トラック1:ターンテーブルで踊ってみる?~マツナガ、サタデーナイトに眠れない~
……眠れない。
……眠くない。
今日、そんなに楽してたっけ。
おもむろに目を開いた。特に理由なんて無い。
ほとんど視界ゼロの暗闇。だけど少しすると夜目のおかげで、目の前の物体がその輪郭を浮かび上がらせた。
千夜歌ニアンソ弾軌。
同い年で……私、松永小鞠の……一応は恋人。
直接触れ合っている彼女の素肌から、じんわりと温もりが伝わってくる。胸、腕、脚。身体中の様々な場所が、自分達が裸なのだということを如実に表している。
もう、何回「寝た」だろうか。
セッ〇ス、ドラッグ、バイオレンス。私の求めてきたものだ。
一つ目。これはもう達成した。ラッパーライフの中で見い出そうとしていたものとは、少し様相が違ったけれど。もっとこう……複数人の女と男が遊ぶように、じゃれ合うように、乱れ交わるような……そういうものを求めていた。けど実際に行き着いたものはタイマンの、じっとりしたもので。
抱いた感情は……「拍子抜け」……いや、もしかしたら……もしかすると「安堵」……だったのかもしれない。もし求めていたセッ〇スの状況に至ったとして……私は、絶対に逃げ出さない、という確証が持てない。
二つ目。これも既に達成した。
付き合い始めたばかりの頃に、弾軌がホームセンターでシンナー缶を買ってきて、私へ吸うように言ってきたことがある。缶を見つめたまま、半日くらい悩んだ末、結局「その道」へ行くことはなかった。怖かった。もう戻れなくなることが。
結局のところ、私は、ただカッコつけたいだけだったのだ。
ワルなことして、弱くてヘタレな自分から脱却しようとして。
そんなんだから、皆から……「空の宮サイファー」から追い出されたんだ。
……カッコ悪い。
……でも、それなら。
弾軌はどうして、私に告白してきたのだろう。
こんな、カッコ悪い私に。
確かに、付き合うように誘ってきたのは彼女の方だ。……でも、愛情とか「好き」っていう感情を感じたことは、一度もない。普段の学校や寮での言動はおろか、二人で……している時でさえも。
「う~ん」
悩ましい。ひょっとしたら、彼女には何か別の目的があるのかもしれない。だとしたらそれは何なのか。
何も分からない。
考えれば考えるほど思考がまとまらないし、頭が冴えて眠れなくなってくる。
仕方がない。
私は掛け布団から身を出し、夜目を頼りに壁に設置されている電灯のスイッチをオンにした。
ぼんやりと、周囲の景色が浮かび上がる。もちろん全開にはしない。あまり眩しすぎると彼女を起こしてしまうかもしれないから。
水平方向に、だだっ広い空間。広すぎて、今点けた電灯だけでは端まで光が届いていない。
ここは、主に週末に私達が使っている……彼女曰く「秘密基地」もしくは「アジト」。元々は彼女の祖父が所有、経営していたボウリング場だったけれど、彼の死後、遺言により相続されたらしい。現在この場所の権利者は彼女になっており、すぐ近くに大手屋内レジャー施設ができて客足が遠のいたことにより閉業したあとも電気・水道・ガスは通したままにしており、当時からの備品を引き続き使っているのはもちろんのこと、雰囲気を気に入った彼女がベッドやらワークベンチ(作業台)やら銃火器用のシェルフやらを持ち込んで魔改造している。さながらゾンビゲームに登場するセーフルームのようだ。「男の子ってこうゆう空間好きでしょ?」とでも言われそうな仕上がりだ。弾軌は女の子だけれど。
……と、いうことは当然、ボウリング場としての設備も機能している。
私は服も着ずに、手ごろな球をボウリング場によくある、投げた球が戻って出てくる「アレ」から一つ拾い上げ、遠くのピンを見据える。
遠心力、開放感、そして……ピンの倒れる音。
あまり考えずに投げてしまったせいで、思いのほか大きな音が出てしまった。今は土曜日の深夜。このボウリング場は雑居ビルの中層にあり、上下のフロアにも何かしらの店舗があったはず。とっくに営業時間は過ぎているだろうが万が一誰かがいて後で怒られたら……弾軌にも謝っておこう。