勇者のおっさんと弱き光の勇者
「クソっ、やり難いことこの上ないな」
光に変わり攻撃を躱す勇者に悪態を吐きながら、俺は横目でギルドの方角から発せられた光の柱を思い出す。
ギルドで何かあったのだろうか。
俺がそうして背後を意識していると、敵対する勇者――ルイス=バングが攻撃の手を止め、光が上った箇所を見つめた。
「凄い攻撃だ。あの光には信念を感じられた。君の仲間は、とても強いのだな」
「そりゃあどうも」
まさか稀代の勇者とこうして言葉を交わせるとは思わず、俺も構えを解く。
最初は俺とテッカはヤマトとルイスと戦っていたが、ヤマトがテッカをブッ飛ばすと、それを追いかけていってしまい、こうしてルイスと一対一で戦うことになってしまった。
ヤマトがいなくなったからか、ルイスは突然戦闘の圧を潜ませ、ただ俺の攻撃をいなし続けていた。
きっとこいつに、戦う意思はない。
「……どうして」
「ん?」
「どうして不死者になんぞなった」
「フェルミナが、そこにいたからね」
俺は拳を強く握る。
「そんなことで――そんなことで、あんたは勇者としての務めを捨てたのか!」
「俺には大事なことだよ。それに俺が勇者になったのは、フェルミナがいたからだ、務めのためじゃない」
これが、こんなのが光の勇者だと言うのか。昔、そして今でも称賛される光の勇者、人々の願いを受け、勇敢にも魔王に挑み続けた勇者の1人。
世界のためではなく、たった1人の女性のためだけの勇者だったというのか。
「君は、本当に素晴らしい勇者なんだね」
「……そう努めてきた」
「俺には真似できそうもない」
「馬鹿な! 少なくともあんたは、今の時代、最良の勇者として語り継がれている。それなのに――」
「幻滅しただろう? でもね、俺がそうやって語り継がれるのも、フェルミナがそう望んだからなんだ。君たちも知っているだろう? 実際の俺は、魔王……ロイ=ウェンチェスターとの戦いに敗れ、挙句の果てに信頼していた友に殺された。皆が思うような勇者ではないんだよ」
自嘲気味に笑うルイスが痛々しく、俺は見ていられなくなり、顔を背ける。
なんなんだよ、勇者は、勇者のギフトの意味をもつ者は、誰よりも強くなくてはならない。人々の希望を一身に受け、その希望を人々に返していく。
勇者の力の源は人々の願いだ。こんな勇者だったらいい、こんな勇者だったのならきっと守ってくれるのに。そうやって1つの形となる。
けれど目の前のこいつは、それを否定した。
俺は強く拳を握り、聖剣――ファイナリティヴォルカントから金色の炎を吹かす。
「金色炎。何よりも気高く、勇者然とした猛き炎。でもだからこそ」
俺はルイスに飛び掛かる。
こいつを倒せばギルドの様子も見に行けるし、テッカの加勢にだって行ける。
そう、この拳を――。
「だからこそ、君に俺は殺せない。弱い俺を、君は傷つけることは出来ないだろう?」
「――ッ!」
寸でのところで拳を止める。
「君は勇者として至極真っ当だ、勇者の鑑とも言える。そんな勇者様が、ただの1人、誰よりも弱い者を害することは出来ないだろう」
俺は奥歯を噛みしめ、吹いたら消えそうなその光を睨みつける。
だが何も出来ない。
こいつは、この男は……ただ、1人の女を追ってきた、大馬鹿野郎だ。
最早敵ではない。けれど、こいつに背を向けることは出来ない。
実力はある、それはわかっている。
「君さえここに釘付けに出来るのなら、俺の役目も果たされるというものだよ」
「くっそがぁっ!」
薄く笑うルイス=バングを、俺はただ、憐れむことしか出来ないのだった。




