トラック1:ターンテーブルで踊ってみる?~マツナガ、ビートにノってるかい?~
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「Hey! お前ビビってんの? ネオン光る闇夜 言い返せないの? それってマジでただの低能! イェヤ!」
鋭く刺さる、悪意を泥団子にして投げつけたようなワイルドな言葉が聞こえて、私……松永小鞠は足を止めた。
歩道橋から見下ろすと、駅前の広場に十数人程度の人だかりができていた。
群衆の中心には二人の男。一人はよく知っている。もう一人は……知らない。ただのにーちゃんのようだ。
正直、あまりこの道を通りたくなかった。
嫌でも、みんなが視界に入ってくる。かつての仲間が……仲間だと、思っていた人達が。
みんなと別れてから、もうじき二ヶ月が経とうとしていた。
星花女子学園への入学が決まったことを伝えた三月のあの夜から、私の居場所は無くなった。追い出されたんだ。私は。
モーリス、IGGY、ツバキ、ぼたもち。
みんな、大切な仲間だった。みんなとずっとラップができるって思ってた。
「……私だって、行きたくて星花に行ったんじゃない」
そう呟いて、私はついさっきまで走っていたことを思い出した。
いけない。急がないと寮の門限に遅れてしまう。
徐々にボルテージを上げていくラップバトルを尻目に、私は歩道橋を駆け降りる。
『~♪』
階段を下りたところでUターン。新たに地面を蹴り込む。
すぐ近くで、女の子の声が聞こえた。それもただの声じゃない。歌声だった。アニメソングだ。私は見たことないけど、ツバキが勧めていたアニメの主題歌。
走りながら振り返ると、歩道橋の階段の陰。そこに、ギターを弾いている女の子。年齢は……同じくらい? 見たことあるような気もするし、ないような気もする。
思い出そうとする。
……いや、気を取られて怖い人にぶつかってトラブるのは嫌だ。急いで帰ることに集中しよう。
「キミぃ、こんなトコロで何やってんの~?」
恐れていたことが起こった。怖い人に絡まれたのだ。
あの女の子が。
思わず、足を止めてしまった。
「カワイイねぇ。ヒマならさぁ、俺らと遊ばな~い?」
「君、ストリートミュージシャン? ダメだよ、こんな夜に街に出てちゃ。優し~いお兄さん達が、安全なところまで連れてってあげるよ」
二人組で、ガタイのいい肩タトゥーの男性と、細マッチョのサングラスの男性。風貌と話し方からして、とても話の通じるような相手じゃない。
どうしよう、一刻も早く逃げなきゃ。でも、あの子を見捨てるのは気が引ける。交番まで駆け込む? それとも、モーリス達に助けを……。
「~♪」
こんな状況になっても、なお歌い続ける女の子。気づいていないのか、メンタルが強いのか。
「……おい、なんか言えよ!」
金髪タトゥー男が叫んだ。駅前広場はラップバトルで盛り上がっていて、道路を挟んだこちら側の事態に気がつく者はいない。
女の子が演奏を止める。やっと気づいてくれたみたいだ。
「Shut up」
突然の、外国語。
私は知っている。その言葉が指す意味を。
だからこそ、背筋に寒気が走った。
「……。……あァん⁉」
金髪タトゥー男が、女の子の胸ぐらを掴んで持ち上げた。日本人でも多数の人々が理解できる言葉。私は「きゃっ」と叫びそうになるのを堪え、必死に存在を消す。
「君……そんなこと言っていいのかな?」
「自分の立場を分からせてやらないとなァ……」
胸ぐらを掴んだままの男が、拳を引いた。もう駄目だ。この後の光景を想像して、目をギュっと閉じた。
直後。
パァン。
破裂音。
……何……?
目を開ける。
まず目に入ったのは、片手を上げた状態の女の子。
そして、そんな彼女が持っていた、ピストル。
「……家に帰って、ママのおっぱいでも飲んでなbaby」
低い。低くて、重い、女の子の、凄む声。
「マ、マジかよ……」
「うっそだろ」
そのピストルを見て、私はようやく、彼女が何者なのかを思い出した。
どうして忘れていたんだろう。
同級生だ。
隣のクラスにして、同じ寮に住む同級生。
日本とメキシコのハーフで、日本のアニメが好きで。
寮の部屋で、よくエアガンを弄っている、変わった子。
その名も、千夜歌ニアンソ弾軌さん。