トラック2:Drop's bullet~a sound of gunner~
十歳の頃。父がジャパンに帰国するのについていく形で、あたしはメキシコ人の母と共に生まれ故郷を去った。今はジャパンが、あたしの第二の故郷だ。
家電量販店で働く父と外国語講師の母が出会ったのは、あたしが生まれる二年ほど前。オンラインゲームで仲良くなった両親がオフ会で出会い、交流を重ね、そしてあたしが生まれた。
「千夜歌」は父の姓。
「ニアンソ」と「弾軌」は両親が共通して好きなもの。「アニソン」と「ハジキ」……つまりは拳銃だ。あと「ニアンソ」はアニソンのほか、二人が知り合うきっかけを作ったオンラインFPSゲームで二人とも「アンソニー」というキャラを使っていたことにも由来している。さらに言えば「弾軌」を構成する漢字に「道」が付けられることから「荒野に道を付けられるような、人を導く先駆者となってほしい」という願いが込められている。あたしが覚えていて損はしない、ちょっとしたトリビアだ。「千夜歌」が「チャカ=拳銃」に似ているのはただの偶然。
両親の好きなものに囲まれ、あたしも同じものが好きになった。
ジャパンのアニソンはあたしがミュージシャンを志すくらい好きだし、銃はエアガンやサバイバルゲーム用の電動銃を寮に持ち込んで毎日磨くくらい好きだ。お気に入りの銃「アメイジング・コーカサス Mk1000」は「アメちゃん」とあだ名を付け、いつも肌身離さず持ち歩いている。通常は隠し持ちし易い拳銃形態のアメちゃん。しかし改造した結果、ストックと弾倉を兼ねる拡張パーツの装着によるモード切り替えで三点バースト(※)が可能となったとっておきのシロモノだ。独学による改造のせいか気分屋で故障しやすく、三点バーストモードはいざという時にしか使えないのがまた可愛い。
※三点バースト:一回の発射で弾丸が三発連射される機能。弾の消費が激しい代わりに三発分のダメージを与えることができる。かっこいい。
……ところで、あたしが所有しているのはアメちゃんだけじゃない。
「それじゃあヤマト、今日もよろしく」
「いつでも……どうぞ?」
ここはあたしが住まう寮「桜花寮」の自室。
ルームメイトの平菱揶的に伝えると氷を一つ口に頬張り、壁の前に立った。彼女の後ろの壁には、マットレスと板が重ねて立てかけてある。あたしはスマホのカメラ機能にあるシャッターのタイマーを十秒にセットしてテーブルに置くと対面の壁の前に立ち、銃を構える。今回は数日前にお迎えした新入り「AD-1985 プライム・メガートロン」の試し打ちだ。銀色のボディーが、蛍光灯の光でキラリと光る。
お互いに睨み合い、しばしの沈黙。
シャッターが、沈黙を破る。
躊躇なくトリガーを引く。決して小さくない発砲音が部屋に鳴り響き、ヤマト目がけてBB弾が飛ぶ。遠慮はしないし、必要ない。まるで親の仇のように……彼女を撃ち殺すつもりで、何度も何度も引き金を引き続ける。弾切れを起こせば、パジャマの上から腰に巻いたガンベルトのケースから予備のマガジンを取り出し、弾を装填する。ベルトの名は「銃填ベルト・アサルトバックル」。ジャパン発祥のとあるコンテンツから着想を得たネーミング、そしてあたしの趣味だ。いいだろう?
マガジン三つ分、プラス元から装填されていた一発、計十九発を撃ち込んだが、一発たりとも彼女に命中させることはできなかった。この事実は、元から高水準の彼女の回避能力がさらに向上したことを示していた。
聞いたところによると、風紀委員の彼女は暴漢から生徒を守るために日々須賀野守風紀委員長に訓練してもらっているらしい。さらに、身体能力が高いことに定評のある本校の用務員、倉田邑から体の動かし方を習っているそうだ。射撃の練習台にしているあたしが言えることではないが、女子高生と用務員から教わっただけで弾丸を躱せるようになった彼女には、もとより「そういう」素質があったのだろう。
「つっ!」
形勢逆転、今度は彼女のターンだ。弾が尽きたあたしに素早く近づき、手刀をあたしの手首へ的確に当て、銃を落として丸腰にされたあたしの股の中心へと下から蹴り上げる。男子だけじゃない、女子だってそこを攻撃されると痛い。
「あうっ……!」
床に膝をつき、敗北を確信した。あたしは両手を上げ、降参の意を示した。
ホールドアップだ。
「ヤマト、強くなった」
「……これも、生徒を守るためだから。……はぁ、邑邑する」
ため息交じりに、彼女はつぶやく。
口の中の氷は、すっかり溶けたようだ。