魔王ちゃん曰く、ミーシャ=グリムガントをワカっていない。
「リョカ=ジブリッド、君は面白い戦い方をするな。柔軟性のある君の思考には敬意さえ覚えるよ」
「ありがとうございます。で、ミーシャはなにを考え込んでるのさ、幼馴染が褒められてるんだぞぅ」
「一点集中、そういうことも出来るのね。それならあたしも似た要領で――」
「ミーシャ?」
ぶつくさと呟くミーシャが多少心配になり、彼女に触れようと手を伸ばすのだけれど、校舎から駆けて来た影に僕は手を引っ込めてげんなりする。
「見つけたぞ魔王、今度は逃がさないぞ!」
新たに3人ほど人が増えた勇者御一行が現れた。
全部で4人パーティー、しかも見事にハーレムで、彼の周りにいる女生徒からも敵意を向けられているのがわかる。
「どうやったのかはわからないが、聖女様は返してもらうぞっ!」
「……ねえ先生、今回の勇者様はもしかして、頭の中木くずでも詰まってる?」
「残念ながら私にそれを証明する術はない。彼のクラスのスキル講座も受け持っている私から言えることは、授業中は黙っていてくれ。ということだろうか」
授業中もこんなのなのかと僕はがっかりする。
学園も魔王に対して警戒するよりも、勇者の株が下がりまくっている現状をどうにかするべきではないかと声を上げたかったが、一仕事を終えた僕にその元気はなく、彼をスルーしようとした。
「逃がさないと言っているだろう!」
「さっきのをぶつけたら一発で黙ると思いますよ」
「止めてくださいよ先生」
おかしそうに笑うヘリオス先生に盛大なため息を吐き、僕は指を構えようとするのだけれど、勇者くんの背後で何事かを呟いているミーシャが目に入り、首を傾げる。
「うん、信仰を一点に。やるべきことは平和を乱す者の排除。あたしに奇跡は起こせない――よし、リリードロップ」
ミーシャがスキルを発動したのはわかった。
彼女の右手には淡く、どこか暖かい橙の光。教会に属していなくとも、神にその身を捧げていなくとも、あの光は神聖なものだとわかる。
あれこそが主の奇跡、聖女が持つ世界を導く奇跡――。
「ん~?」
の、はずであるけれど、何故およそ支援特化に含まれるだろうあのスキルを拳に纏わせているのかが僕にはわからなかった。
そもそも聖女のスキルとはあの神聖な光、つまり信仰を癒しなどに変える。はず、なのだけれどどうにもミーシャの纏っているそれは癒しとは遠くかけ離れているような気がしてならない。
僕は嫌な予感を覚えつつ、彼女の動向を見守る。
「見せてやるっこれが勇者のスキルだ」
「……」
「へ――」
大きく振りかぶったミーシャに抱いた僕の印象は、あれであった。
拳に込められた本来なら何者にも優しいはずの光。しかしそうじゃなかった。
あなたたちはワカっていない。ミーシャ=グリムガントという人物を――。
防御など最初から考えてないかのような、本来なら隙だらけの大ぶりの構え。
しかしひよっこ勇者にはそれを避ける技量もなければ、それを受け止めるだけの度量もなかった。
橙の光を纏うミーシャの拳は一寸のずれもなく、勇者くんの顔面に叩き込まれた。
「うぐぇぇッ!」
ダンプカーでも衝突したのかというような轟音、あれがまさか一人の人間が殴った際に鳴る音だと誰が思うのか。ましてや聖女。
この間までとは比べ物にならないほどの威力を持った圧倒的破壊力のパンチ。
それが聖女のやることかと僕は体を震わせる。
「ま、まだやるかい?」
「なんであんたが聞いてんのよ」
「ミーシャ、信仰は攻撃の手段じゃないんだよ」
「平和こそ主が求めることよ。これで平和になったんだからきっとお喜びよ」
ぶっ飛んでいった顔面がめちゃくちゃになっている勇者くんを横目に、僕はただ震えることしか出来なかった。
すると喉を鳴らして笑っている先生が近づいてきたために、僕は目を向ける。
「防御のスキルを攻撃に使う魔王様と癒しの力を攻撃に使う聖女様、私からしたらどっちもどっちだと思うがね。ああそれと、面倒事になりそうだったから、ソフィア=カルタスは医務室に運んでもらうように指示を出しておきました」
「……さいですか」
ミーシャについてはあとで聞くにして、どうにも僕の周りの人々のキャラが濃くなり始めていることに危機感を覚え始めるのであった。