魔王ちゃんと覚悟を見せる挑む者2
「さて、どうでるかな」
覚悟を決めたオタクたちに、お祭り空気だった観客席の生徒たちも息を呑んで見守っていた。
「俺が前に出るよ」
「1人で止められるでござるか?」
「無理。でも前に出ないとぶん殴れない」
「おいおい、お前さんがそんなんだとあっしたちは動けないですぜい。まあ気持ちはわからんでもないけどな」
「わかっているよ、何も特攻しようってわけじゃない。ちょっとやってみたいことがあるんだ」
「……うし、じゃあお前さんに従うですぜい」
「拙者もでござる。とりあえずクレインの補助をしながら全員を守っていくでござるよ」
「頼りにしているよオルタ」
オタクたちの背後でセルネくんが小さく細く呼吸を繰り返している。自身を高めるためとずらされたリズムの調律、戦いに赴くための前準備。
そんなセルネくんを一度見たクレインくんが小さく微笑んだ。
「一番目はもらうよ」
「ああ、俺もすぐに続く」
互いに頷き合う2人には信頼関係が見て取れた。
私だった頃にはあまり意識していなかったが、僕が幼い頃度々アンリたんをモデルに頭でシミュレーションしていたからか、あの2人の距離感に何故かときめくものがある。
いや、まだ沼に浸かってはいない。きっと、多分……。
「相談は終わったか? やっと俺も楽しめそうなんだ、うっすい策なんて用いんなよ」
「リョカ様じゃないんですからそんなもの使いませんよ。俺が出来るのは――」
クレインくんが大きく息を吸い、両腕に力を込めたのがわかる。その彼の腕は一回りも二回りも隆起して筋肉を強調している。
「発破・天凱――二結」
健康優良児の第2スキル。クレインくんはそのスキルを使用してガイルに向かって飛び出した。
クレインくんが放った拳をファイナリティヴォルカントで受け止めるガイルだけれど、拳と武器がぶつかったとは思えないほどの轟音が鳴った。
「いい拳だ。ミーシャほどじゃねぇが火力だけなら近しい物を感じるな。だが――」
金色炎の勇者の聖剣が、名前の通り金色に輝く。爆炎を纏わせた聖剣は何よりも気高く強い。
爆発を伴う攻撃がクレインくんに襲い掛かる。
「発破・天凱――三華弩!」
「おっ」
クレインくんが第3スキルを使用した拳で爆発する聖剣を打ち止めた。
ファイナリティヴォルカントが爆発を起こしてもクレインくんはその拳を止めない。爆発するその聖剣に次々と拳を打っていき、あの金色炎の勇者の攻撃を攻撃によって防いでいる。
「ほ~、健康優良児、これほどのギフトだったのか」
「名前があれだからね、中々選ばれないんだと思うんだけれどあれ大分強いよ。条件さえ揃えば自己強化型のギフトの中でも上位に行くんじゃないかな」
テッカの呟きに、僕は補足する。
「いや、俺の知り合いにも使っている奴がいたが、あそこまでじゃなかった」
テッカがジト目を僕に向けてくる。
一体僕が何をしたというのか、その視線を口笛を吹きながら躱し、戦いに視線を戻した。
「健康優良児、自己強化型のスキル構成で、解放されるスキルも強化の幅を増やすだけの単純なギフトだ。そこまで使いこなせる奴なぞ今までで見たこともねぇ。一体誰に入れ知恵されたんだ?」
攻撃を止め、クレインくんから距離をとったガイルも、チラと僕に目をやってきた。
そんな話をしたガイルに、クレインくんが深い息を吐いた。
「リップバイソンの乳をコップ3杯」
「あ?」
「リュックソーサーの肉を5切れ、クイブの実を2つ、エンデルウッズの葉を7枚――かるしうむ、てつぶん、あえん、びたみんしー、びたみんいー……等々、俺にはわからない言葉ですが、リョカ様がこれだけとってればそれなりに戦えると教えてくれました」
「厄介な魔王様だよまったく。っと、横やり入れて悪かったな、続けようぜ」
構えを取るクレインくんとは対照的に、ガイルは腕を回しながらゆっくりと彼に近づいて行き、戦いが楽しくて仕方がないという顔をしてグルグル回している聖剣に熱が込められていく。
そしてガイルが大きく息を吸ったと思うと、そのままクレインくんに向かって聖剣を振り上げた。
「――ッ!」
「避けたか」
先ほどとは違い、クレインくんがガイルの攻撃を避けた。
当然だろう、さっきまでしていた手加減を解除した勇者がついに牙をむいた。
金色炎の拳が地に放たれた瞬間、舞台そのものに金色の炎がまとわりつき、そのまま爆発を起こした。
しかしそれは今までの炎とは比べ物にならないほどの火力で、よくよく見るとガイルはスイッチグロウを使用しており、聖騎士の信仰を聖剣に上乗せしていた。
大人げない勇者に、僕はうな垂れる。
「足止めんなよ!」
金色の暴力の嵐がクレインくんに襲い掛かる。
先ほどまでは拳を合わせていたクレインくんだったけれど、流石にあれを受け止めることは難しいと考えたのか、脚力を強化して寸でのところでガイルの攻撃を躱し続けていた。
「どうしたどうした! 避けてばかりじゃ敵は倒せねぇぞ!」
「っつ! しまっ――」
足元に意識がいっていなかったからか、クレインくんが足をもつれさせて転びかける。
「もらった!」
「ビーストレイブ・ジャイアントオーグナー!」
けれど、ガイルの聖剣とクレインくんの間に、巨大な手が入り込み、金色炎の攻撃を代わりに手で受け止めた。
「がぁぁっ! いってぇですぜい……ああクソ、ちっとは火力抑えてほしいもんですぜい」
「タクト!」
「クレイン前に出るでござるよ! 『降り注げ宝石雪』」
「あ? これは――」
砂のように細かくなった宝石がガイルに降り注ぐ。
その宝石の欠片はキラキラと乱反射を繰り返し、光を集めてはあちこちに光を落としていく。
「んぐ……こいつは、体が重いな」
「プリペンドイーグルでござるよ。罪人に背負わせて歩かせるという逸話のある重い宝石でござる。いくら欠片とはいえ、これだけの数を体に浴びればそれなりに行動は制限できるでござるよ」
様々な場面に対応できるズィペンイーズ。本来ならアルマリアの持つ空を超える者のような宝石を大量に持ち込めるギフトを持っていることを前提にしたギフトであるけれど、憧れに勝てなかった彼は思考錯誤とスキルによってアドバンテージをとっている。
僕が思うに、僕とミーシャを抜いた学園でのギフトの操作力は1番にソフィアで、2番にオルタリヴァ=ヴァイスくんだろう。
「ありがとうオルタ!」
「行けクレイン!」
「ぶちかますでござるよ!」
体を引きずるガイルに、自身の拳を打ち付けたクレインくんが飛び込んだ。
「脚力強化! それと――腕力強化!」
脚力を強化して勢いをつけたクレインくんが太く逞しくなった腕を振りかぶり、ガイルの顔面に拳を叩きつけた。
「うぐっ! が――」
金色炎の勇者が、ついに体勢を崩した。
流石に膝をつかせることはなかったけれど、口から多少の血が流れている。クレインくんの拳が勇者にダメージを与えたのである。
クレインくんがガイルから離れ、しばしの沈黙。
しかしその静寂を突き破るように固唾をのんで見守っていた同級生たちが大きく沸いた。
すごいすごいとはしゃぐみんなに、僕も微笑んでいるのがわかる。
「まずい」
しかし、テッカがそう呟いたことで、僕は大人げをどこかに捨ててきた金色炎の勇者に再度視線を戻すのだった。




