魔王ちゃんと覚悟を見せた者たちのひと時
舞台を再設置した後、僕はガイルとオタクセたちを連れて控室に戻って来ていた。
「セルネ拗ねんなよ。十分戦えていたぜ?」
「む~……いえ、別に怒ってないです」
「というか大人げないよね」
「これが最良の勇者だっつうんだからビックリですぜい」
「勇者は汚いでござるな」
「お前ら好き放題言いやがって」
「これに関してはガイルが悪いでしょ。まああれ以上やっていたらみんなもその程度の怪我で済まなかったし、僕としては良いところに落としこんでくれたとは思うけれどね」
「ほれ、お前たちの飼い主はこう言ってるぜ」
「というか飼い主は止めて。これだけ上等な家臣、家畜なんて呼ぶにはもったいないよ」
「え、俺も?」
「う~んぅ?」
首を傾げるセルネくんに顔をずいと近づけて、挑発するような勝気な顔を見せると、彼は顔を赤くして逸らしてしまい、僕は口を覆いながら笑う。
「あいつが一番家畜っぽいんだよなぁ」
「リョカ様がコイヌケイと言っていましたよ。なんでも、人懐っこい幼獣のようだと」
「きっとあの聖剣の形がそうなのでござるよ」
「……というか、魔物化って、またあっしの影が薄くなるですぜい」
「いやいや、お前さんはお前さんにしか出来ねぇことあっただろうに。俺を手で囲ったのは中々出来ることじゃねぇぜ」
「そうそう、あの時は俺たちが囮になろうとしていたのに、まさか1人で切り抜けられるとは思ってもいなかったよ」
「そ、そうですかい?」
セルネくんの下あごを撫でながら話を聞いていたけれど、どうにもタクトくんは周りに比べて影が薄いことを気にしているそうだ。
僕からしてみたら十分にキャラが立っているはずだけれど、確かに周りの子たちはさらに濃い。
そうやって和んでいると、ルナちゃんが控えめに僕を引っ張ってクリクリ眼で見上げてきた。
たまらず僕は彼女を抱き上げる。
「きゃぁ~」
「そうやって可愛くおねだりする子は誰ですか~」
ルナちゃんを抱きしめていると、ガイルだけではなくオタクセたちも苦笑いを浮かべていた。
「やっぱ慣れねぇなぁ」
「月神様、ですよね? リョカ様が凄いのか月神様が寛容なのか、判断に困ります」
「いやぁ、これはリョカが凄いんだと思う。撫でられてるとわかるんだけれど、リョカの甘やかしは中々抜け出せない」
「……セルネ、そんなんだから学校で威厳がないって言われるでござるよ」
「獣らしさ皆無ですぜい」
落ち込むセルネくんの頭を改めて撫でると、アヤメちゃんが腰に手を添えながらぷりぷりとしていた。もう女児にしか見えない。
「というか少しは畏れなさいよ。俺たちは一応女神よ」
「あ、ミーシャ――」
「ぴぃっ!」
膝を畳んで両手で頭を抱えて丸くなるアヤメちゃんを僕は優しげな眼で見つめた。
「それでルナちゃん、女神さまたちはオタクセたちに用があるんですよね」
「はい、先ほどの戦いなのですが、本当に良いものが観れました。あのような戦いには、月の女神としてなにか与えなければと、こうして皆様に会いに来ました」
驚く顔を浮かべるオタクセと、咳払いをして話に混ざろうとするアヤメちゃん、ソワソワとルナちゃんを見ているおっさん。
「お前にはない、座ってろ」
「え、なんでだ――」
「あ~、金色炎は俺たちの管轄じゃねぇんだよ。勝手になんかしたら俺とルナが面倒に巻き込まれちまう」
「はい、ガイルさんに関してはランド――もう別の女神が見守っていますので」
ちょっとした冗談で言ったつもりだったけれど、本当にガイルにはそういうものをあげられないらしい。
しゅんとするガイルの肩を僕は叩く。
「今夜好きなもの作ってあげるから元気出しな」
「お、マジかあんがと。というか俺女神は月神様と神獣しか知らねぇぞ」
「あいつはその、うん、まあ生きてる内に加護がもらえるといいな」
「わたくしからも何度か言っているのですが、中々出てこないのです」
「え? 俺に付いてる女神ってなんか訳ありなのか」
揃って首を逸らす2柱に肩を落とすガイル。
しかし女神さまにもそれぞれあるのだなと思案する。けれどよくよく考えなくても引きこもりっぽい神様なら私の世界にもいたし、そういうものなのだろうと納得する。
「天岩戸ね」
僕は呟き、オタクセの背中に回り、それぞれみんなの背中を押す。
「ほらほら、月神様と神獣様にちゃんと感謝しようね」
「まあそうは言っても、特別な力を与えるわけでもねぇしな」
「はい、わたくしから与えるのは月の出る夜にギフトの力が増す程度の物で、セルネさんとオルタさんに。フェルミナにも与えていたものです」
「俺からは闘争心がそのままギフトの力に変わる加護をタクトとクレインに。ただミーシャほどの力は期待すんな。あれは規格外よ」
女神さまたちがオタクセたちに手をかざし、一瞬淡い光を点したと思うと彼らの体の一部に、それぞれの紋様が浮かび上がった。
「僕のとは違うんですね」
「あ? ああお前とミーシャは加護というより神具だな。加護はまあ……なんというか、あれよ。こいつらとは違う」
アヤメちゃんをジッと見つめ、その真意を読み取ろうと試みるけれど、隣のルナちゃんがニコニコしており、今はまだ秘密と悪戯っ子な顔をしているために思考を閉じる。
そして僕はルナちゃんを抱き上げる。
「きゃぁ~」
とはいえ多少の予想は立てており、この場で追及するのは野暮だろうし口は閉ざすことにする。
「……やっぱあんたはやり難いわね。むしろアリシアと会わせても良い気がしてきたわ」
「アリシア?」
「アヤメ――」
珍しく鋭い声を発したルナちゃんをつい見てしまうのだけれど、ハッとした彼女がすぐに懐っこい顔になり、笑顔を見せてくれた。
何か事情があるのだろう。
そもそもの話、今回ルナちゃんもアヤメちゃんも随分と長くこちらにいることが気になっていた。
きっと僕とミーシャに関係していることなのだろう。
ならばもっと積極的に首を突っ込むべきなのだろうけれど、案外ルナちゃんは頑固だ。きっと簡単に尻尾は出してくれないだろう。
「リョカさん?」
「いえ、ルナちゃんにも尻尾が生えたら可愛いなと思いまして」
「尻尾ですか?」
「今度アクセサリーの尻尾と耳を作りますね」
「俺のお株を奪うなぁ!」
アヤメちゃんを撫でていると、控室の扉が叩かれた。
「おっとお客さん。開いてるよソフィア」
その場をごまかすように、僕はそろそろ来るだろうと予想していた相手を控室に招き入れた。
「失礼します。リョカさんはいつも声を掛ける前に私だとわかりますよね」
「まあね。ソフィアは真面目だから、行動が読みやすい」
「それは致命的ですね、精進します」
ニコリとするソフィア。
そして僕はやはりかと確信する。初めて彼女と知り合ってから随分と思い悩み、鍛錬を続けていたのだろう。その証拠に、ソフィアを見たガイルが口を半開きにしていた。
こうして戦いの前に対峙したからわかる。正直、ソフィアは今のセルネくんよりもずっと強い。
「……最近の令嬢はあれか、守らせてくれない系が多いのか? 冒険者の仕事が減っちまうだろうがよ」
「いえ、出来れば私も守ってほしいですよ」
「お前一体どこに出掛けんだよ。勇者を顎で使うかい?」
「共に歩んでくださる勇者様なら、私は喜んでお付き合いしますよ」
今のソフィアの言葉に、クレインくんの肩が跳ねた。そして彼はセルネを一度肘で突き、小さく頬を膨らませた。
ここは上司としてフォローを入れておこう。
「ちなみにその勇者って言うのは、ギフトのこと?」
「いいえ、私と共に歩んでくださる勇ましい方です。前までは勇者様が特別だと思っていましたが――」
ソフィアがオタクたちに目をやった。
「勇者というギフトがなくても、こうも輝ける人々がいることを私は知ってしまったので」
「そっか」
僕はクレインくんの肩を叩き、サムズアップして笑顔を見せる。
「な、なんですか?」
「別に。ただクレインくんももっと強くならなきゃねって思ってさ」
「クレインさん、私も応援していますよ。先ほどの戦い、とても格好良かったです」
「――」
顔を真っ赤にしたクレインくんがガイルの背中に隠れた。
「俺を盾にすんじゃねぇよ。しっかしテッカは中々苦戦するんじゃねぇかね」
「テッカって意外と慢心するよね」
「それな、別に戦いを軽んじているわけじゃないんだが、偏見を持って挑むときがあるからな」
「聖女に追いつかれるわけないとか、老人くらいなら倒せるとか、神官くらいなら倒せるとか」
「後半は俺にも刺さるから勘弁してくれ」
ベッと舌を出した僕にガイルがげんこつを落としてきた。
「とはいえ、あいつもこの間のことで色々と考えを改めたんじゃねぇか?」
ガイルが扉に目をやった。
さすが金色炎の勇者の剣だと感心する。ガイルと同じことをしている。
「ところでソフィア、お前さん相方は?」
「そういえばカナデ嬢がいないでござるな」
「言われてみりゃあそうですぜい」
「さすがのカナデさんも緊張しているんじゃない?」
「うむ、まあさすがにこの状況だからね、いくらカナデといえどもね」
しかしソフィアが顔を逸らしてばつが悪そうにしており、僕は彼女を見つめる。
「あ、いえその……皆さんが戦っている時、戦いの前だと大量にご飯を食べた挙句、これでは動けないと走って行ってしまい、帰ってきた時には気持ち悪いと横になっていました」
「さすがカナデ、この状況でも全くぶれない」
「大物過ぎんだろあの子。そういやぁシラヌイなんだったか? 俺は詳しくは知らねぇんだが、ベルギルマ……テッカの故郷では知られた名なんだろ?」
ガイルがアヤメちゃんに目をやった。
「あ? ああ、シラヌイは……うん、テッカの家より古いな。それに――」
アヤメちゃんが口を開こうとした時、舞台の方から感じる戦闘圧がさらに大きくなった。
「あら、テッカさんお待ちみたいです」
「だな、さっさと行ってやんな」
「それじゃあソフィア、気を付けてね」
「えっとその、頑張ってねソフィアさん」
「はい、行ってきます」
小さく手を振って扉から出て行ったソフィアを見送り、僕たちも客席に移動しようかと提案すると、ルナちゃんが考え込んでいた。
「どうかした?」
「いえ、ソフィアさんって真っ当にギフトを成長させているので、リョカさんとミーシャさんを除いたら普通に英雄クラスの猛者だなと思いまして」
「お、俺の加護候補か?」
「適性が合ってないと思いますよ。それに……そんな英雄並みの素質の方が憧れているのが、魔王と聖女ですか」
「何か含みがありますねぇ」
「きゃぁ~」
思案顔のルナちゃんを抱き上げ、僕もまた、扉に手をかけるのだけれど、ふと気になりオタクセたちに目を向ける。
「ところでオタクセたち、もし君たちがソフィアに勝とうと考えるのなら誰を連れて行く?」
オタクセたちが僕の質問に顔を見合わせ、少しの思考時間を経て一斉に口を開いた。
「それは」
「リョカ様と」
「ミーシャ様を」
「連れて行っても良い?」
「仲良いなぁ。うん、まあそれがわかってるのなら大丈夫かな」
4人を撫で、改めて僕たちは観客席へと向かうのだった。
ガイル=グレッグ
金色炎の勇者。リョカに頼まれて訪れたのだが、今回は学園の特別講師として学園側から改めて雇われたために、給金が発生する仕事となった。
故に金が発生したから手を抜けなくなり、今回も全力全開で戦うアツい勇者となった。
新米勇者であるセルネはもちろんのこと、オタクたちにも目を付けており、強くなった際には全力でぶっ潰そうと考えている。
もっとも、命を脅かすとか冒険者生命を終わらせるとかではなく、純粋に戦いたいだけの思惑である。
尚彼らとの戦いを経て、その思惑は確信に変わり、さっさと訓練を開始したいとのことだった。
プリムティスに来てよかったことは、リョカが食事や起床時間などの健康を毎日気遣ってくれるので体の調子が良くなったこと。
セルネ=ルーデル
グレゴリーゼ学園のマスコット勇者。ワンコ系で最近では聖剣を見事に顕現させたのだが、見た目は狼であるが、小動物感が抜けきっておらず、やはりワンコである。
それと聖剣がたまに漏れ出るのか、喜ぶと尻尾と耳が生えてきてよくフリフリしており、しょっちゅうリョカに撫でられている場面が目撃されてしまう。
プリムティスで学園に通い始めて良かったことは、リョカとミーシャに出会ったことと、オタクという友を得たことなど、かけがえのない出会いがあったこと。
オルタリヴァ=ヴァイス
オタクセの『お』! 4人の中で最もスキルの使い方が上手く、攻撃も防御も補助をこなすオールラウンダー。
現在オタクセを引っ張っているのはクレインだけれど、それを纏めるのはオルタの務めで、物腰も柔らかなおかげか、なんとなくみんなのリーダーとして認識されている。
プリムティスで学園に通い始めて良かったことは、リョカと出会ったこととオタクセになれたこと、それと個人的にだが、宝石が本当にたくさんあって毎日幸せなこと。
タクト=ヤッファ
オタクセの『た』! オタクセの中で最も勢いがあり、無理を押し通すだけの力を持っている。最近では周りの仲間のために無茶をしがちだけれど、気合と根性で乗り切れると信じている。
影が薄いことを悩んでいるが、行動の1つ1つがミーシャに通じるものがあり、競争相手が悪すぎるのがそう思わせる原因となっているのにちょっとだけ気が付いてきた。
プリムティスで学園に通い始めて良かったことは、リョカたちと出会えたことと、冒険者になったことで魔物と接する機会が増えたこと。
クレイン=デルマ
オタクセの『く』! 4人の中で最も場を読むのが上手く、戦闘において指示を飛ばすことが多い。
健康談義をリョカとヘリオスとすることが多く、さらに料理も上手くなってきたのだが、師匠であるリョカに話しかけられる生徒はそう多くなく、逆に女性徒から相談を受けることが多くなり、生まれて初めてのモテ期を迎えているが、モテたい相手はすでに別におり、困惑している。
プリムティスで学園に通い始めて良かったことは、オタクセになれたこととリョカに出会えたこと、セルネに出会えたことである。それと最近は料理の本を書いてもらうためにおずおずとだが、ソフィアにも頑張って接している。




