聖女ちゃんと欠けた光
「あら、ソフィアと……イルミーゼ」
重くなる戦闘圧の中で瞑想していると覚えのある気配がしたために、あたしは目を開けて現れた2つの気配に視線を向けた。
「え~っと、ミーシャさんこんにちは。それで一体、何をなさっているのですか?」
「見たままよ、あたしの戦闘圧が重いからその中でちょっと訓練しているのよ」
「……? えっと――あ、アヤメさま?」
どうにも理解が追いついていないソフィアが横でくつろいでいるアヤメとアルマリアに尋ねた。
そんなに難しいことを言ったつもりはないのだけれど、ソフィアにはまだ早かったらしい。
「あの聖女はな、多分お前の理解が追いついていないことをお前のせいにしているようだけれど、大丈夫よソフィア、あんたは正しい。誰が戦闘圧に重さを付加できると予想出来て、さらにその中で訓練をしようと思うのかって話だから、あなたは気にしなくても良いわよ」
「なるほど、把握しました。それで、ガイルさんとテッカさんは汗を流して組手を、クレインさんとセルネ様、オルタさんとタクトさんは4人向かい合って深刻な顔をして座っていたのですね」
「ソフィア助けてぇ! もうかれこれ数時間ここに閉じ込められているんだよ!」
「……ソフィアさん、もう俺たちは駄目かもしれない。ああ、明日渡そうと思っていた料理の作り方、俺の机に置いてありますから、どうか本を完成させてください。はは、でも俺は幸せかも。最後にソフィアさんの顔が見られて――」
「クレイン、落ち着くでござるよ。セルネの言う通り、長い時間ここにいるせいか、体が慣れてきたでござる」
「だな。あっしたちでも無理すりゃあ動けるですぜい」
セルネは本当に怯えを隠さなくなってきたわね。というか、戦闘時はしっかりする辺り、リョカに似てきたのかしら。と、情けない姿を最近では見せてくれるようになった学園の勇者にあたしは笑みを向ける。
「え、なに怖い」
勇者に向けた感心を撤回する。
聖女に向かって怖いとは何事だろうか。あたしはさらに纏っている戦闘圧の量を増やそうとする。
「あらオタクたち、慣れてきたのなら良かったわ。あたしも少しぬるいと思っていたのよ」
「へ?」
戦闘圧が濃くなると同時に、さらに重くなる。
「あがががが――」
「オルタぁ!」
「せ、拙者のせいではないでござるよ!」
「う、動け……ないですぜい」
セルネがついに膝を地に付けて丸まってしまった。
けれどまだまだなりたての勇者とは違い、ガイルとテッカは速度が少し遅くなっただけで、相変らず組手を続けていた。
あたしの視線に気が付いたのか、2人が組み手を止めその場に腰を落とした。
「しっかしミーシャお前、こりゃあスキルか?」
「どこまで重くなるんだ? それによっては、お前との戦闘方法も考え直さないとならない」
「知らないわよ。何か勝手になっただけだし」
「本当、お前たちといると飽きねぇなぁ」
「それでガイル、あんたは盾の方の訓練は良いの?」
「あ~それな、やっぱ向いてねぇわ。若い頃はそれなりに盾にも頼っていたんだが、ここまでくると戦闘形式が合わなくてな」
「第2ギフトを得た時は、守りが欲しかったから喜んだが、結局あまり必要なかったな」
ぼやいている2人にあたしは首を傾げて返す。
「攻撃に使えばいいじゃない」
「は? お前聖騎士っていうのは補助ギフト……あ、お前聖女だったな」
「説得力が半端ないな。しかし、お前とリョカはそういうのを簡単にやるが、スキルはそのまま使うのが当然と今まで生きてきたんだ、今さら変わった使い方など――ガイル?」
ガイルが何か考え込んでおり、ぶつくさと口を開いていた。
「攻撃、攻撃か。出来なくは……いやだが。むむむ」
「何か思いついたようだ。それでミーシャ、ソフィアとそっちの娘は放っておいて良いのか?」
「ああそうだった。2人ともセルネに用事? 今はそっとしておいてあげなさい。それとそれ以上こっちに来るとあんたたちも巻き込まれるわよ」
一歩踏み出そうとしていたソフィアが足を引っ込め、後退していくとイルミーゼを気遣うように背中に手をそっと沿えていた。
用事があるのは彼女らしい。
「相変わらず辛気臭い顔しているわね、もう少し周りに媚でも売ってみたらどう?」
「え、お前が言うの」
あたしはアヤメに向かって握って圧縮した土を投げつけたけれど、それは躱されてしまい、舌打ちをしてイルミーゼを見る。
「……この顔は生まれつきですわ。それに、売っても買ってくれる人なんてもういないのよ」
「ランファさん、笑顔はとっても可愛らしいんですよ」
「だそうよ?」
ソフィアを睨みつけるイルミーゼだったけれど、すぐに息を吐いてうな垂れた。
「まっ、あんたリョカが好きそうな顔しているし、あの子基準の可愛いは大抵どこに行っても通じるわよ」
「リョカ、魔王リョカ=ジブリッド、ですか」
「何よ、まだ吹っ切れていないの?」
「……それほどに、わたくしの心を魔王という鎖が縛り付けているのですわ」
「聖女もその顔面に刻み込んでやろうかしら」
「返球が暴投過ぎんだろ。せめて軽々と受けられる球を返してやれ」
再度アヤメに土の塊を投げつけたけれど、やはりすんなりと躱されてしまった。そしてソフィアがイルミーゼの手を引き、アヤメとアルマリアも座っている敷物に2人で腰を下ろし、広げられている焼き菓子類に手を伸ばした。
「あなたは、レッヘンバッハ様とは全く違うのですわね」
「親父と? 一緒なわけないじゃない、やっていることも違うし、目指しているものも違うわよ」
頭を抱えたイルミーゼが隣にいたアヤメを抱き上げ、そのまま膝に乗せてぎゅっとし始めた。テッカが目を瞑った。
するとガイルが口を半開きにして呆れたような顔を向けてきた。
「なによ?」
「お前は本当に令嬢らしくねぇなぁ」
「そんなこと言われても、両親はあまり帰って来なかったからあたしほとんどおじさんとおばさんに育てられたようなものだし」
「なんだ仲悪いのか?」
「ううん、おじさんとおばさんから親父たちがどれだけ偉大なことをしたかは聞いていたし、凄いとは思っているわよ。ただ別に、あたしはグリムガントを誇ったり、家名で動いたりしないだけ」
「……なんつうか、グリムガントはこの国に住む者にとっちゃ恩人ではあるが、狭い集まりではお前とリョカを育てたジークランスの方が偉大に思えるな」
ソフィアとイルミーゼが複雑そうな顔をしており、あたしは首を傾げる。するとテッカが何か言いたげにしており、あたしはそちらに目をやる。
「いや、それでも令嬢らしからぬのはおかしいだろう。一応ジブリッドも大商会という立場だぞ」
「リョカに言いなさいよ。貴族連中は面倒と早々に切り上げたのはあの子なんだから」
全員が呆れるけれど、正直これに関してはリョカについて行って良かったと思っている。別に全ての貴族が悪いと言うつもりはないけれど、面倒は面倒である。
そんな幼少時代だったからか、あたしもリョカも国王には数回ほどしか会ったことがない。
そんなことを考えながら、あたしは改めてイルミーゼを見た。
「というか、あんた親父たちと交流があるのね」
「とてもお世話になっています。わたくしが1人でどうにもならない時はいつも――」
「あっそ、なら親父たちにしっかり礼を言いなさい。あたしに言ってもしょうがないわ、あたしはあんたの世話をした記憶なんてないもの」
「……あなた、どうしてグリムガントに生まれてしまったのですの?」
「違うわよ、リョカがジブリッドとして生まれてしまったのよ」
「また魔王ですの?」
「そうね、また魔王よ」
呆れるイルミーゼに、あたしは喉を鳴らして笑って返す。
「リョカ=ジブリッドは、魔王と――いえ、仇の、いえ、他の魔王と、どう違うのですか」
「は? あんた魔王に誰かやられたの?」
「おいミーシャ、繊細な話題よ。もう少し言葉を選びなさい」
「いやよ、あたしに気を遣ってほしかったのなら、そう言う話題は出すな。あたしは例えあたしの言葉で誰かが壊れても、それは壊れた奴が弱いって言うわ」
「……いじめっ子理論ですわね」
「馬鹿ね、イジメなんて格好悪いことなんてしないわよ。あたしは、あたしに伸ばされた手を聖女として掴むだけよ」
むっと顔を浮かべるイルミーゼをあたしが睨みつけると、彼女がたじろいだのが見えた。
「で、リョカと他の魔王の違い? それならあんた、リョカにその仇の魔王を倒してほしいって頼んでみなさいよ。喜んで受けてくれるわよ」
「――」
「たとえ話よ。ああでも、もし頼むのならあたしに頼みなさい。次はあたしがサシで魔王をブッ飛ばしてやるわ」
「さし?」
「タイマン、サシ――一対一のことだってリョカが言っていたわ」
各々が驚きの表情を浮かべる中、あたしは立ち上がってイルミーゼに手を伸ばす。
「魔王との違い? そんなことは知らないけれど、あたしもリョカも、もしあんたが泣きべそかいたのならどこぞの魔王だろうが勇者だろうが、どこぞの聖女だろうが王だろうが、女神だろうが世界だってぶん殴るわ。あんたたちを泣かすようなことを、あたしたちは気に入らない。魔王も聖女もやりたいようにやるだけよ」
あたしの宣言に呆然とする面々を横目に、あたしはイルミーゼだけを見つめる。
「もっとも、この手を掴むのなら、手を貸してやらないでもないけれどね」
意地悪な言い方だと思う。
でも、これがあたしたちのやり方なのだと改めて意識出来た。
手を伸ばそうとしたイルミーゼ――けれどすぐに手を引っ込め、頬をパンパンに膨らませた。
「お断りですわ! これはわたくしの戦いですわ、勇者にも、聖女にも、魔王にだって譲る気なんてありませんわ!」
そうしてイルミーゼが立ち上がってあたしに近づいてこようとする。
「そんな実力じゃ、いつになっても達成できないわよ。老衰でも待つ気?」
「強くなりますわ! あなたにだって、リョカさんにだって! セルネ様にも、ソフィアにだって! 絶対負けないほどに!」
イルミーゼが自分の言葉に少し泣きそうになっているけれど、それでもあの子は言葉にした、決意を抱いた。
弱々しい瞳には色が灯り、彼女のギフト同様に、光が宿っている気もした。
「そう、ならやってみなさい。ソフィアはともかく、セルネくらいなら簡単に超えてみせなさいよ」
「当然ですわ! もう誰かに任せきりの、甘えっぱなしは止めですわ! わたくしが、わたくし自身が」
「あっ」
「一歩を歩み――ふぎゅっ!」
「ランファぁ!」
その一歩を踏み抜いた瞬間、イルミーゼはあたしの戦闘圧の領域に入ってしまい、顔面から地面にめり込んだ。
セルネが助けに行こうとしたけれど、あれも動けない状態であり、何とも格好の付かない状態となっており、イルミーゼはそのまま気を失っているようだった。
「……もう少し格好つけさせてやれ」
「忘れていたものはしょうがないわ。まあそれに、格好つかなくても、今のあの子なら相当格好良いと思うわよ」
「お前は厳しいんだか甘いんだかわかんねぇなぁ。だが確かに、決意を持ったのは素晴らしいことだな。それに良い覚悟だったぜ」
「まだまだ実力不足だがな」
「これから伸ばすわよ。アルマリア」
「あ、はい」
「この子たちのこと、頼むわよ」
「……ええ、まだまだ現実を知らないみたいですけれどぉ、これでもギルドマスターです~。そう言うのも含めて、鍛えていきますよ~」
あたしは戦闘圧を解き、イルミーゼを横抱きにして持ち上げると、そのまま敷物の上に放り投げた後、欠伸をして腰を下ろし、リョカの菓子を口に運んだ。
どうにも平和な一幕に、あたしは満足するのだった。
「平和とは無縁だぞ不良聖女」




