トラック3:氷ですら敵わない
私、氷敵揶的には、心に決めた人がいる。
樽野色守果。小学校までは同じで、今は私と別の学校に通っている、宇宙飛行士を夢見る女の子だ。
学校が違えば、生活圏や生活パターンも異なる。会える機会は少ないけれど、その分一回一回の思い出を色濃いものにしていった。彼女への想いが熱を生み出し、生きる活力へと変換される。彼女と一緒に食べたかき氷が、ぬるく感じてしまうほどに。
彼女の為なら、何でもすると心に決めた。
そう、なんだってしてやる。
◆
ある日突然、私達二人の運命は大きくねじ曲がり始めた。
「色守果! 起きてよ色守果ぁ! お願いだから……ねぇ……」
頬を伝う涙が、どんどん固く、冷たくなっていく。
吹雪の中、方角も分からないまま叫ぶ。
「誰かぁ! 誰かいませんか!」
返ってくるのは人の声じゃなく、風の音。
スキー場。
吹雪。
滑落。
ただの冬デートだった、はずなのに。
体は冷えていくし、恋人は目を覚まさない。
変化の無い音。
変化の無い景色。
頭がぐるぐる回っていく。
私、ちゃんと叫べてる?
◆
茶色。
木?
木の天井。
「目が覚めたかい?」
その声で、完全に覚醒した。慌てて「上半身を跳ね上げる」。
見慣れて……はいないけど、知っている。
ここは……ゲレンデの麓に建っているロッジだ。窓の外は、私達を襲っていた吹雪が夢だったかのように晴れ渡っている。
声の主は、知らない男の人だった。
「色守果は!?」
「イスカ?」
「恋人なんです!」
「あぁ……彼女なら、ついさっき救急車で運ばれたよ。……極度の低体温症、非常に危険な状態だ」
「そ、そんな……」
「俺がコースから何の気なしに見下ろしていなかったら、危なかっただろうね」
「……」
「大丈夫。君の恋人はまだ生きている。希望を捨てるな」
「……ありがとうございます。あの、お名前は………」
「俺は権座令州成也。「権座令州フーズ」の次期社長だ」
「……助けていただいてありがとうございます。……何か、お礼をさせてください。なんでもします」
「『なんでも』か……。ふむ、そうだな。……実は俺は百合……ガールズラブが大好きでね。ソレをまとめて愛でるのを至高としているんだ」
「は、はぁ……?」
……いきなり、何を言っているのだろう。この人は……。
「君の恋人……イスカ君の治療費は俺が全額負担しよう。彼女が目覚めるまで、いつまでも協力させてもらうよ」
「あ、ありが……」
「その代わりといってはなんだが……イスカ君が回復した暁には、君と、イスカ君と、俺で……ふふっ、三人で仲良く、楽しい時間を過ごそうじゃないか」
「えっ……」
命の恩人の微笑みが、急に下劣なモノに見えてきた。
「……まあ気持ちは分かる。いきなりそんなことを言われても、なかなか『はいそうですかやらせていただきます』とはならないだろう。……そこでだ。もう一つの選択肢を与えよう。……俺の探している二人の女性を探し、俺のもとまで連れてきて欲しい」
「やります!」
私達の間に割って入られるくらいなら、人探しなんてどうってことない。私は、食い入るように快諾した。
「それで、探して欲しい人、とは……」
「俺の愛しい妻、平菱イアナ。そしてその恋人……ナナシノ ゴンメ」
◆
それから、私は探偵事務所に弟子入りし、人探しに必要なスキルを習得した。
探偵事務所で働いていると、少なからず危険な目にも遭ってきた。幸い知り合い……後のルームメイトになる少女が私を射撃の練習台にするものだから、銃弾の避け方や近接格闘術も独学ながら身についてきた。
平菱イアナの関係者をおびきだす為、苗字も変えさせてもらった。こうしておけば、血縁者でもない私が平菱姓を名乗っていることに疑問を持った向こう側からのリアクションが期待できる。
必ず見つけ出して、私は権座令州成也に身を捧げることなく色守果を救ってみせる。
私が彼女を想うこの熱量には、絶対零度の氷ですら敵わない。