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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
12章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、夜を刺し穿ち朝を迎えたい。

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健康優良児くんとA級冒険者(不死者)さんたち2

「ファーストオーダー!」



「精霊使いは厄介だな。というか俺が知っている精霊使いはもう少し前線で戦うぞ」



「精霊使いが前線で戦うわけないでしょうが!」



 セルネが明らかに誰かを思い浮かべているような顔をしている。俺も、そして隣にいるジンギもおよそ思い浮かべている人物は同一だろう。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねる1人の少女を思い出しながら、俺は戦闘を見守る。



 するとある程度傷が回復したジンギが深くため息を吐いた。俺は彼に目をやる。



「お前たちは、本当に強くなったんだな」



「突然どうしたのさ?」



「……俺は、なにも出来なかったからな」



 少し自信を無くしているようだった。

 相手が相手ということもあり、あまり気にする必要もないと思うけれど、セルネからちょっとだけ聞いた話では、彼も、そしてイルミーゼ嬢にも色々あるらしく、どうにもそれが引っかかっているのだと思う。



 俺はリョカ様と同じように薬巻を咥えるジンギのそれに火を点し、タクトを指差す。



「あのね、俺たちってまだそんなに会話してないじゃない?」



「あ、ああ、セルネはともかくタクトは」



「あいつ、話を聞いていの一番に飛び出していったよ。ここに来るまでさ、どうしてそんなに必死なのって聞いたら、格好良いから。だってさ」



「格好良い? 俺が?」



「うん、だから友だちになりたいんだってさ。格好良い友だち予定のジンギを絶対に助けるんだって」



「……」



 俯いて握り拳を作るジンギ、瞳が潤んでいるようだけれど口にするのは野暮だし、何も言わないことにした。

 ふと、バイツロンドがタクトと殴り合いながら彼を見ており、俺は首を傾げる。



「うがァあ!」



 よそ見をしたバイツロンドにタクトが殴りかかる。

 彼の拳を顔面で受けたバイツロンドがゆっくりと体を離し、ジッとタクトを見つめる。



「おい小僧、お前中々いい喧嘩をするじゃあねぇか」



「ガァ……」



「わしらも、こんなところで足止め喰らってるわけにいかんのでな、次で最後だ。これ受けて小僧が立ってりゃあわしらは引いてやる」



「ちょっとバイツロンド!」



「パルミール、よく考えろ。さっきの光、あれでやられたのはコジュウロウじゃ。あそこにはアルマリア以外にもヤバいのがいる。この戦力じゃどうにもならん。じゃが、わしらにも冒険者としての矜持がある。ここで引くわけにはいかん」



 バイツロンドが腕をゆっくりと回す。



「小僧、お前が何をどうやったか知らんが、そりゃあほぼ狂化じゃ。バーサーカーでもないのにようやるわい。じゃがお前さん、まだ恐れておるな? わしの見立てでは、それは扱う魔物の量が増えるほど意識を失くす。違うか?」



「――」



 タクトの肩が跳ねた。

 でもそんなことは当然である。自分の意識を自分から失くしたい奴なんているわけがない。これは罠かと思い、俺は老人を睨みつける。



「どう取ってもらっても構わんぞ。じゃが、次のスキル、覚悟もなしにお前らじゃ止められんじゃろう」



 そう言ってバイツロンドが腕を回すのを止めた。その瞬間、俺の頭に走ったのは明確な死の心象――隣のジンギもそうなのか、歯をガチガチと鳴らし、体を震わせ始めた。



「『拳聖の狂化(クリフバーサーカー)』」



 ただでさえデカイ老人の腕がさらに太く、厚く、そして強靭なものへと変異した。



「ウガァ……わしはこのスキルでやっと1割ほど意識が持って行かれるのう」



 狂化されて尚それだけの意識を保てるなんて普通ではありえない。けれど、この人はそれが出来るんだろう。だからこそのA級、俺は歯を食いしばり立ち上がろうとする。

 セルネも補助に入るつもりなのか、パルミールから離れようとしていた。



「――」



 けれどそんな俺たちをタクトが腕を振るうことで制してきた。



「タクト!」



「『闘気聖獣核(エンブリオユニオン)』」



「躊躇せんか――良いぞ小僧! この拳は、ガイルの小僧ですら初見で防げんかった! ぬしにこれが止められるか!」



 タクトの背中からメキメキと音が鳴り、背中を破って触手らしきものがいくつも生えてきた。



 バイツロンドが腕を振り上げ、その拳をタクトへと振るう。



 しかしタクトの使った道具は良い意味でも悪い意味でも魔物に寄り過ぎてしまう。

 だからなのだろう、圧倒的強者であるバイツロンドの拳に動物的直観を持っている魔物が臆さないわけがない。

 タクトの脚が老人と反対方向に向こうとしていた。



「がァぁ!」



 だがタクトは自身の腕を引き千切る勢いで噛みつき、そのまま血走った目をバイツロンドにだけ向ける。

 無理矢理心を押さえ込んだタクトが老人の拳へと拳を放つ。



「振り払ったか! 良い、良いぞ小僧!」



 そして互いの拳がぶつかった刹那――タクトの腕が弾かれた。



「がぁぁぁ!」



 吹き飛んでいきそうになるタクト、けれど彼は背中から生えた触手を地面に突き刺して耐え、さっきまで噛みついていた自分の腕を振り上げバイツロンドの顔面目掛けて放った。



 そして互いの拳が互いの顔面に直撃すると、それは圧倒的な暴風を伴う衝撃となって、大地を、木々を巻き上げていき、そして――。



 老いた狂人を吹っ飛ばした。



「……」



「……」



「……」



 俺とセルネ、ジンギもその光景を口を半開きにしたまま見ており、パルミールもスキルを解いて呆然とそれを見ていた。



「って! タクト」



 俺は飛び出してタクトに近寄るのだけれど、白目を剥き、鼻からも口からも血を流しているタクトの顔があった。



「タクト、タクト!」



 セルネも近づいてきてタクトを揺する。そしてそんなタクトを、ジンギは驚いたような、心ここにあらずな顔をして見続けていた。



「大丈夫じゃよ」



 俺とセルネは声のした方に顔を向ける。

 するとのっそりと起き上がったバイツロンドが頭を掻きながら近づいてきて、一度タクトの頭を撫でた。



「この小僧は強い。こんなもんじゃ死なんよ」



 バイツロンドがそう言って俺たちに背を向ける。



「ちょ、ちょっとジジイ!」



「ここまでじゃよパルミール、この依頼はちと割に合わん。そもそもアルマリアやガイル、テッカの小僧に加え、未だ見ぬ最速の魔王がいる。それにこの小僧たちじゃ。いくらルイスの大馬鹿にヤマトのクソガキがいようとも、これ以上はわしらの身が危険じゃ」



「で、でも逆らえば……」



「はんっ、今さら女神なぞに臆するものか。難癖つけてきたのなら次こそ(・・・)は討ち取ってやるわい」



「あんたはそれでいいかもだけれど」



「それならお前は戻るのか?」



「い、いやよ! あ、あたしも、こういうやり方でアルマリアに勝ちたいわけじゃないし」



「なら決まりじゃな。というわけじゃ小僧ども」



 俺とセルネは顔を見合わせた。



「わしらはここを離れるよ。追ってくるか?」



「……1つ良いですか?」



「なんじゃ勇者の坊主」



「あなたたちは不死者です。もし、人々の暮らしを――」



「うんなわけないじゃろう。どっかの国で冒険者でも続けるわい」



「で、でも」



「生憎ながらわしらは確かに不死者じゃが、使われた術はフェルミナと同じじゃよ。遺体の損傷もほぼなく、頭もしっかりと動いておる。人を襲うなんてことはせん」



 俺たちはぽかんとした顔で話を聞く。

 大聖女フェルミナ=イグリースと同じ術ということは、つまり不死を付与されたということなのだろう。



「というかそもそも、ジジイが大聖女に喧嘩売ったのが悪いんだからね。そしたら女神まですっ飛んで来てあたしまで巻き添えで不死者にされるし」



「悪かったと言っておるじゃろうが。女神と戦うなぞ冒険者としての誉れじゃったからな、1度は喧嘩を売っておくべきじゃろう」



「うんな誉れ冒険者にはない」



 心底呆れたようなパルミールさん、今まで苦労してきたのだろうと少し不憫に思う。



「さって、わしらは行くかの。坊主ども、アルマリアの娘っ子、ガイルの坊主とテッカの小僧によろしく言っておいてくれ。ジジイは未だ現役とな」



「あっ、アルマリアに次は真っ向から勝つって伝えておいて」



 歩みを進めていくバイツロンドと手を振って駆け出して行ったパルミールを俺たちは呆然と見ていた。

 しかしバイツロンドが足を止めて振り返ったかと思うと、ジンギに目を向けて大きく口を開いた。



「鋼鉄の小僧!」



「え! あ、はい!」



 およそジンギのことを呼んだであろう声で、ジンギがびっくりしながらも返事をした。



「お前はわし――狂仁のバイツロンドと拳を合わせて生き残ったんじゃ! 胸を張れ、お前は強い! わしに立ち向かった蛮勇、忘れるでないぞ!」



 ジンギが目を見開き、感極まったように駆け出してタクトの隣に並んだ。



「ジンギ! 俺はジンギ=セブンスター! そんで、こっちの……俺の友は、タクト=ヤッファだ!」



「うむ――ああそうじゃ、タクトに伝えておけ。狂化を使いこなしたいのなら、初めからイカれろとな。自分の狂気で上手く付き合っていけとな」



 そして今度こそバイツロンドが歩いて行く。



「それではな、ジンギ、タクト。また喧嘩しようぞ」



 片手を上げて去って行く背中を俺たちはいつまでも眺める。



「何だか、凄い人だったな。ジンギ、怪我はもう良いのか?」



「……ああ、セルネもありがとうな」



 ジンギが照れながら礼を言うと、タクトを肩に担いだ。



「それじゃあ戻ろうか。ジンギも助けられたし、きっと冒険者の人たちも喜んでくれるだろうし――」



 そこでふと、俺は学園の方角に目を向けた。どういうわけだかソフィアさんが張っていただろう紋章が消えており、何かあったのではないかと勘ぐってしまう。



「オルタも活躍したみたいだしね。ジンギ、ちゃんと救助を申し出てくれた冒険者のお兄さんたちにお礼を言うんだよ、本当に心配してくれてたんだから」



「ああ、わかっている。それとバイツロンドの爺さんとパルミールの伝言も伝えないとだしな。クレインもありがとうな……クレイン?」



「へ?」



 俺はつい覇気のない声で返事をしてしまう。



「どうかしたクレイン?」



「あいや、その」



 セルネが顔を上げ、学園の方角に目を向けた。



「ああ、なるほど」



「学園? そういやぁカルタスだろ、あのデカイ紋章。いつの間にか消えてるな」



 俺が2人に笑みを向けるのだけれど、きっと引き攣った笑いになっており、セルネが肩を竦ませた。



「行っておいでよクレイン、ソフィアが心配なんだろ?」



「い、いや――」



「は? お前カルタス……ソフィアを狙ってるのか?」



「だ、だからそんなんじゃなくて!」



 顔に熱が宿るのがわかる。

 俺はあたふたと手を振りながら否定するけれど、セルネとジンギがニヤケ顔で顔を見合わせた後、勇者様がリョカ様から預かった道具を起動させた。



「リョカ、こっちはA級冒険者の2人を退けたんだけれど、その2人が自分の意思で前線を離脱、大聖女様と同じ方法で不死者になったから意識があると言われたんだけれど」



『ああ、セルネくん? なんか大きい気配があると思ったら君たちか。それでその2人はもうここを襲うつもりはないって?』



「ああ、それと個人的に、俺ももう2人とは戦えないかなって。なんというか、とってもさっぱりした人って言うか、ガイルさんみたいな人で」



『OK、セルネくんたちがそう決めたのなら放っておいていいよ。ああそれと、もしジンギくんがいたら伝えてほしいんだけれど、ランファちゃんを僕が保護したって――』



「お嬢様は無事なのか!」



『おっといたのか。うん、特に大きな怪我もなく今僕の膝の上で寝てるよ』



 リョカ様の言葉に、ジンギが安堵したような息を吐いた。相当心配していたのだろう。



「助かったよリョカ、あ~その、お嬢様はあんまりべたべたされるの得意じゃねぇからほどほどにな」



『了解、それじゃあ報告ありがとうね』



「ああリョカ、それと」



『なぁに?』



 セルネがリョカ様の言葉を遮ったのだけれど、一度俺の方を見たことが気になった。



「ソフィアは? 紋章が消えたようだけれど」



『う~ん?』



「ちょ、セルネ――」



『なるほど……ソフィアはみんなが戦っているのに、ここで待っているのは忍びないって下りていったよ。まああの子なら大丈夫だと思うけれど、やっぱり女の子1人、不死者の集団に突っ込ませるのは危ないよね。というわけでクレインくん、良かったらちょっと様子を見てきてくれないかな?』



「リョカ様!」



『まあまあ、何も君のためだけに言っているわけじゃないんだよ。相手の戦力も結構大きくて、もしかしたら万が一だってあり得るかもしれない。あの子は強いけれど生粋の後衛だ、1人じゃ戦えない。クレインくん、僕の友だちを、助けに行ってあげてくれないかな?』



「……」



 こういう時のリョカ様はズルい。どんな大義名分があれば俺が動いてくれるかを熟知している。だからこその言葉で、だからこその命令だ。



 俺はため息を吐き、その道具に向かって口を開く。



「わかりました」



『ありがとう。それじゃあよろしくね』



 そう言ってリョカ様が道具の使用を止めたのだけれど、俺はニヤケているセルネとジンギを半目で睨んだ。



「まあいいじゃん。ソフィアは俺より強いけれど、やっぱり1人は良くないしさ」



「ソフィアについてならランファが詳しいが、俺も小さい頃はそれなりに交流があったから、俺に聞いても大丈夫だぞ」



「ああもう! 俺はいってくるよ!」



「うん、いってらっしゃい」



「気を付けていけよ」



 2人の声を背に受けて、俺は駆けだしていくのだった。

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