魔王ちゃんと銀の腕
プリマを傷つけてしまうのは非常にまずい。
多分、カナデは今記憶が混濁しているのではないかと推測しているのだけれど、もしプリマを傷つけたらカナデには傷が残る。
その状態は当然健全とは言わず、僕としてはこれからもカナデには笑っていてほしい。
ミーシャもテッカもその結論に辿り着いたのか、必死でそれを止めようとした。
けれど――。
無情にも舞台から響いたのは肉を切り裂く音と、少しして粘り気のある水が滴る音。
「わぷっ」
しかしモフと舞台に落っこちたプリマがコテンと小首を傾げていた。
最悪の事態は免れたかと安堵するけれど、一体何が起きたのか、誰かがそれを防いだのか、それとも……。
「これ以上……」
「カナデさん!」
聞き慣れた声にソフィアが駆け寄った。
元に戻ったのかと僕はミーシャと顔を見合わせたけれど、カナデの正面に立っているテッカが顔を引きつらせており、僕たちは訝しむ。
「あたしから、大好きを、奪わない、で」
カナデの言葉に、駆け寄って行ったソフィアが息を呑んだのが見えた。
そして、プリマが口を開けたまま泣きそうになっており、僕はやっとまだ最悪が続いていることを理解する。
「カナデちゃん! カナデちゃん!」
「プリマも、ソフィアも、あたしは、大好きだから……だから、傷つけないし、傷つけさせない――」
息も絶え絶えのカナデ。けれどその理由がわかり、僕はすぐにそれを形にしようと思考を加速させる。
プリマとテッカに振りかざされたナイフが、カナデの腹部に深々と刺さっており、まるで切腹するかのように彼女が刃を横に動かしていた。
そしてそんなカナデがテッカに目をやり口を開いた。
「ねえ、キサラギの人、ソフィアに、どうして強くなりたいか聞いていたよね。わたくし、あたしは……あたしの大好きと、ずっと一緒に笑っていたいから、だから、強く――強くっ」
「――ッ!」
テッカが傷を引きずりながら動き出し、倒れ掛かるカナデを受け止めた。
「リョカぁッ!」
ナイフで傷つけられた傷口から血を噴き出しながら、テッカがカナデを抱き上げ叫びながら僕に向かって彼女を投げてきた。
もう少し優しく。とも思ったけれど、それほどに時間がない。すでに致命傷のカナデ、1分1秒が惜しく、その声に応えるように、僕はそれを創り上げる。
そんな風に思考を加速させながら、僕は指を鳴らし、応急処置ではあるけれど、魔王オーラに月神様の信仰を乗せて簡易治癒をテッカとソフィアに当て、カナデが入ってくる箇所の結界を消した。
僕が練り上げるのは私が描く僕の信仰、セルネくんが練り上げたたった1つの聖剣。
一度創り上げたイメージはきっとそれで固まってしまうけれど、とっておきを今切らずにいつ切るのか。
どれだけ考えても、ギフトの効果がないカナデを治療するものを作るのは難しかった。
けれど、協力してくれると言ってくれた。
僕は医者でもないし、その分野の知識など一般人が持っているイメージ程度の物で、私の世界であったのならこんなもので医者の真似事など出来るはずもなかった。
でもこの世界では違う。
知識をギフトで補う。技術をスキルで補う。
僕にはそれが出来るほどの力がある。
魔王だから出来ること。
僕は僕の友だちを、カナデを絶対に殺させはしない。
「喝才・聖剣顕現――否、魔剣解放・『信仰は銀姫の腕となる』」
私がでっち上げた僕のイメージ。
それを聖剣顕現の核として僕は僕だけの聖剣――否、魔剣を作り出した。
僕1人の信仰だけで事足りるというのなら、僕だって聖剣を作れるはずだとセルネくんの戦いで思いついた。
本当なら、強敵との戦いにとっておこうと思った切り札だけれど、それよりも大事なものがある。
だから僕はこの魔剣を創り上げた。
周囲に幾つかの銀色の球体が現れ、僕の周りをふよふよと飛び回っている。
そして飛んできたカナデをガイルが受け止めてくれ、ゆっくりと客席に下ろしてくれた彼に礼を言うと、僕は大きく息を吸う。
傷は深く、臓物が腹部から出てきそうだった。
医学の知識はない。
けれど傷を塞ぐこと、治療の間も生かし続けること。それだけはイメージとして持っている。
僕はアガートラームに魔王オーラと現闇を流し込むと、球体から腕が生えた。
その球体の腕は傷口に手を突っ込むと、傷ついた血管の代わりとなる闇を流し込み、細い細い管へと姿を変えていく。
けれどやはり、血が足りない。
手術の時、大量の血が必要になると聞いたことがある。
けれどこの世界、血液型も調べていなければ、血を蓄えるという文明もない。
これだけは僕にはどうしようも出来なかった。
けれど、その血のスペシャリストが僕に力を貸してくれると言ってくれた。
球体の1つに、僕の腰に掛かっていた神官服の小さなクマが乗り込んだ。
彼は生前、血液の毒性についても研究しており、血液が数種類あることも知っていた。
故にそれを分けて使っており、今クマの姿ではあるけれど、生前――ロイ=ウェンチェスターが生きていた時分に蓄えていた血液はそのままであるために、カナデの治療のために使いたいと申し出てくれた。
血を絶やさぬように血を放出し続けてくれるロイさんに感謝しながら、僕はカナデの傷ついた血管を次々と闇に取り換えていき、小さくした手でゆっくりと心臓を動かし生かし続けていく。
集中力が途切れそうになる。
幾つもの腕を頭の中で操作するのも、魔王オーラを途切れないようにするのも、頭が焼ききれそうになるほど酷使している。
しかも体力を大量に使う聖剣との併用だ。正直しんどい。
けれどここで止めるわけにはいかないし、ここまですっ飛んできた狐のお嬢様をこれ以上泣かせるわけにもいかない。
僕は強く強く意識を保ち、そして最後に腹部の傷を闇で縫うとそのまま力が抜けて座り込んでしまう。
「リョカ」
「あ~……しんどい。聖剣って、本当に効率悪いなぁ」
そうやって僕がぼやくと、僕の膝にプリマが飛び乗ってきた。
「リョカお姉さま、カナデちゃんは」
僕はプリマの頭を撫でると頬笑みを浮かべる。
「うん、もう大丈夫だと思う。傷は塞いだし、ロ――血もちゃんと体を巡っているみたい」
「わぁ!」
プリマが僕の体にふかふかの体を擦りつけてくる。
そんな彼女を僕は抱き上げてカナデの頭に乗せる。
喜ぶプリマを僕が眺めていると、ガイルが何か言いたげにこちらを見ていた。
「それについて、俺は今聞いた方が良いのかい?」
「あ~、説明しても良いんだけれど、ちょっとしんどい。ちょっと休むから、ヘリオス先生と協力して、後のことお願い」
僕がそうして倒れ掛かると、嗅ぎなれた頼もしい香りが鼻を通り、僕は幼馴染に笑みを向けた。
「さすがね。ゆっくり休みなさい」
「ん、ミーシャも後のことよろしくね」
「ええ」
ミーシャの返事に、僕は眠るように意識を手放すのだった。




