちゃんは見えない。けれど僕は彼女がいるその場所まで届かせるほどの圧を纏って睨みつける。
『――ッ!』
彼女の息を呑む音に満足し、竜とクマの戦いに視線を戻す。
『ってアリシア待ちなさい!』
『逃げんな陰険女神!』
逃げたか。
今捕まえようとも思っていなかったし、あの子に関してはこれで終わりにしよう。
クマも竜との戦いを終わらせようと、その拳にありったけの信仰をため込んでいた。
あの剣の性能をチェックしておきたかったけれど、このくらいで頃合いとしておこう。
「おや?」
すでに満身創痍の竜が大きく翼を広げ、クマの拳を躱したと思うと、大きな口を開いて一直線に僕に向ってきた。
「リョカさん――」
ランファちゃんが僕の前に出てくれる。
僕は彼女を軽く抱き寄せると、眼前に迫る竜に嗤ってみせる。
「チェックだ」
僕を飲み込もうとその大きな牙が届く直前、竜の左右、そしてさらに僕の正面。
右からは金色炎の炎、左からは何連なのかわからないが圧倒的暴力と化している信仰の拳、正面には幾重にも重なった血の刃。
そして――。
竜の動きが止まったところで上空から竜の胴体を穿つように、ダーインスレイヴが降ってきて竜と屋上の端共々地へと落とした。
串刺しになった竜の首に向かって僕は指を構える。
「災厄の魔の銀姫、竜を打ち滅ぼすほどの力、見事だ」
「そりゃあどうも――これからは僕たちの腹の中でゆっくり過ごしなさいな」
僕は指を鳴らし、かの災厄の首を落とすのだった。




