魔王ちゃんと邪見の精霊使い1
「わたくし登場! ですわ」
赤茶の髪を揺らしながら、カナデが元気いっぱいに宣言した。
どんな場面でも揺るがない彼女の存在は場を支配するほどに強烈で、その大声と天真爛漫な笑顔に、客席の生徒たちも頬を緩ませていた。
「本当、しょうがない子ね」
「だねぇ。しっかしカナデってあんなに近接戦闘できたっけ?」
まるでテッカを追えているような技選択で、僕は首を傾げた。
するとそれを聞いていたセルネくんが小さく手を上げたのが見えた。
「いや、カナデは多分、近接戦闘の技術だけなら学年で上位の方だよ」
「え? そうなの」
「うん、ミーシャみたいに力で圧倒するわけじゃないんだけれど、こう何というか体の動かし方が上手いというか、技? を駆使しているというか」
そういえば、この学園に入学する前にいた学校では、近接戦闘の授業でいつも騒がしかった気がする。体を動かすことが好きなのは何となく知っていたけれど、戦闘技術に生かされているとは思っていなかった。
「ほ~、あのカナデって嬢ちゃん、昔のテッカみたいに戦うんだな」
「昔のテッカ?」
「ああ、俺たちがまだギフトでの戦いを試行錯誤していた時は、あいつも技を駆使していたな。だが最近では、この技は人を殺すものだからつって使わなくなったな」
「あ~、テッカって殺し専門の家生まれなんだっけ?」
「そうそう、ベルギルマの裏社会では知らん奴がいないほどには大きな家だったな。今はあいつが当主で、その手の仕事は請け負っていないそうだが、もう1つの大きな家が全部引き受けているってすっげぇヤな顔をして言っていたな」
「ふ~ん」
ガイルの話を聞いていると、アヤメちゃんが複雑そうな顔をして顔を伏せており、僕は彼女に焼き菓子を差し出してみる。
「……まあうん、あいつの気持ちもわからんでもない」
「なんの話です?」
リスのように可愛らしく焼き菓子を頬張るアヤメちゃんを撫でていると、舞台で動きがあり、僕は視線を戻す。
「ソフィアごめんなさいですわ」
「いいえ、お腹の調子はもう良いのですか?」
「ええ、完全回復ですわ!」
「というかカナデちゃん、もう少し限度を考えようよぅ」
「無理ですわ!」
「この頭お花畑ぇ」
「お花が咲いているのなら素敵ですわよ?」
「はいはい――それでソフィア、プリマたちはどう動けばいいのぅ?」
「そうですね……とりあえず私に時間を作ってもらえませんか? あの速さ、第2スキルまででは太刀打ちできません」
「りょ~かぃ。カナデちゃん、とりあえずプリマたちはあの男をけん制しつつ、行動を妨害して、ソフィアの召喚を成功させるよ」
「わかりましたわ! 真っ直ぐ行ってブッ飛ばす! あらゆる手段でぶちのめせばいいんですわね!」
「話聞いてた! ってちょカナデちゃん――」
前に飛び出したカナデをプリマが急いで追いかけて肩に飛び乗った。
そしてテッカと対峙する精霊使いの顔は自信満々で、対する風斬りの顔はどこか複雑そうだった。
「……まさか、こんな形で対峙することになるとはな」
「ん~? わたくしは楽しみにしていましたわよ?」
「楽しみ。か。おいシラヌイ、お前、さっきの追えていただろう」
「さっき?」
「これのことだ――」
瞬間、またテッカの姿がぶれた。が、突然鳴り響く金属音といつの間にかその場から消えていたテッカがカナデの持っていた短刀とつばぜり合いになっていた。
「マジか、テッカの初撃を防ぎやがった」
「しかもあの子、なんの苦も無く、さも当然とも言わんばかりに受け止めているわね。あんなに強かったかしら?」
ミーシャとガイルの驚きは尤もだけれど、少し気になる。
前にダンジョンに行った時、カナデは技を使用しなかった。出し惜しみをしていたのかとも考えたけれど、彼女の性格上無理だろう。
でも、あれほどの技術、すぐに身に付くわけでもないだろうし、ずっと持っていただろうけれど、どうにもそれを使った場面を僕は見たことがない。ならばあれを使う状況に陥っていないということなんだけれど、予想できる条件というのが、どうにも合致しない。というかカナデらしくない条件で、僕は首を横に振る。
「……おいリョカ、何を考えてる?」
「え? ああいや、僕はカナデと一緒に依頼に行ったことあるけれど、あんな戦い方はしなかった。だから何か条件でもあるのかなって考えたんですけれど、その思いついた条件が、カナデっぽくないなぁって」
「そうね、カナデっぽくはないわね。でも、俺は違和感ないわよ」
「え、どうして――」
アヤメちゃんの意味深な言葉に彼女の顔を覗き込もうとするけれど、突然客席が湧き、僕の視線は引っ張られるように舞台に向けられた。
そこにはテッカの攻撃を次々と防ぐカナデの姿があった。
最早速すぎて常に姿が見えないテッカだけれど、金属音と的確に攻撃に合わせて動くカナデだけが舞台にあり、高レベルの戦いにみんな興奮していた。
「すっげぇなあの嬢ちゃん、戦闘技術だけならお前らよりも上じゃねぇか?」
「う、うん、正直僕も驚いてる。いくら毒で動きが鈍くなっているとはいえ、あの速度についていけるものなんだね」
僕が感嘆の声を上げると、控えていたソフィアに動きがあった。
「行きます――六門の四、腕を伸ばす我が同胞、苦痛に焦がすその心、我がために全てを落とし入れろ。『六つに別れし扉の四』」
ソフィアの四つ目の門、そこから現れたのは人のような形をした何かなのだけれど、全身真っ黒で顔は三つの点があるだけの、よくシミュラクラ現象の例えで出されるような顔をしていた。
そしてその召喚された一体がぬっと動き出し、人だと口がある個所の点を大きく開いた。
「――――――」
声とは思えないほど奇妙な叫び声を上げたそれに、僕は嫌な予感を覚え、瞬時に魔王オーラの結界にリリードロップを流し込んだ。
そしてその予想は正しく、声を聞いただろうテッカが頭を押さえて苦しみだした。
しかも結界を強化したにもかかわらず、その声は客席にまで届き、全員が頭を抱えた。
「結界張ってこれか」
「あんだこれ……精神干渉か」
「あのソフィアって言う子、本当にヤバいわね」
「う~ん、女神にも影響する精神汚染ですか。これは、一体」
「あの感じから人間道なんだろうけれど、もうちょっと幸せにあふれていたような気もするよ」
僕がさらに結界を強化して、やっと影響が弱まったことに安堵していると、ミーシャが不思議そうな顔をしていた。
「いや、どうしてカナデはピンピンしているのよ」
「え? うわっ本当だ。マイペースもここまでくると最早スキルだね」
「……まあ、シラヌイに効くわけないわよね」
アヤメちゃんの様子がどうにもおかしい。
けれどこれ以上語る気もないのか、ため息を吐く彼女を横目に、僕はテッカの様子を覗う。
「これは、動くのがやっとか。全く厄介な――それで、シラヌイはここからどう動く」
「当然、ブッ飛ばしますわ!」
「う~、頭痛いよぅ。どうしてカナデちゃんは平気なのよぅ」
「知りませんわ! とにかくプリマは離れていなさいな」
プリマを戦闘域から逃がしたカナデが、嬉しい顔文字のような顔をして突然フリフリと腰を振りだした。
なんだあれ少し可愛いな。と、僕が和んでいると、彼女の服から鎖鎌やらナイフやら鉤爪やら全く可愛くないものがガチャンと音を立てて落ちてきた。
「それじゃあ行きますわよ!」
武器を手にしたカナデが、心底楽しそうに、その輝かしいまでの笑顔を以ってテッカへと戦いを挑むのだった。




