魔王ちゃん、学園生活をエンジョイする
「で、さっきのはなんなのさ?」
「『信仰こそが我がきせき』」
スキル暴走による事件の後、次の授業がある教室へと移動した僕とミーシャだったけれど、この授業を担当している教員があのイカタコの触手をモロにくらってしまったらしく、回復するまで自習となってしまった。
ミーシャは教員がいないのを良いことに、僕の前の席の子と場所を入れ替え座り始めたから、こうして先ほどやったことについて僕は尋ねている。
「いやどこがだよ。百歩譲って信仰は良いけれど、どこがドロップだよ。あんなんただの花山だよっ!」
「はなやま?」
「ものっそいパンチが強い人。というかミーシャ、タフでもない人があんな戦い方をしてどうするのさ。少しは防御も考えなきゃ」
「手の方に回しちゃうからどうにもなんないわよ」
「そもそもそのスキルはそういう使い方じゃないと思うけれど」
分類としては支援特化型になる聖女のスキルだけれど、ミーシャのあれはどう考えても自己強化型、特質指定型はこれだから面倒臭い。使う人によってスキルの特性を変える場合がある。
一体、なにがあれば他に信仰を分け与えて活性を促し、それが癒しにも昇華するスキルを超威力のパンチスキルに変えられるのか。僕にはそれが理解出来なかった。
「だってあたしにはそれが出来ないんだもの」
「それ?」
「見ず知らずの奴を癒すなんてあたしには無理よ」
何故聖女になったんだ。と、喉から出かかるそれを僕は飲み込み、大きくため息を吐いた。
「それでも、なにも前に出るような技にしなくてもいいじゃん」
正直に告白すると、僕はミーシャの身を案じている。うん普通に心配している。
そもそもミーシャはいつだって僕と一緒になって行動している。でもこれから先、魔王である僕は危険な場面にいくつも遭遇するだろう。
あまり、彼女をそういう場面に巻き込みたくない。
「くだらないことを考えてるでしょう?」
「僕にとっては大事なことだよ」
「じゃあどうにでもなるわね」
「……あのねえ」
「大丈夫よ、守られるだけのか弱い乙女は卒業したもの」
「え、いつか弱かった時期があったの――」
言い終わるよりも先に、僕の頬を衝撃が撫で、背後の壁が轟音を上げて崩れた。
「次からは普通に当てるわよ」
「顔だけは止めてね?」
もう言っても聞かないのだろうと僕は諦めて肩を竦める。
そうして呆れていると、先ほどからチラチラと視線を向けてきているクラスメートたちに僕は目をやる。
学校というのはどの世界でも根底は変わらないのだろう。
事件を解決した生徒に称賛の声を上げたい。けれど僕は魔王で、ある程度この学園に馴染めたといってもまだ緊張しているのだろう。
すると中等部でも一緒だった子たちが上品に笑って近づいて来てくれた。
「凄かったですわ。さすがリョカさんです」
「ん、ありがとう。前みたいに様付けで呼んでもいいんじゃよ?」
「え、嫌ですわ。だってリョカさん全然淑女ではないんですもの」
ニッコリとなんという毒を吐くのか。前はあんなにも羨望の眼差しで慕ってくれたというのに。
「でも、今のリョカさんは親しみやすくて好きですわ。前はなんだかんだ言って話しかけづらかったですし」
「まあこの子たちったら」
わざとらしく照れていると、1人の女生徒が小瓶を取り出したのが見える。
「あのリョカさん」
「ちょっと甘すぎるかな。あなたならもっと果物のような爽やかな香りの方がいいかな」
彼女が取り出した小瓶には香水が入っている。
元々この世界になかったものだけれど、僕のパッパ――お父様が商人なのを良いことに、僕は可愛くなれるあらゆる技術を売った。ついでにお金も欲しかった。
「ちょっとこっちおいで」
僕は立ち上がって女生徒を座らせると、鞄から幾つかジブリッド印の商品を取り出す。そして彼女の背後に回り、くせっ毛気味な天然フワ髪を櫛を使って纏めて結っていく。
「ポニーテールって言うんだよ、覚えてね」
僕は教室の窓を開けると、彼女の手を取る。
「えっと」
「今から爪を綺麗にするんだけれど、乾燥するまで強い臭いがするから我慢してね」
僕は今度販売される爪に塗る化粧品、所謂マニキュアを彼女の爪に塗っていく。
「リョカ臭い」
「僕が臭いんじゃないんだけれど! っと、ねえあなたは確か紋章及び詠唱術型のギフトだったよね? ちょっとスキルを見せてもらえる」
「え、でもわたくし、まだ上手く扱えなくて」
「ああ大丈夫。僕が使うだけだから」
「ん? 魔王オーラでも使うの?」
「まさか。もう一個スキルが解放されたから使うだけ」
「早いわね。魔王のスキルとなるとやっぱり強力なのかしら?」
「うんにゃ、多分ハズレスキル。これ、その適性がないと使えないみたいだし」
「適正?」
「喝才」
女生徒が詠唱を始めたのを確認した僕はスキルを発動させる。
そして彼女が持つギフトを、自身の持つ適正に照合してスキルを読み取る。
「ギフトは精霊使いね。うっし、じゃあちっとそこいら飛び回っている子たちに協力してもらおうか。『幼き精霊遊戯』魔王リョカ=ジブリッドが命じます。風の精霊よ、この教室内に風を吹かし、強き臭気を外へと運びなさい」
風の精霊たちが風を吹かし、次々と臭いを外へと追い出していく。
僕は満足げに女生徒への作業に戻ろうとしたけれど、みんなからの視線を感じ、首を傾げる。
「いやあんた、なにそれ?」
「喝才? 他人の初期スキルが使えるようになるスキルだけど」
「ハズレスキルって言わなかった?」
「ハズレだよ。だってまず近くの対象にしか効果ないし、それに自分に適性があるギフトじゃないとスキル使えないもの。ほら、最初に選出したあれ」
石碑に触った際に出てきたギフトと同じギフトのスキルしか使えないため、魔王にとっては使いどころの限られるスキルで、どうにも使い勝手が悪い。
「いや、それは普通の魔王がでしょ? あんた一体いくつ素質があったと思ってるのよ」
「さあ? 数えてないし。さてじゃあ乾くまでの間に。ちょっと前失礼するね」
スキルについての説明は面倒だし、ちゃっちゃとやってしまおうと僕は女生徒の爪を塗った後、彼女の制服の胸元を着崩し、アイラッシュカーラーを使ってまつ毛を上げるなどの目元を中心にした軽めの化粧を施した。
そして最後に柑橘系の香水を薄く首筋に吹きかけた。
少し経ち、マニキュアが乾いたタイミングで、僕は彼女に最近やっと製品化に成功した手鏡を使って、出来を見せる。
「まあ……」
「可愛く出来たでしょう?」
「は、はい。すっごく、キラキラしていますわ」
「元々素材が良いからあまり手を加える必要もないんだけれど、やっぱりお化粧すると引き立つんだよね。うんうん、可愛い可愛い」
喜ぶ女生徒に、僕の顔がほころんでいく。やはり可愛いは素晴らしい。こんなにも嬉しくなる。それに――。
先ほどのスキルの使用でどこか引いたような雰囲気だったクラスメートたちが興味深そうに、そして自分にもやってほしそうにしていた。
僕がクラスの女生徒たちに手招きをすると、彼女たちは挙って押し寄せてきた。
「まっ、あとで話してあげるからちょっと待っててねミーシャ」
「はいはい。まったくあんたは」
呆れたミーシャに笑顔で返事をする僕はとりあえずこの自習の時間に、敬愛するお父様のため商品を宣伝することを決めるのだった。
登場人物
ジークランス=ジブリッド リョカの父親。
ヘリオス=ベントラー リョカたち学園のスキル講義担当教師。
セルネ=ルーデル リョカたちと同級生の勇者。
ソフィア=カルタス 眼鏡ロリで、ギフト鍵師の同級生。