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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
12章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、夜を刺し穿ち朝を迎えたい。

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邪見の精霊使いちゃんと理外の力

 どうにもモヤモヤする。

 この目の前のヤマトと呼ばれている男の人を見ると、胸が締め付けられるような、いや違う。義務感(・・・)に駆られる。



 あたし自身、この男に見覚えはない。けれどあたしの心が、あたしの記録が、この男に対して拳を振るうことを止めてくれない。



「カナデ、前に出過ぎだ! そう言うのは俺に――」



「精霊使いが前に出ずして、誰が前に立つって言うの!」



「精霊使いは後衛だ! プリマそのバカを止めろ」



「さっきから齧ってるけれど止まらないのよぅ!」



 ガジガジと頭をかじられ、耳にはきゃんきゃんと喧しい声、集中しないと勝てる相手ではないことは理解しており、戦うことだけに集中したい。何よりも心を掻き毟る違和感を戦うことで忘れたかった。



「クソ、攻撃の出がわかんねぇぞおい!」



「表不知火――無拍一閃(むびょういっせん)



 とにかく打つ、打つ、打つ! 目の前の男が再起不能になるまで攻撃を当て続ける。



「このっ! いい加減に――」



 あたしは頭のプリマを持ち上げ、その場で縦に1回転してプリマを床に置く。



「ほえ?」



「我が望むは纏わりつく蒼炎、コンコンコン、猛き灰塵。我に付き従う妖に災禍の二重奏! ファーストオーダー・水転寝(みずうたたね)



「ぷぅぅっ!」



 プリマから蒼炎が吐き出されて、ヤマトを炎が包む。



「なんだこの炎、とれねぇぞおい!」



 粘着性のある炎がヤマトに纏わりつき、延々と熱に晒される。

 けれどこれだけで終わるわけがない。

 この男は、シラヌイの(・・・・・)技を次々と破った(・・・・・・・・)。この程度で終わるわけがない。



 もう1度縦に回転してプリマを回収して宙に投げる。

 あたしはヤマトを正面に、腕を思い切り後ろに振り、大きく息を吸う。

 その段階でスキルを使用。



「我が進むのは炎の道、駆けろ駆けろ、駆けろ! コンコンコン、世界にもたらすは災禍の行方! 『絢爛な精霊舞踏会(ワールドオーダー)』――」



 ヤマトの背後に炎で出来た紋章がいくつも連なっていく。



「おいおいおいおい! 流石に生身(・・)じゃ――」



「表不知火・爆砕恋華――打神楽(うちかぐら)!」



 後ろに引っ張っていた腕を思い切り振り、ヤマトの腹部へと掌底を放つと、爆発が起き、吹っ飛んでいった彼は炎の紋章を通る度に爆発を大きくしていく。



「ガァァァァァぁッ!」




 そして吹っ飛んでいったヤマトが粉塵に紛れて見えなくなったけれど、あたしは一切彼から目を逸らさない。

 つもりだったけれど、隣にやってきたキサラギの人に頭を小突かれ、首を傾げて目を向ける。



「突出し過ぎだ。お前に何かあるとリョカとミーシャに殺される」



「ごめんなさい。でも、なんでか、あいつを見ているとどうしてか……」



「お前、記憶が――?」



「こんなものじゃない。よね」



「あいつはヤマト=ウルシマ、俺たちの故郷を襲った魔王だ。ここからだ、あいつには、あいつの絶慈は――」



 あたしとキサラギの人が揃って彼がぶっ飛んでいった方角に目をやる。

 大きな戦闘圧、ミーシャと並ぶほどのそれに、髪がチリチリと逆立つような感覚に否応にも体に力が入る。



「来るぞ」



「おいおいおいおいおいおい! いいじゃねぇかおい! キサラギとシラヌイ! お前たち本当に殺し甲斐があるぜおい! ああくそ、本当にもったいないことしたなおい! あの時シラヌイの連中を、皆殺しになんてするんじゃなかったぜおい!」



「……」



 心が跳ねる。

 あの下品な笑い声と血の匂い――あたしはそれを覚えている。



 勝手に指が骨を鳴らす。

 殺せ殺せと心が叫ぶ。



 あたしが歩を進めようとした瞬間――。



「わぷっ」



 柔らかい感触が頭に降ってきた。



「カナデちゃん雑よぅ!」



「……うん、ありがとうプリマ」



「怒ってるんですけどぅ!」



 プリプリとプリマが怒っている正面で、ヤマトの体が一回りも二回りも大きくなっていく。

 そして彼の体、いやその存在そのものが異形と化した。



 先ほどまではただ体に現闇で作られた腕がくっ付いているだけだったけれど、今は完全に腕もくっ付き、腕が6本ある化け物と化していた。



「絶慈――『終わらない暴力(オーバーリミット)』だぜおい!」



 途端、怪物と化したヤマトが、影をその場に残して姿を消した。



「カナデ!」



「わかってる! 表不知火――流々紬(りゅうりゅうつむぎ)



 突然伸びてきた腕を極め、あたしはその腕を起点に本体を持ち上げて宙に投げ飛ばした。

 けれど投げ飛ばしたのも束の間、高速で動いていたヤマトを捉えたと思ったけれど違った。誘いこまれた。

 腕1本極めても、奴にはまだあと5本の腕がある。



 やっと視認出来たヤマトの口元はニヤリと吊り上がっており、まだ残っている腕を振りかざしてきた。



「絶影・転!」



 あたしとヤマトとの間にキサラギの人が割って入ってきて、拳を短剣で逸らした。



「プリマ!」



「任せて!」



「我が授かるは蒼炎の契約、コンコンコン、切り刻め! 我が刃に災禍の喝采! アリスオーダー・表不知火――爆撃連戯(ばくげきれんぎ)



 制服のあちこちに収納している短剣を一斉にヤマトに向かって投げ、体に刺さると同時に蒼炎が爆音を上げる。

 あたしは両手に構えた短剣でヤマトの袈裟、逆袈裟に切り裂く。

 その傷は蒼い炎を生み、そのまま彼を燃やすように猛々しく勢いよく盛った。



 ヤマトの体勢が崩れたところに、キサラギの人が飛び出した。



「瞬華・影牢!」



 キサラギの人が瞬時にヤマトの背後に回り、倒れ掛かる彼の影に触れた。

 その瞬間、その影から幾つも先端が尖った影が伸び、ヤマトの体を貫いた。



「やった――」



「まだだカナデ!」



 キサラギの人の声に、あたしは体に力を入れ直す。けれど一瞬の隙を逃すほどヤマトは弱くなく、影を無理矢理振り解いて嗤っているヤマトがあたしに向かって突っ込んできた。



「くっ――」



 あたしはプリマをアヤメの下に投げ、技でヤマトを迎撃しようとする。



「そいつに触れるなカナデ!」



「え――」



 その声が耳を通り過ぎるよりも速く、あたしの体はヤマトへと攻撃を放っていた。

 流々紬――攻撃を受け流し、相手の力を利用して投げ飛ばすという技だけれど、気が付いた時にはあたしの腕は弾かれ、その手のひらからは血が噴き出した。



 腕から物凄い激痛が流れてくるけれど、それどころではない。

 体を守る手段もなく、体ががら空き、このまま突っ込まれたら間違いなく死ぬ。



「死ねよオイ!」



「――」



 寸でのところであたしは横に飛ぶけれど、少し掠っただけなのに、それは暴風にもミーシャの拳にも負けづ劣らずの圧倒的暴力となってあたしを吹き飛ばした。



「うぐっ!」



「カナデ!」



「カナデちゃん!」



 壁に激突し、あたしはそのまま床に落ち、四肢を投げだした。



 やられた。これほど力のある攻撃だったかと、力量を見誤ったことを後悔する。

 口から血が流れる。骨がいくつも折れている。正直、立ち上がることも難しいほどの怪我である。



「まずはシラヌイが脱落だぜおい」



「ヤマト貴様」



 コポコポと口から血が溢れる。

 血の味に頭がくらくらしてくる。



 すでにヤマトはあたしを戦闘続行不可能だと結論付けているのか、無防備にあたしに背を向けている。

 彼が向いている先にはキサラギの人、プリマ、アヤメとルナ。



 何も出来なかった。

 リョカから2人を守るように言われたのに、この様で悔しくて涙が出そうになる。



 視界が霞む。

 けれど、あたしはまだ終わっていない。そう言い聞かせたかった。



 ヤマトが構えているのが見える。

 キサラギの人ならまだしも、プリマとアヤメ、ルナではあいつに対抗できない。



 足を動かせ、手を動かせ、あいつを――殺せ(・・)



 心臓が跳ねる。心が蝕まれる。

 のを、あたしは無理矢理振り解く。



 知らない声が聞こえる。

 瞼の隅にあった知らない炎(・・・・・)が語り掛けてくるような錯覚までする。

 いよいよ頭に影響が出てきた。



 その炎が告げる。



 殺せ、殺せ、殺せ――。

 鬱陶しいほどに喧しい声が頭を侵していく。



 あたしは尋ねる。



 誰を(・・)



 炎が激情任せに言い放った。

 命を(・・)



 あたしは首を横に振った。



 何故だ何故だと炎を燃やす。



「みんなのこと、大好きだから」



 あたしの言葉に呆れたのか、それともあまりにも突拍子もない心だったからか。炎が小さくなった。

 あのヤマトとかいう魔王を倒すのは別に良い。そしてその末に彼を殺すことになってもそれも構わない。

 けれどあなたを受け入れてしまったら、キサラギの人も、プリマも、アヤメも、ルナも傷つけてしまう。それだけは絶対にあってはならない。



 口を閉ざした炎にあたしは首を傾げる。



 何故? そんな弱々しい声が聞こえた。

 殺すことだけを望まれている。それ以外は、必要ないはずだ。



「ううん、あたしはもう、それ以外も持っているのよ」



 彼女(・・)が目を瞑った気がした。

 ゆっくりと、目の開けた彼女がヤマトを指差した。気がした(・・・・)



 あたしが指差した場所で、ヤマトがキサラギの人相手に拳を振るっている。



 炎が教えてくれる。



 シラヌイが持つお頭(・・)の恩恵。

 それはあらゆるを防ぎ、あらゆる影響を取り除くお頭由来の固有の力。



 でもあなた(あたし)は違う。



 2人(・・)を頂きに据えるあたし(あなた)だから出来る。



 精霊の奇跡も、あなた(あたし)より先に彼女が至ったから引き寄せられた(・・・・・・・)



 彼女は不可思議だ、この世界に由来していない。

 だからなのだろう。私の当たり前が、世界には奇跡に受け止められる。女神すら把握できない理の向こう側。



 わたし(あたし)は繋がりを引き寄せる者。因果の先にあるあらゆるをこの手につかみ取る者。



「うん、まだ――」



 霞んだ視界ははっきりとし、暴力を振るう魔王の1人を瞳で捉える。



 彼とあたしの間の因果の通り道(・・・・・・)



「おいおいテッカぁ! おめぇ1人でそっちの女神と毛玉を守れっかあ!」



「クソっ!」



 キサラギの人が苦戦している。

 だからこそ、ここで伸びている場合ではない。



 あたしの大好きを、これ以上傷つけさせない。



「『――宣言(エクストラコード)』・『因果をも収める強欲(ヘリオトオーブ)』」



「カナデちゃん?」



 プリマの声が耳に届く。

 けれどそれよりも先に、あたしはあたしとヤマトとの間にある距離を(・・・)切って短く繋げた(・・・・・・・・)



「は?」



裏不知火(・・・・)・夢幻白凪」



「あの技は」



 ヤマトの懐に入り込んだあたしは、驚く彼を見上げて睨みつけ、刃を構える。



「1つじゃ足りない。それならば、あなたを斬ったという結果を、あなたの体のあちこちに伸ばせばいい」



 糸が見える。

 まだ見た目が薄いのは、その結論に至っていないから。でも問題ない。それだけ見えていればあたしは紡げる。その糸をあたしはヤマトの体のあちこちに絡ませる。



「表不知火――夢幻一刃(むげんいちじん)



 あたしは持っている短剣を、ヤマトの胸に走らせた。

 たった1度の斬撃、けれどその結果は。



「がぁっ! なん、で? 何が起こった、おい!」



 ヤマトの体中をまるで何度も切り裂いたように傷をつけた。



「調子に――」



 ヤマトが腕を振り上げ、あたしに拳を落とそうとする。

 けれどその拳は全てあたしを逸れて床に埋まる。



「な、は?」



「あなたは本当にわかりやすい。だって、絶対に当たる(・・・・・・)から、それは深く濃い因果。気合と気迫だけで世界すら認める因果を作り出してしまうんだもの。絶対に当たる、絶対にここにいることを認めさせてやる。普通の人なら、ただの攻撃にここまでの説得力は持たせられない」



 だからこそ、その濃い因果の糸を操るのは容易かった。

 そこにはっきりと見える物を手繰り寄せて別の場所につなげるだけ。それだけで彼の拳は彼が意識せずとも逸れていく。



 全ての拳が床に埋まったから、あたしは以前リョカから聞いたものをその拳につなげる。

 どうして物が地面に落ちるのか、そんな誰もが聞き返そうともしない当り前を、リョカが答えてくれたことがあった。

 地面にものが落ちるのは、そのものを引っ張る力が地面にはあるからだと。

 専門的なことはまだ早いからとそこで話は終わったけれど、今ならあたしにもその引っ張る力が見える。



 あたしはその引っ張る力が働いているそこいらのあらゆるをヤマトへと伸ばして繋げる。



「ウガァぁッ! 腕が、上がんねぇ」



 あたしは動けなくなったヤマトに、さらに力を――と、思ったところで、もう限界らしい。

 コポと口から血液が流れ、体が傾く。



 だから――。



「あと、お願い」



「ああ、よくやったカナデ。動けない者を斬る趣味はないが、お前は別だヤマト=ウルシマ」



「あぁぁっ! テッカぁ!」



「如月流疾風陸式・秘剣――影祭(かげまつり)



 キサラギの人が背後から投げた大小様々な石、その石の影からキサラギの人の刃が光る。きっとスキル併用の技なのだろう。



 その技はヤマトの体を切り刻み、細切れにして、彼を終わらせた。



「こんな、こんな終わり、まだ、まだ殺して、ない――」



 ヤマトの体は崩れていき、そして砂となって一陣の風に舞い上げられた。



「まったく、ギリギリだったな。おいカナデ、さっきのは……? カナデ?」



 キサラギの人に呼ばれている気がする。

 けれど正直もう限界だった。



 あたしはプリマが顔に飛び込んできたと同時に意識を手放し、そのまま倒れてしまうのだった。

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