魔王ちゃんとカルタスの娘
「まったく、少し見ない間にどいつもこいつも相当腕を上げるな。この世代、災厄の世代といわれてもおかしくはないぞ」
「隣に並びたい背中がありますので」
「それが災厄だと言っているんだ。まったく、揃いも揃って魔王と聖女の背を追うなぞ前代未聞だ。俺たちの世代は誰もが勇者に憧れていたのだがな」
「この学園に入るまでは、私もそうでしたよ」
次々と襲い掛かってくる畜生どもを冷静に切り裂きながら、テッカが頭を抱えていた。
尊敬されるのは良いことでは? と、僕はニヤケ顔をテッカに向けてみる。
「……最近は共に行動していたからな、段々とあの魔王にも腹が立つようになってきたよ」
「同格に見ていらっしゃるのですね。羨ましいです」
「お前はああはなってくれるなよ、ただでさえミーシャの面倒で手一杯なんだ」
ソフィアが口元を押さえて上品に笑いながらもさらに召喚をし、大量の動物たちをテッカへとけしかけた。
「やはり面倒だ、一気に千切るぞ――神装・百壊」
これ、相手がソフィアだからいいけれど、本来なら最終スキルを人に向けてポンポン繰り出すものではないのではないだろうか。僕は訝しんでみるけれど、すでに発生したがしゃどくろに肩を竦める。
百壊が動物たちを次々と切り刻んでいく中、学園生たちは上位スキルにそれぞれ戦いていたり怖がっていたりと客席がどよめいていた。
しかしふと、近くにいるガイルが首を傾げており、僕は戦いを注視する。
「……ん~? テッカの奴、動きが悪くなったか?」
「そう? 相変わらず速いし戦闘が上手だと思うけれど」
「いや、う~ん?」
ガイルが心配しており、僕は隣のミーシャに目を向けるのだけれど、彼女も何か違和感があるのか首を傾げている。
「何だか体を庇っているようにも見えるわね」
「テッカさんに限ってそんなことはないと思いますよ~。大抵の攻撃ならかわしますし、リョカさんではないんですし、ソフィアさんが超速の攻撃を繰り出せるとも思えませんよぅ」
3人が思案しているから、僕はさらにジッとテッカの様子を覗う。
すると、テッカが消し飛ばした異界の生物の中に小さな何かがいたことに気が付く。
衝撃で消えるほどの脆弱な生物、けれど大きな動物に混じって大量のそれらが地に落ちて消えて行く様を僕は引き攣った顔で見つめた。
「リョカ?」
「神経毒……クモ、ムカデ、クラゲもいるのか」
「あんだそれ? テッカは毒を喰らったのか」
僕はチラとルナちゃんを見る。
「えっと、神経毒というか、リョカさんはアレルギーの方を心配されているみたいですか?」
「うん、それって聖女の癒しで治る?」
「治せますよ。聖女の癒しは割と万能ですから」
それならば一安心。と思うのと、だから医学が発達しないのかと万能すぎる力は発展を阻害する物だと垣間見た。
とはいえ、こんなところでアナフィラキシーなんて起こったら、テッカも苦しいだろうし、ちゃんと見ておかなければならないと僕は集中する。
「くっ、これは?」
「私ではテッカさんを追えませんので、制限をかけさせてもらいました」
「……本当に厄介だなお前は。リョカとミーシャとも違うが、脅威度なら負けず劣らずというところか」
百壊に怪物たちを倒してもらいながら、テッカがよろよろと後退している。
「ありゃ?」
けれどそのテッカから覚えのない気配がした。
「お、今回は早めに切ったな。リョカ、ミーシャ、よく見ておけ。あれが別次元の速度だ」
ガイルのしたり顔に僕とミーシャは首を傾げて舞台に目をやる。
「『絶影 ・ 転』」
空気が揺れた。
テッカの姿がほんの一コマぶれた気がした。
「38回」
「え? なにリョカ――」
瞬間、テッカを囲っていた畜生たちの首が飛んでいった。
「……天神と差別化するのなら、あっちはあり得ないほどの超加速、初速が追いきれない」
「追えてんじゃねぇかよ」
「あれ本気じゃないでしょ。動きにまだ余裕が見えるよ」
「リョカさん本当にすごいですね~、私だってあれを使われたら追えないのに~」
「ギフト・影喰ですね。本当にテッカさんは速さに特化していますよね」
「さすが俺の加護を受けた獣の末裔。テッカみたいなのがいると、俺も鼻が高いわ」
ルナちゃんとアヤメちゃんの称賛を聞きながら、僕はソフィアに目をやる。
あの一瞬で、テッカは周囲の畜生たちだけではなく、ソフィアにも傷をつけており、傷つけられた腕を彼女が庇うように抱いていた。
「……行動を制限したはず、なのですけれど」
「ああ、今も体が痺れているよ。おかげで、思ったほど速度が出ない」
「それで全力ではないのであれば、私に勝ち目は皆無ですね」
「お前は俺に勝つつもりだったのか?」
「難しい問いですね。金色炎の剣である風斬りのテッカ=キサラギ様に勝てるなど驕ってはいません。けれど、殺し合いではなく、私の実力を計る視線がある以上私はどのような状況であれ、勝つことを目的とした心意気でなければ、きっとガイル様にも、テッカ様にも、アルマリア様にも私の姿は映らないでしょう」
ハフと息を吐いたソフィアが手詰まりなのか、その小さな肩を竦ませた。
ソフィアは本当に強くなった。
僕たちのいない間、一体どれだけの修羅場をくぐってきたのかは想像も出来ないけれど、すでに彼女の顔つきは学生でも守られる令嬢でもなく、ギフトを操る強者の顔をしていた。
「ソフィア、お前は何故強くなろうとする。セルネは約束、オルタ、タクト、クレインは仕える主のためだ。だがお前はカルタスの家の者だ、わざわざ危険な道を行かずとも家で受けた教育とその名を携えていれば、望む明日をつかみ取れるだろう」
テッカの問いにソフィアは手に持った鍵を振り、あちこちに呼び出していた畜生たちを門へと帰した。
そして目を瞑り思案していた彼女が目を開け、小さく、だが力強く微笑んだ。
「テッカ様、確かにカルタスの名は強大な力を持っています。王位などないほど遠いですが、王族の血も混じっているこの名を私は誇りに思っていますし、お父様やお母様、この名を強くしてきた方々全てを尊敬しています。テッカ様が言うように私はこの名に恥じないように生きてきたつもりですし、名を使えばきっと明日は安泰でしょう」
「それなら――」
「ですが私はもう、憧れるだけの私でいたくはないのです」
「……」
「カルタスの名を持つ全てに憧れ、そしてこの名と共に歩んでくれた勇ましき者に憧れ、そして――」
ソフィアが振り返り、その大きな瞳と僕とミーシャの視線が交じり合う。
「いいえ……私は、憧れという壁を飛び越え、その背中を追い越すほど強くなりたいのです。そうして憧れを飛び越えた先に、私が成すべきことがあると信じているのです」
「随分と高い背中を追っているな」
「ええ、それはもう、とんでもなく遠くに早く――だからこそ、私も止まれないのです」
ソフィアの答えに、テッカが喉をクツクツと鳴らした。
すると近くで見ていたガイルが口を半開きにして自身を指差したのが見える。
「え、何あれズルい、俺もやりたい。セルネ、お前はどうして強くなろうとしてる?」
「え? あ、えっと、その?」
「おっさん今良いところなんだからちょっと黙ってなよ」
「あんたはああやって語り掛けるより殴り合っている方がぽいわよ」
「……勇者の扱いが雑じゃねぇか?」
拗ねるガイルの肩を叩きながらも、僕はソフィアをジッと見つめた。
初めて彼女と依頼を受けた時、彼女は羨望の眼差しを僕たちに向けてきていた。けれどそれはいつしか隣並び超える壁へと変わり、ただ背中を見るだけの幼い瞳ではなくなっていたのだと感慨深くなる。
「それほどの壁を見据えているのなら、まだ及第点をやるわけにはいかないな。今の話で評価の段階が数段上がったぞ」
「高速召喚できるのが第2スキルまでなので、テッカ様相手だとどうにも」
「速さを極めろ。速ければ速いほど、強さの先にもすぐに到達、す、る――」
テッカの速さ論に、僕はアルマリアを抱っこして胸を張ってみせる。
「……転移能力所持者め。あれは参考にするな、あてにならん」
「あはは。でも実際、私は手詰まりなんですよ」
「それは残念だ、ならばここで終わるしかないな」
苦笑いのソフィアにテッカがじりじりと距離を詰めていく。
「絶影・転――」
テッカが足を踏み出し、その圧倒的な速さでソフィアに攻撃を仕掛けた刹那、風が奔る。
全てをひっくり返すようなマイペース、己の世界しか存在しないかのような自己中心的な戦意。愚者と呼ぶべきかピエロと呼ぶべきか――否、これこそまさにジョーカーだろうか。
「『無垢な精霊演舞』」
「これはっ!」
「空を駆るは蒼炎の煌めき、我らは舞う、舞う、舞う。表不知火――花神楽」
青い炎で出来た鞭が舞台のあちこちで音を鳴らし、炎の花を咲かせる。
そして舌をベッと出した可憐な精霊使いがウインクをしながら大袈裟な動作でテッカを指差した。
「プリマ!」
「ほいきたよ! 燃えちゃえ!」
小さな狐さんが可愛らしく飛び跳ねると同時に、テッカの進行方向にある花が蒼い炎を上げて爆発し道を塞ぐ。
「シラヌイか」
「ソフィア、お待たせしましたわ! わたくしが前に出ますから、ど~んとやっちゃってくださいですわ!」
カナデ=シラヌイがこの状況をひっくり返すためにやってきたのだった。




