魔王ちゃんと在りし日の令嬢
「さて……」
「リョカさん? ジンギさんは多分あちらですよ」
「え、あ~うん」
ジンギくんもランファちゃんも、僕の索敵には引っかかっている。ルナちゃんに言われなくても2人の居場所は把握できている。
けれど脚が進まない。
2人のことが嫌いだとか、そんなことではないのだけれど、嫌われているのがわかっていてわざわざ歩みを寄せるのは、少し、いやだいぶしんどい。
「あ~……元の世界でみんなが私と接する時、今の僕みたいな顔していたなぁ」
嫌われている、信用されていない。でも話を通さないといけない。これを毎日のようにやらなければいけないなんて、理不尽を通り越して拷問だっただろうに。
僕は私だった時分、泣きそうな顔で報告やその他色々をしなければならなかった部下たちに想いを馳せた。
「深く考えすぎですよ。ジンギさんも、ランファさん……は、少し事情が複雑なのであれですが、2人とも根はとてもいい子なので」
「それはまあ、そうなんですけれど。でもいい子だからこそ、こう胃がキリキリするというか」
僕は薬巻を取り出し、その煙を深く吸いこんだ。
そうして何度かの深呼吸をし、2人に会いに行くぞと決意を固めるのだけれど、ふと2人の反応が近くにあることに気が付き、ハッとなる。
「あ~ん? 魔王じゃねぇか。なにしてんだ?」
「――」
「あ、えっと、あのその……ほ、本日はお日柄もよく」
「……お前、実は社交性皆無だろ? 俺にそんなへりくだるなよ。天下の魔王様なんだし、もっと胸を張ったらどうだ?」
「え? この実った胸を張れと!」
「会話してくんないか?」
呆れるジンギくんに、僕は苦笑いを返す。
駄目だ、いつもの調子が出ない。と、僕が困っていると、ルナちゃんがジンギくんの手を掴んだのが見えた。
「こんにちは。ジンギ=セブンスターさん、わたくしルナと申します」
「え? あ、ああ、よろしく」
するとジンギくんが近寄ってきて耳元でルナちゃんについて尋ねてきた。
「おい、昨日もこの子ともう1人がお前たちの近くにいたけれど何者だ? なんだか、2人を見ていると変な感じがする」
「ルナと呼んでくださいね」
ニッコニコなルナちゃんにジンギくんが首を傾げて頷いた。
「で、魔王とルナはなにしてるんだ?」
「……あとで後悔するんだろうなぁ。えっと、今日はちょっと2人に用があってね」
「俺たちに?」
「うん、アルマリアとの訓練についてなんだけれど」
訓練について話を始めた途端、ジンギくんが心底嫌そうに肩を落とした。
「……なあ魔王、あれは訓練なのか? 俺には討伐依頼みたいな空気感に思えるんだが?」
「あれだけの敵がいたら、普通もっと人多いよ」
「つまりお前は、もっと人が必要な相手に、俺たち2人を当てようとしてるのか?」
「ああいや、うん、そうなんだけれど、僕は別に2人にはもっと時間をかけても良いと思うんだけれど……でも良いのジンギくん? 例えアルマリアとの戦闘を避けたとしても、多分直後に待っているのは聖女だよ」
「――」
絶望を通り越して何も考えていないような虚空な顔になってしまったジンギくんを僕は同情する。
ギルマスより絶望感が強い聖女とは一体何なんだろうか。はい、僕の幼馴染です。
「あの聖女強引すぎるだろ。そもそも俺たちの思惑も思想も誇りも何もかも粉々にして踏み固めるだの何だか言っていたが、一体どういう意味だよ」
「う~んと、多分ミーシャは、その、えっと」
「正直に言って良い。お前たちを見て、俺たちがどれだけ弱いのか自覚出来た」
「……じゃあ正直に言うね。思想だけ言って息巻いていた2人は、まずは現実を知ることから始めようって言いたかったんだと思う。世界も現実も知らないひよっこで弱く脆弱な――」
「もっと手加減してくれよ!」
頭を抱えるジンギくんに僕は首を傾げた。
でも実際、これ以外の言葉が見つからないほどに2人の力は弱い。だからこそ、本当の力を知って、その上で目標を立てたり、進む道を踏み固めながら進んでほしい。ミーシャが言いたかったのはこのようなことだと思う。
「まあとにかく、2人は戦闘技術云々の前に、戦うための土台が脆すぎるんだよ。だから今回の訓練では、しっかりと自分と向き合ってほしいなって」
「向き合う。ね」
ジンギくんの顔が一度ランファちゃんに向けられた。
「いやジンギくんもだよ。あなた図体がデカい割に結構小心者でしょ? だから脅された程度で折れる心をなんとかしないと――」
「だから手加減してくれよ!」
叫びながら頭を抱えるジンギくんの背中をさすっていると、それをランファちゃんが引き攣った顔で見ていた。
そして一歩二歩と後ずさっていくのだけれど、背後には段差があり、危ないと思った僕は彼女に手を伸ばした。
「――っ! いや――」
明確な拒絶の言葉に僕はハッとなり、伸ばした手を引っ込めようとするけれど、彼女を引っ張るためにそれでも手を伸ばす。
けれど、その彼女から向けられた顔に、僕は動きを止めてしまう。
憎悪――私が何度も向けられた覚えのある顔だった。
きっと状況も違うし、比べられるものではないだろうが、それでもランファちゃんと私を恨んでいた部下では意味合いは大きく違うだろうけれど、それでも怨みというものは変わらない。
そんなことをしていた私が、新たな世界でのうのうとしていたと知ったら、あの頃の部下はきっと私を刺し殺すだろう。
そんなことを思い出したからか、僕の表情が曇った。
そしてそれをジンギくんが僕より早く彼女を支えた状態で見ていた。
「ランファお嬢様!」
そんな彼の一声で、現実に引き戻されるように僕は首を横に振った。
「お嬢様、それ以上は」
「……」
ジンギくんの強く放たれた言葉に、ランファちゃんが顔を伏せ、彼の背に隠れるように引っ込んでしまった。
「いやすまないなリョカ=ジブリッド、お嬢――こいつに悪気はないんだ、許してやってくれ」
「ああうん、僕は気にしてないよ」
「俺が言えたことではないかもだけれど、そんな顔をして大丈夫はないだろう」
「……うん、可愛い子に拒絶されるのは、うん、堪える」
「お前本当にそればかりなんだな、セルネが言っていた。しっかしそんなにこいつは可愛いかね? キツそうな顔をして常に不機嫌で、可愛げなんてないだろう。ミーシャ=グリムガントといい勝負している面だろうに」
「ミーシャの前で言ったら間違いなく殺されるからね? それにミーシャといい勝負しているなら、ランファちゃんも相当可愛い部類だよ。というかジンギくん、そんなこと言っちゃ駄目だよ」
「へいへい」
ジンギくんの背中を抓っているランファちゃんをずっと見ていたい位には可愛らしいとは思っているけれど、ジンギくんがせっかく気を遣って場の空気を一新してくれたのに、野暮なことも欲望をぶちまけることをしてもしょうがないだろう。
僕は普段通りの顔を心掛ける。
「ああそうだ、セルネくんの話が出たけれど、彼の戦いを見てどうだった?」
「あ? あ~……ああ、本当に強くなったんだなあいつ。俺たちと一緒にいる時よりも楽しそうにして、何と言うか、申し訳なくなったな」
「ありゃどうして?」
「俺たちが一緒にいたら、ああはならなかっただろう。俺たちは、俺たちのせいで勇者を1人潰してしまうところだったんだなって」
「どうだろうね。セルネくんは元々真面目だし、2人と一緒にいたとしても、立派な勇者にはなっていたんじゃないかな」
実力とか思想は後からついてくるものだし、どんな道を通ったとしても彼は立派な勇者になっていたのではないだろうか。
と、少し色眼鏡を通しすぎているかなという感覚はあるけれど、最近は頑張っている子を本当に応援したくなるし、彼はとにかく子犬系だから甘やかしたくなる。
本人に言ったら拗ねそうだけれど、これからも健全に頑張ってほしい。
「そういえば昨日のことになるけれど、お前がカナデ=シラヌイに使ったあれは何だ?」
「え、魔剣。僕勇者適性もあるから聖剣顕現をちょっと魔王寄りにしてみました」
「……セルネからある程度聞いていたけれど、お前は本当にとんでもない魔王なんだな。だが昨日は途中でぶっ倒れたけれど、どうしてだ?」
すると、ジンギくんの背に隠れていたランファちゃんがひょっこり顔を出した。
「え? ああ、あれは頭を凄く酷使するのと聖剣顕現の代償として体力をすっごく持って行かれるから倒れただけだよ」
「だけってお前、そんなものを使い続けていたらどうなるんだ?」
「どうって、廃人になるんじゃない? そこまでやるつもりはないけれど、あの時はカナデを助けるために必死だったから」
そう僕が口にすると、こちらをジッと見ていたランファちゃんが控えめに出てきて口を開いた。
「どうして……」
「う~ん?」
「あなたは、魔王。どうして、もっと世界に、人に害を成そうとしないの」
「う~ん、今回のことで言うならカナデは僕の友だちだし、大事な女の子で、世界にも自慢できる可愛い女の子だから。それと、うん……だって僕は魔王だよ、誰もが諦めるような理不尽だって、魔王の僕は気にする必要なんてないもの。ランファちゃんがどんな魔王を知っているかは知らないけれど、魔王って自分勝手でしょ」
「……」
「なあリョカ=ジブリッド、お前は、友のために誰かを殺すのか? 世界を殺すのか?」
「さあわからない。でも、僕の絶慈はね、僕に夢中になってくれる人を裏切れないんだよ」
「絶慈――最終スキルだったか?」
「うん、僕のことを好きになってくれる人がいないと意味のないスキルだから、愛想尽かされちゃうとどんどん弱体化しちゃうんだよ。だから、僕は僕を愛してくれる人の顔を曇らせるわけにはいかないの」
「なるほど。セルネが、あんたを最も綺麗な魔王だと言っていた意味が少しわかったよ」
「ありゃ、そんなこと言っていたの?」
「色にボケたのかとも思ったが、なるほどどうして、納得した」
満足そうなジンギくんとは対照的に、顔を伏せていたランファちゃんが彼の袖を引っ張っていた。
「……ジンギ、わたくし、少し頭を冷やしてきます」
「ああ、行ってこい。ついでにセルネにでも会いに行ってちょっとスッキリしてこい」
「うん、ありがとう」
そう言ってランファちゃんが去って行くけれど、一度足を止めて僕を見てから、小さく頭を下げ、今度こそ早足で行ってしまった。
「悪いな、あれも複雑でな」
「ううん、でもジンギくん、ちょっとびっくりしたよ」
「うん? ああ、俺の両親は元々、あいつの家に仕えていたからな。俺も両親の跡を継ぐつもりで教育されていたからな」
「なるほどね。でも従者かぁ、ちょっと憧れるなぁ」
「いや、そもそもどうしてジブリッドとグリムガントに従者が付いていないんだよ。普通1人で外に出さないぞ」
「いやぁ、小さい頃に従者を撒きまくっていたら付けてもらえなくなった」
呆れるジンギくんだったけれど、少し神妙な顔をしたと思うと、僕の薬巻を1本ほしいと言って、彼が咥えた薬巻に火を点した。
「お嬢……ランファはな、幼い頃、目の前で両親を魔王に殺されてる」
「そう……」
「その時に俺の両親も殺されたんだけれど、俺は運よく買い出しに出ていてな。親の死に目には会えなかったが、こうしてスクスクと大きくなれた」
ジンギくんの吐いた煙が宙を舞って、行き先も曖昧なまま風に流されて消えて行った。
「俺もランファもわかってはいる、お前は仇の魔王じゃない。倒すべき魔王ではないし、恨むべき魔王じゃない。俺はもう、あんたを魔王という括りだけではなく、リョカ=ジブリッドとして見られる。けれどお嬢様は、ランファは、まだ、な」
「さっきも言ったけれど、気にしていないよ。こういうことは無理やりやることじゃない。それに、うん、大丈夫。僕も、2人ともこの世界で一緒に生きていたい人たちになるから」
「ん、それが聞けて安心した」
「さって、時間余っちゃったね。ということでどうかな、アルマリアとの訓練の前に、少し僕で練習しておく?」
「は?」
「魔王の実力、肌で感じてみる?」
「……いいだろう、やってやるよ」
僕はクスクスと声を漏らし、やる気になったジンギくんと一緒に街の外に出るのだった。




