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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
12章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、夜を刺し穿ち朝を迎えたい。

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光の令嬢ちゃんと過去にしがみついた神官さん

「まったく、本当にいつも肝心な時にいないのだから」



 わたくしはチラリと背後に目をやる。

 そこには一緒に逃げてきた同級生たちがおり、一様に不死者たちに震えていた。



 あの子たちは戦力にならないだろう。

 もっとも、わたくしが戦力になり得るかも甚だ疑問ではありますが、こうして両の足で立ってスキルを使えるのがわたくししかいない現状で、不死者に背を向けるわけにもいかない。



 わたくしが買い出しに出した責任なのだけれど、本当にこういう場面でジンギはいなくなる。

 きっとわたくしを守るという運命から外れている。いや、それとも運命が彼を守っているのか。わたくしにその判断は出来ないけれど、わたくしと違ってあの子は生き残る才能があるのだと思う。



 それに比べてわたくしは、女神さまにイジメられているのか、それとも……わたくしの運命は、そもそもあそこで終わっていたのか。



 わたくしは一度目を閉じる。



 きっとゼプテンまで行けば冒険者たちに庇護してもらえる。

 そう思って逃げ遅れた同級生たちを連れて走っているのだけれど、そもそもプリムティスから出られてもいない。



 先ほど、学園の方で大きな紋章が出現し、そこから見たこともない魔物が大量に現れた。

 あれは多分ソフィアさんのスキルだろう。

 わたくしたちはギルドに行くのを諦めて学園を目指すことにした。多分あそこには――。



「……魔王の手を借りることになりますか」



 イヤ。というわけではないと思う。

 ここ数日間、彼女を知る機会が何度もあった。

 そこで言葉を交わし……てはいないけれど、それでもリョカ=ジブリッドを知ることが出来た。



 彼女を知れば知るほど、わたくしの知っている魔王とは似ても似つかない。

 身近にいるのに、遠い存在。遠くにいるのに、手を伸ばせば捕まえられるような距離感。

 恐怖ではない。彼女から恐ろしさは感じない。



 いや、強大な存在ではあると思う。



 金色炎の勇者様とその剣をも取り込み、倒すことは不可能だと噂されていた血冠魔王を倒した力のある魔王、それがリョカ=ジブリッドさんだ。



 わたくしは目の前から湧いた不死者に細剣の先端を向ける。



「『光の心域(ルミナスハート)』」



 細剣に光を纏わせたまま、不死者の頭を突き刺していく。

 ただの不死者であるのならわたくしのスキルも届く。魔物やおよそ戦うことを目的として生きていなかった者たちだけだけれど、一体誰が、なんのつもりでこれだけの不死者を呼び寄せたのか。



 子どもらしき不死者もいる。

 彼らがどこから来たのか、どうして不死者になったかは定かではないけれど、あまり慣れたくはない光景だ。



 最初は魔王が何かをしたのかとも考えた。

 リョカさんにこんな力はない。ならば彼女を狙った新たな魔王かとも思ったけれど、どうにも違うようだ。



 先ほど、その普通ではない不死者がギルドに向かっていった際、わたくしたちは隠れてやり過ごしていたのだけれど、その時1人の不死者がまるで意思があるかのようにギルドマスターを倒すことを話していた。

 わたくしが知っている不死者はあんなに流暢に話さないし、ましてや策を用いて人1人を倒そうとはしない。



 こんな力のある魔王は聞いたことがないし、そもそも魔王に進んで従事する人などリョカさん周りでしか覚えがない。



 だから、魔王ではなく、もっと恐ろしい何かが動いているのだと予想するけれど、今のわたくしにそれを確認する術はなく、何よりも今やるべきことは――再度背後に目を向ける。



「……大丈夫ですわ。わたくしは、ランファ=イルミーゼですわよ? 王を、民を守る騎士の家系――その役目はすでに果たすことができなくなりましたけれど、それでも、わたくしはイルミーゼですわ」



 などと仰々しいことを言ってはみましたが、父の教えも、母の教えも、わたくしは受ける前に2人とは会えなくなってしまった。

 わたくしは騎士にはなれない。

 騎士であった父が誇りではあった。けれど今思い出せるのは父と母の背中。どれだけ頭を捻っても、記憶に潜っても思い出せるのはその大きな背中と優しい背中。そして、その背中に深々と刃を突き立てる、魔王の嗤い顔だけ。



 誰かを恨み続けているわたくしに、騎士は似合わない。

 だって騎士は、人々を笑顔にし、安心させる人のことだもの。わたくしにそれは成せない。



 わたくしは、前に進むしかない。

 過ぎ去った日々は、思い出すだけ。



「さあ不死者たち、わたくしが相手になりますわ!」



 向かい来る不死者を次々と貫いていく。

 けれどふと、あまりにも数が多いことに気が付く。



 どれだけ頭を貫いても、どれだけの血が流れようとも不死者たちが進行を止めることはなかった。



 わたくしは肩で息をし、改めて辺りを見渡す。



 背後の学園生たちが言葉を失いながら、やっと声を絞り出し、前方を指差す。



 蠢く小型魔物のようにも見える人、人、人――あり得ないほどの数が学園を目指していた。



「ああそうか」



 やはり狙いはリョカさんなのだろう。

 つまりここは不死者たちの目指す場所。わたくしは選択を誤った。



 敵の目的地がここなのに、いつまでもここにいては巻き込まれるのは当然、力のないわたくしが、力のない後ろの学生たちが巻き込まれたら結末などわかりきっている。



「イルミーゼさん!」



「え――」



 心が折れかかると学生の1人の声が聞こえた。

 その隙を突かれたのか、わたくしの横顔に見えた物体。



「ぐっ!」



 頭に衝撃が奔る。金属のような塊がわたくしに飛んで来て、その衝撃に意識が揺らぐ。

 不死者の1人が歓喜の声を上げていた。



 わたくしは頭を押さえて、薄れゆく意識に懐かしい声を聞いた。



『ランファは騎士になりたいのかい?』



『え~、ランファちゃんはそんな危ないこともしないでのびのびと生きていってほしいけどなぁ』



『おいおい、その危ないことを俺はしているんだぞ』



『あなたは丈夫だもの』



 いつかの会話。それはわたくしがお父様の真似をして玩具の剣を振っていた時に話したこと。



『まっ、確かに危険だし、俺もランファには別の道を選んでもらいたいかな』



『でしょ? それにランファちゃんはきっと美人になるわ。だから素敵な人と出会って――』



『それは許さん』



 むっとするお父様にお母様がよく笑っていた。



『だがそうだな……どのような人にランファがなるかはまだ分からないけれど、でもこれだけは約束してほしい』



 幼かったわたくしは、首を傾げてお父様を見て、その言葉をジッと待った。大事な話だろうことは雰囲気で察することが出来ていたから。



『どんな道を進んでも、どんな人に出会えても、誰かに、そして自分に胸を張れるような生き方をしなさい。それだけ守ってくれたのなら、俺は何も言わないよ』



 どうして今まで忘れていたのかしら。

 お父様とお母様に教えてもらったことは多くはない。けれど、教えてもらったこともある。



 誰かにも、わたくしにも胸を張れる生き方――今のわたくしは、それが出来ていなかった。



 リョカさんを魔王と言うだけで敵視し、挙句の果てに言葉すら交わさずに敵だと断定した。

 いや、それが間違っているとは思えないけれど、それでもわたくしはリョカさんを知れる機会が何度もあった。

 セルネ様が彼女に惹かれたその時に、わたくしも歩みを進めるべきだった。



 だって、勇者様ほどの人が、魔王である彼女に何かを見たのですもの。



 今のわたくしは、胸を張れているのだろうか。



 前を見て歩くと決めた。

 でも動いていなかった。強くなることも決めたのに、強くなる方法をすべて切り捨ててきた。



 聖女――ミーシャ=グリムガントが言っていただろう。

 わたくしたちは弱い。いつまでも魔王の影に怯えると。その通りだった。



 進め、進め!

 もうわたくしは、歩みを止めていられない。



 胸を張って足を動かせ。

 過去を糧にして歩むことを止めるな。



「あぁあっ! わたくしは! いつか魔王を、過去を!」



 振り返るな、振り解け。もう、誰にも、お父様にもお母様にも恥じない生き方を――イルミーゼの生き方を!



「もう背なんて向けない! わたくしは、前を! 『吹かせ咲かせ極光の花(プリンシパルフルール)』」



 わたくしから溢れる光の種子が、地に着くと同時に芽吹く、咲く。

 花から光が溢れ、不死者を次々と刺し穿つ剣となる。



 意識を取り戻したわたくしは、地に倒れ伏す直前に足に力を込めて堪え、歯を食いしばってスキルを使用した。



 不死者の数が多い。今のスキルで最前線にいた不死者は消し飛んだけれど、それでも絶望的な状況には変わりがない。



 でもあと少し、もっともっと暴れなければならない。もっともっとここで騒がなければならない。



 そうすれば、わたくしがここで散ろうとも、せめて後ろにいる学園生たちは、きっと彼女が気が付いてくれるはず。



「つッ!」



 あちこちに光の種子をばら撒く、スキルの連続使用で体が悲鳴を上げる。

 けれどまだ足りない。

 不死者たちが石を投げつけてきて額から血が流れようとも止められない。



「あと少し、だから」



 根拠はない。けれどそう信じたかったから。

 だって魔王は、自分勝手なのでしょう? わたくしたちが理不尽だと声を上げるようなことでも、魔王ならどうにも出来るのでしょう。



「ああ、わたくしも、謝っておけば良かったですわ」



 一切減ることのない不死者に、わたくしは1度だけ顔を歪めた。

 でも頭を振る。こうやってでしか今は前に進めないから、わたくしは気力を、死力を尽くす。



 しかし訪れる限界。

 スキルを発動させようと力を込めるけれど、もう出尽くしたのか、なにも出てこない。



 不死者たちの下卑た笑いが聞こえる。



 わたくしは振り返り、学園生たちに口を開く。



「あとは、なんとか隠れていなさい。そうすればきっと、魔王……リョカさんが来てくれますわ」



 わたくしは歩みを進ませ、不死者に両腕を広げる。



 限界でも、ここは譲れない。



 もう戦う力はないけれど、せめて最期に胸を張る。



「わたくしは、王都・グリオヘンジの騎士団長、ランバート=イルミーゼの娘、ランファ=イルミーゼですわ! 父はもういないですが、その心は、その生き方は、わたくしが受け継ぎましたわ!」



 不死者たちがわたくしに向かってくる。

 これで良いんだ、やっとこうして胸を張れたからきっとお父様も、お母様も笑って許してくれる。



 わたくしは息を吐いた。



『もう大丈夫だよお姉ちゃん』



「え?」



 不可解な現象。

 それは突然、わたくしの目に映った(・・・・・)



 わたくしの目に、確かに言葉が映っている。



『よく頑張ったね。あとは、お父様が(・・・・)



「え、なに――むぐ」



 わたくしの顔に柔らかい何かが降ってきた。

 それを手に持つと、どこかで見たことのあるぬいぐるみで、そのぬいぐるみが前方を指差した。



『……』



 そこには大きな神官服のぬいぐるみ(・・・・・・・・・)がおり、わたくしたちを守るように立っていた。



 わたくしが呆然としていると、小さなぬいぐるみが頬をつついてきて大きなぬいぐるみを指差した。



『気高きお嬢さん、あなたは、過去を振りきったのですね。私は、あなたに敬意を表する』



『お父様固いよ。年頃の女の子にはもっと優しくしなきゃ駄目』



『む、そ、そうかな。だけれど私は年頃の女性と接する機会があまりなかったから』



『エレも年頃なんですけど~』



『す、すまないエレノーラ、そういう意味では――』



 わたくしは一体何を見せられているのかと首を傾げていると、不死者の1人がぬいぐるみに飛び掛かった。



「危ない!」



 けれど一瞬だった。

 大きなぬいぐるみが不死者に目を向けることもなく、腕を振り、同じ見た目をしたぬいぐるみが突然現れ、次々と不死者たちを殴り飛ばしていった。



 そしてさらに驚くべきことに、いつ現れたのか、周囲には針の付いた筒のようなものを持っている羽根の生えた小さなぬいぐるみが大量におり、それらが一斉に不死者に飛び掛かり、筒の針を敵に刺すと、血を抜いているのか、筒の後部を引っ張っていた。



 大きなぬいぐるみがさらに腕を振ると、羽根付きの小さなぬいぐるみが先ほど引っ張っていた後部の部分を押し込み、抜き取った血を射出した。



 それはまるで光線のように、避けようとする不死者もいたけれど、追尾するかのように不死者を貫いていく。



「つ、強い……」



『えへへ、お父様、すっごい強いんだよ。リョカお姉ちゃんからも、ミーシャお姉ちゃんからも強いって言われているんだから』



 次々と倒されていく不死者に、わたくしは安堵の息を漏らした。

 そうして安心したからか、体から力が抜けていく。緊張の糸がほぐれ、わたくしを繋いでいた意識が途端に不安定な物になる。



『あれ、お姉ちゃん?』



『む、いけない。きっと相当な緊張を強いられていたんだ、すぐにリョカさんの下へ』



 意識を手放す直前、そんな言葉が見え、わたくしの目の前には、フワフワ髪の可愛らしい女の子と、神官服の優しそうな男性の姿が目に映ったのだった。

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