#003 夜景が綺麗なのは、社畜が命の灯火を燃やしているからだ
狼を倒し終えて、窮地は脱した。そして森を抜け出し、夜は開け、ようやく、悠二は一息つけるのであった。
「なんか、やたらと疲れたな」
あの後、悠二はモヒカン軍団の案内で街にやってきていた。中世的な、ファンタジー的な街を思い浮かべてくれれば大体当たっているだろう。そういう場所だ。
で、街にある開けた広場に着くと、ついにモヒカンたちと別れるときがきた。
「じゃ、俺らの案内はここまでってことで」
オンセンが言う。
「後は好きにやってくれ」
「ああ、ありがとうな」
悠二は言って、改めてモヒカン連中を見やった。
武器もなし、能力もなし。丸腰の状態でコイツらと出会った時は、正直死ぬほどビビった。完全に見た目チンピラなコイツらが、何をしでかすことやらと。が、蓋を開けてみれば単に気の良い奴らで。短い付き合いながら、この別れにちょっぴり寂しさを感じたりしてる。
「ま、これが今生の別れとは限らねーんだ」
とオンセン。
「またどっかで会おーぜ、悠二」
言って、オンセンはまた名刺を差し出してくる。
「あ、それはいらないです」
「そんなこと言わず。ほら、ここに連絡先も書いてあるから」
見ると、名詞の端っこのほうに、MHK♨と書かれていた。
「これを街の伝言板に書き込んでくれ」
「いや、どこのシティハンターですかアンタ!」
最後につっこんで、悠二とモヒカンたちは笑いながら解散するのであった。
◇
というわけで、その後の悠二。いや、正確には、あともう一人。
「てかさ、なんでお前までついてきてんの?」
半笑いで悠二が言う。
「いーんです、これで」
ニコニコ笑顔でフェイが答える。
結局、あの狼を無傷で倒したあと、フェイも一緒に、この街までついてきた。
「私もこの街までやって来るのが目的でしたから」
「だからって、お前みてーな年端もいかないガキが一人であんな森うろついて、親は心配しねえの?」
「いえ、私達の種族は13にもなれば、もう一人前の大人として扱われるんです」
「それどこの魔女? つーか、キキ?」
ま、いいか。と悠二はため息をつく。
「そうか。じゃ、達者でな。もう会うことはねーだろうが、元気にしろよ」
言って、悠二はその場を立ち去ろうとする。
「待ちなさいよ」
悠二のTシャツの首回り後ろを引っ張って、フェイが言う。
「なに私を置いて一人で行こうとしてるんですか」
「いや、俺、他人よ? それがお前みたいなロリキャラ連れてて、誘拐犯と間違われても弁解できねーだろうが」
「そんなこと言って。ただ、私のこと面倒な女とか思ってるだけじゃないんですか?」
「思ってない、思ってないから。とりあえず離して」
Tシャツを掴む腕をフェイが緩めると、悠二は真面目な顔をして言った。
「あのな、いかんのよ、嫁入り前の娘が男を連れて朝帰りとか。家庭の事情がどうであれ、付き合わされるこっちが面倒なのよ」
「あ、面倒って言った! やっぱりそれが本音なんじゃないですか!」
言って、フェイが今度は胸ぐらを掴んできた。
「うわ、お前、何をそんな必死に!」悠二が言うと「くぅ〜」とお腹が鳴りました、フェイの。
しばらく続いた沈黙のあと、悠二が言った。
「お腹減ったの?」
「……うん」
フェイは俯きながら答える。
「お金は?」
「……ない」
「だから俺に奢らせようと?」
「……うん」
「うん、じゃねーんだよこのガキャァァァ!」
悠二が怒鳴りだすと、フェイが涙目になって怒鳴り返した。
「お願いですうゥゥゥ! もう四日間も森を彷徨って、水しか飲んでないんですうゥゥゥ! ちょっとぐらい食べさせてくれても良いじゃないですか! こんな健気にせがんでるのに!」
「うるせえ! 本当に健気な奴はな、自分のことを健気とか言わないの! つーか、せがんでる時点で健気でもなんでもないだろうがあァァァ!」
悠二は必死にフェイの手を振り解こうとする。が、流石最強の戦闘民族ザイア人。びくともしない。圧倒的な腕力を見せつけるのであった。
「ちくしょう、流石の馬鹿力だな。つーか、そのまま普通にモンスターとか狩って食えば良かったんじゃねえの?」
「年頃の女の子に何言ってるんですか!? 生肉の剥ぎ方なんて知ってるわけないでしょう!」
フェイが悠二の胸ぐらを掴んだままの両手をぐわんぐわんと振り始める。
「うわ、やめ! 脳味噌が、脳味噌が震える! 軽いジャーマン食らったときみたいになってる!」
言って、ギブ、ギブとフェイの右肩をはたく悠二。が、一向に治る気配がなかったので。
「ああもう、わかった! 飯奢ってやる! だから!」
「え、本当ですか?」
とピタリ、フェイの両腕が動きを止める。悠二は血の気がひいて青ざめた顔で、言った。
「ああ、マジだ。だからもうこんなことすんじゃねーぞ」
「やりました! 何事も真摯に頼み込んでこそですね!」
なにが真摯だこのガキ。と悠二は思ったが、口には出さなかった。多分、普通にやりあえば悠二はフェイに負ける、そう直感してしまったからだ。
「しかしまあ、そうなるとだな」
ボサボサの黒髪をかきながら、悠二は思った。
——そういや、俺、金持ってねーじゃん。