魔王ちゃんとは、素晴らしきリョカ=ジブリッド
「……」
「……」
スキルが暴走したという現場へと駆けつけた僕たちだたけれど、目の前に広がる光景に口を半開きにして呆然とする。
「え、なにあれイカ? タコ?」
「なにそれ?」
ビタンビタンと鎮静化を図ろうとしている教員に触手を叩きつけている何かがおり、そのイカともタコとも違うような名状し難き生物が1人の大きめの眼鏡をした女生徒を守るようにそこにいた。
「彼女は……ソフィア=カルタスか。厄介な」
「う~んと、どう見ても紋章及び詠唱術型のギフトですよね、なんですかあれ?」
その生物と女生徒を中心にして紋章が地面に展開されており、分類は紋章術型で何となくだけれど、これは召喚系のギフトではないかと僕は予想する。
「紋章及び詠唱術型ギフトの中でも上位に分けられるギフトなんだが、鍵師と呼ばれるギフトで、紋章を扉に見立て、どこかから何かを呼びだすという力を持っている」
「ん~? 何かって決まっていないんですか?」
「上位スキルを持っているのならそうではないかもしれないが、私が知っている鍵師で、同じものを呼びだした者は見たことがないな」
「ランダムサモン……なんつうはた迷惑な。というか、どう考えてもあのひよっこ勇者じゃ手も出せない感じですね」
ミーシャにまだ力がないというわけではないけれど、根本的にあの勇者は弱すぎる。
見様見真似で堂に入っていない剣の構え、口先だけで一切伴っていない迫力、あの場面でスキルすら発動していなかったお気楽っぷり。
正直あの程度で勇者が名乗れるのであれば、僕は勇者以外を頼る。
「彼は貴族で、わりと甘やかされて育ってきたようだからな」
「そんなのに僕は敵対視されたのか」
げんなりしていると、ミーシャが今すぐにでも突っ込んでいきそうな雰囲気を発していたから、僕は彼女の腕を掴んだ。
「助けないと」
「わかってるわかってる。でもミーシャは大人しくしてな、さっき面倒を引き受けてくれたし、今回は僕がどうにかするよ」
「……邪魔はしないわよ」
「前線に出る聖女なんているわけないでしょ、いいから大人しくしてなって。僕の戦う姿に歓喜すると良いよ」
そう言って前に出ると、先生が視線を向けてきた。
「援護はいるか?」
「あのくらいならいらないです。それよりも気になったのがあの子の必死さなんですが、あれって制御できるものなんですか?」
ソフィア=カルタスという女生徒が、あの未確認生物に対し、頻りに「戻ってくださいっ!」と叫んでいるけれど、その方法がわからないのか涙目になっている。
「あの子、あそこから動けないのかな?」
「無理だろう、術者は基本的に紋章の外に出ることは出来ない。というより術者について回る」
「ふむ」
紋章及び詠唱術型のギフトは面倒だな。と、これが自己強化型であるのなら、ただ殴って気を失わせて終わりという簡単さであるけれど、目の前のあれはそうもいかない。
じゃあまずなにからしようか。僕は頭をひねり、結論としてとりあえずあのイカタコを刻むか。と、思い至る。
「さて、やるか。お~いそこの眼鏡ロリっ子、今から君を助ける。というよりは出てきたそれを刻もうと思っているんだけれど、それで大丈夫?」
「え? え? あ、あのっ! 近づくと危ないです! 勇者様を呼んでいただけると――」
「残念、今は魔王の方が強いんだよ」
「魔王……って、リョカ=ジブリッドさんですか」
「うん、それで後ろのそれは倒しても大丈夫だね?」
「は、はいっ! でもこの子結構強力みたいで――」
彼女が言い終わるよりも早く、イカタコがその触手を伸ばしてきた。
「や~ん、エロ同人みたいにされちゃぅ」
しなる触手はそれなりの速度で攻撃を繰り出しており、僕はそれをクルクルと舞うように、踊るようにと躱していく。
まああの程度なら魔王オーラで弾いても良いのだけれど、それでは芸がない。
「あの子はもう。毎度毎度真剣みが足りないのよね」
「いえいえ、むしろあの空気感であれだけ戦える人というのも稀ですよ。世にいる勇者たちはあれだけでそこそこの脅威を感じるのではないでしょうか」
好き勝手言っている見物人を横目に、僕は息を整える。
何度か練習はした。けれどこう大きな舞台だと多少の緊張はする。
僕は全身に纏っている魔王オーラを少しずつ指先だけに集める。
「ちょっとリョカ、そんなことしたら――」
「ではではお持ちかね。僕は確かに可愛いを求めてはいるけれど、こういうシチュエーションじゃ格好良さも大事だと思うんだよね。戦闘はやっぱり男の子の浪漫でしょ」
「あんた女でしょうが!」
ミーシャの言葉を右から左へと聞き流し、僕は両手の指先に込めた魔王オーラをそのまま指ぱっちんをしながら弾く。
迫りくる触手を躱しながら指を鳴らし、細く圧縮した魔王オーラを刃物のようにして放つ。
「絶気は防御用のスキルだと聞いたことがあるのだが」
「……一点に圧縮して。なるほどね」
感心するミーシャとヘリオス先生に調子をよくした僕はどんどんと触手を刻んでいく。
「わ、わ、なんですかそれ――」
「ふははははぁっこれこそが僕の『素晴らしき魔王オーラ』だ!」
次々と繰り出され、その度に刻まれ、すぐに再生する触手に飽き飽きし始めた僕は、駆け出して胴体らしき塊、そして目に向かって指を弾く。
「そこ危ないからしゃがんでて!」
「は、はい。ってリョカさん!」
僕の背後から迫っている触手にも後ろ手で指を鳴らして退かし、ついにイカタコの眼前へと辿り着いた。
「さって、イカタコの化け物、僕がいる場所なんかに呼び出されたのは不幸だと思うけれど、最後に見るのが僕みたいに可愛い子で良かったね」
触手を全て切り取られ、再生を始めているイカタコだけれどもう間に合わない。
僕は化け物の胴体に向かって指を構え、先ほどよりも大きくした素晴らしき魔王オーラをその身に何度も放ち続ける。
「たこ焼きにもイカ焼きにもならない海産物には興味ない。さっさとお帰り願いますわ、もっとも通行料はあなたのお命になりますが」
胴体を細切れに刻んでいると、明らかに禍々しく光を発している宝石のようなものが体から出てきた。
これが弱点かなと、僕はそれに向かって指を弾いた。
「さよなら――」
それを素晴らしき魔王オーラで真っ二つに割った瞬間、イカタコは霧のように霧散し、灰となって地に落ちた。
そしてその灰は風に舞っていき、先ほどまでは騒がしかったこの空間に静寂をもたらした。
「はいお終い。え~っとソフィアちゃんだっけ、無事?」
「あ、はい。これが、魔王の……」
怯えるでもなく、興味深そうな視線を向けるソフィアちゃんに僕がたじろんでいると、先生が拍手をしながら、ミーシャが思案顔を浮かべながら歩んできた。
僕はスキル暴走を鎮静化出来たことに満足し、2人に近寄っていくのだった。




