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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
10章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、学園で戦闘訓練を見る2

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邪見の精霊使いと誰も知らぬ炎

 ああ、体が動かない。

 視界もぼやけてきた。血を流しすぎたのだろうか。体が冷たく、流れる命が通った跡は暖かいけれど、切られた箇所がずきずきと痛むし熱い。



 ずっとずっと、あたしの耳にキャンキャンとつんざく様な声が聞こえている気がする。



 ああ、泣かないで、あなたが泣いてしまうとあたしは笑っていられなくなる。



 少し手を動かし、そのモフモフとした毛並みに指を這わせる。



 初めはよくわからない生き物だと思った。

 喋らないし、そのくせあたしの傍から離れようともしないし……最初怪我をしたあなたが空から降ってきた時、本当に驚いた。



 あたしは頭が悪いから、怪我の治療なんて出来なかった。

 でもなんとなく、あなたはあたしに似ている気がして、放っておけなかった。



 すぐにスキルを教えてくれる先生の下にあなたを連れて行ったけれど、先生は困ったような顔をしていた。

 曰く、その視えない生き物はきっと精霊だろう。曰く、精霊使いではないと治療は難しい。



 あたしは混乱して、精霊使いを捜しに行くと言い、部屋から出て行こうとしたら先生に手を掴まれ、精霊使いならいるだろうと言われた。



 あたしが首を傾げていると、あたしを指差す指が見えた。



 ああそうだ、あたしは、唯一の適性があった精霊を使役する者だった。



 そこから、先生の指示でその獣の治療が開始された。

 あたしは慣れない手つきで治療をしていき、やっと精霊の呼吸が安定してきた時、ついつい泣いてしまった。

 先生はよく頑張ったと褒めてくれたし、あたしはとても嬉しかった。



 治療が終わった後、目を覚ましたあなたがそのクリクリした瞳であたしを見上げ、そして自分の体が治療されているのを見て凄く嬉しそうにしていた。

 そして先生に契約してはどうかと提案され、あたしはあなたに契約をしていいかと尋ねた。



 あなたは躊躇なく頷き、あたしの胸に飛び込んできて、ずっと体を擦りつけていたっけ。



 そこからはいつも一緒。

 精霊のことがわからず、ご飯もあげずにただ走り回らせていたにもかかわらず、あなたはずっとあたしの傍にいた。



 やっぱり、似ているんだと思った。

 あなたは1人だった。あたしも、1人だった。



 成人前の教育課程で通っていた学校、あたしが始まった(・・・・)のはそこから。

 いつの間にか、紛れ込むかのようにそこに立っていた。



 親兄弟はおらず、頼れる人は誰もいない。

 あたしにあったのは、その学校で生活するための道具とお金、それとカナデ=シラヌイという名前と、誰かと交わした約束。あとは何もわからなかった。



 笑っていて。

 そんな呪いのような約束にあたしは縛られて、出来もしないのに1人で生きようとした。



 けれど上手くいかなくて、笑っているのがつらかった。



 でも、その約束を守れなかったら、あたしは本当に何もなくなってしまうから、どれだけ辛くてもずっとずっと――笑っていようとした。



 周りには誰もいない。1人、ずっと1人……縋るものもなく、繋ぎ止めるものも曖昧で不確定なもので、潰れそうになっていた。



 そんな時、あたしは大好きになった人たちに出会った。



 その人は、1人端の方で昼食をとっていたあたしと目が合った瞬間、駆け寄ってきてあたしの頬に両手を添えて言った。



「笑うっていうのは、楽しいから笑えるんだよ。喜怒哀楽が機能していない笑顔なんてただの自傷行為」



 本当にあたしは吃驚した。

 温かな両手で、あたしの頬を内側に押し込みながらフニフニしてきた彼女は、ジッとあたしの目を見つめ、あたしを、あたしだけを見てくれるような綺麗な瞳で、そう心配してくれた。



 今まで覚えたことのない暖かさに、あたしはその場で涙を流した。



 そこから、彼女と、彼女の幼馴染だという格好良い女の子の2人があたしにいろいろと教えてくれた。

 何も知らないことに、格好良い女の子は訝しげだったけれど、優しくて可愛い彼女はそれを疑いもせずにこの世界で生きる術を一から教えてくれた。



 あたしが、1人ではなくなった日。



 色々と教えてもらっている時は、どこのどなたかもわからなかったけれど、周りに耳を傾けてみたところ、2人はどこぞの令嬢だという話を耳に入れた。

 だからあたしも、2人に近づこうと貴族っぽい話し方をしてみたけれど、2人は笑っていた。



 でも、可愛く素敵な彼女が、それはそれで可愛いと言ってくれたから、あたしはそのままでいることにした。



 あたしは1人ではなくなった。けれど、この精霊は1人だった。



 あたしも、2人のようになりたかったから、あたしを繋ぎ止めていた約束に、約束を重ねることにした。

 1人だったあなたの顔が曇らないように、あたしは笑うから。あたしが笑っていられる理由を、もっともっと大きくしたいから。



 だから、あたしは笑っていなければならない。

 今度は、本当に大好きのために笑っていたいから。



 だから、泣かないで。



 視界がぼやける。



 血が多く流れた。



 今までを振り返ったけれど、何処かに飛んで――いや、塗りつぶされていく。



 消したくない。

 残していたい。



 まだあたしは、その約束を、叶えていない。



 待って、行かないで。




 真っ暗になる意識に、あたしの知らない(・・・・)炎が浮かんでいるのだった。

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