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転がり落ちてゆく

 リュカの家での健全な出会いを目的としたお茶会は、大好評のため早くも第3回が開催される運びとなった。


「ここでの出会いがきっかけで、婚約までこぎつけた方々がもういるんだよ、すごくない?」


 興奮した様子のリュカとは対照的に、ブランシュは興味なさそうにハーフアップにした髪の毛先を弄んでいる。


「そういうのは、元々お互いその気があったのにタイミングが合わなかったとか声かける勇気が出なかったとかでしょ? で、この見事に咲き乱れる薔薇に囲まれて気分が上がっちゃって、やっと行動に移せた、みたいな」

「なるほど。そう言われてみると納得ね」

「えー、リュカはともかくレオニーまでそんなこと言っちゃうわけ? これは僕の立派な功績でしょ。そもそもこの会場セッティングしたの僕だよ? 相談されれば橋渡し的な役だってこなしたし、諸々これでも見えないところで頑張ってるんだよ?」

「ですって。レオニーどう思う?」

「真の功労者はこの薔薇を育てた庭師の方々じゃないかしら?」

「そんな酷い」


 いつものやりとりにくすくすと小さく笑みが漏れる。

 

 今日はレオニーは女性として、お気に入りのピンクのドレスを着て参加していた。


 特に出会いを探しているわけではないが、ブランシュが誘ってくれるのと、この薔薇園が見たいのとで、結局今回も参加することになった。そうとは知らない他の人達から見れば、3回とも足繁く通っているレオニーは、必死に出会いを求めているように見えるのかもしれない。


 ブランシュと2人でお喋りしていると、幾度となく見知らぬ男性に声をかけられた。その度にレオニーはやんわりとお断りするものの、中にはしつこく食い下がってくる人もいて、レオニーを困らせた。何よりも、何度も会話を中断させられたブランシュが不機嫌になり始めているのが気がかりだった。そんなところへリュカがひょっこりやってきて、レオニーはようやくほっと一息ついた。


 隅の方の空いていたテーブルに3人で腰を落ち着け、のんびりとお茶とスイーツを楽しんだ。カラフルなフルーツタルトとシトラスティの組み合わせが、目にも舌にも爽やかで気分が上がる。


 美味しくいただきながら、マティアスの姿が見えないことが気になっていた。いつもなら、この3人で集まっていたらマティアスも後からすぐ来て話に加わるのに。

 マティアスがいないことを、リュカが全然気にしていない様子なのも気になっていた。


(まだ喧嘩中なのかしら……)


 そっとブランシュに視線を送ると、ブランシュは小さく肩を竦めた。


 すっかり堪能しお腹がいっぱいになったところで、突然リュカがレオニーを誘い出した。


「ちょっと良いかな。頼みたいことがあって」


 いつもより低い声で、リュカは少し離れた小山にあるデッキを指し示した。


(何かしら? またワインの試飲とか?)


 それならブランシュは出来ないとしても、ここで話しても良さそうだ。すぐ横でブランシュも首を傾げている。


「少しだけで良いんだ」

「ブランシュ、行ってきても良い?」

「うん、私はここで待ってるわ」


 そうして移動した先のデッキには、木で簡単に作られた小さな屋根とベンチがあった。

 2人でベンチに腰掛けた途端、リュカが話を切り出してきた。


「ブランシュとマティアスの婚約の話って、誰かに話した?」

「え? いえ誰にも?」

「本人達にも?」

「ええ。だって誰にも内緒なんでしょう?」


 何故そんなことを聞かれるのか、不思議に思いながらレオニーが答えると、リュカは大きなため息をついてその場に蹲った。


「リュカ? どうしたの?」

「レオニーは本当に素直で良い子だね」

 

 少しの間があって、リュカは体を起こした。そっと顔を覗き込むと、にっこりと笑ってくれた。いつも通りのリュカでレオニーは安心した。顔色も悪くなさそうだ。


「あの2人からも、婚約の報告はないんだよね?」

「ええまだ。何か不都合なことでもあったのかしら?」

「いや、そんなはずはないんだけどなあ……もしかしたら、婚約のことはずっと内緒にしたまま、結婚してから事後報告してレオニーを驚かせようって思ってるのかもね」

 

(結婚……?)


 リュカの何気ない言葉に、レオニーははっとなった。

 

 婚約すれば当然いつかは結婚することになる。

 当然の常識なのに、ちゃんとわかっていたはずなのに、他の人の口から直接言われると、ガツンと後ろから頭を殴られたような衝撃だった。


 結婚は好きとか嫌いとか、そういった感情だけの話では済まない。次元が違う。

 結婚して夫婦になって、子供を作って家族ができて。そこにレオニーの入る余地はない。


 レオニーは今、自分がどんな酷い顔をしているかわからなかった。ただ気がつくとリュカがレオニーの手をそっと握っていた。


「レオニー、そんな顔しないで」

「リュカ……?」

「僕じゃ駄目かな、レオニー……」


 いつになく真剣な表情のリュカから目が逸らせない。

 リュカの言葉を反芻して、レオニーはぼっと全身から火が出そうなほど真っ赤になった。


(リュカは、私の気持ちに気付いてるのね?)


 それで、人知れず失恋した自分をこうして慰めてくれようとしている。

 気持ちは嬉しいけれど、その優しさが辛い。

 お前は無理なんだと現実を突きつけられている気がして、居たたまれない。そして全部知ってて今まで黙っててくれていたのかと思うと、たまらなく恥ずかしい。


 リュカがそっとレオニーの頭に触れようとしたところで、レオニーが口を開いた。


「リュカごめんなさい、私……」

「良いよ何も言わなくて。僕がそばにいるよ」

「でも」


 その時、強い力で反対側の腕をぐっと強く引っ張られて、レオニーは思わず立ち上がりそのままふわりと何かに包み込まれた。


「リュカ、お前何やってるんだ」


 頭上から、怒気を孕んだ声が響く。


(え? マティアス??)


 レオニーはマティアスに、しっかりと抱き止められていた。そう気付いた途端、マティアスに触れられている背中にじんわりと汗が伝う。厚い胸板がすぐ目の前にある。どくどくと強く脈打つ鼓動が聞こえる。


(何? え、何これ? どういうこと?)


 混乱して一歩も動けないレオニーの頭上で、2人が何か言い合っている。


「ちゃんと宣戦布告したじゃん」

「だからって何いきなり手なんか握ってんだよ」

「はあ? そっちこそ何ちゃっかり抱きしめちゃってんのさ。やらしい」


 リュカの言葉にはっとしたマティアスが慌ててレオニーからぱっと離れた。途端、足元がふらついたレオニーの肩をマティアスが支えた。


「大丈夫か?」

「あーまた触れてるよ」

「うるさい。これは不可抗力だろうが。レオニーは俺がブランシュのところまで送っていく」


 そう言うと、マティアスはレオニーの肩をしっかりと握り直した。


「歩けるか?」

「大丈夫。ありがとう」   


 マティアスに触れられている肩だけが熱い。マティアスの顔を見られない。


「リュカに何されたんだ?」

「何でもないの。リュカは何も悪くないの」


 マティアスは、レオニーがリュカに何かされたと勘違いしているらしい。慌ててそれは否定した。かと言って、本当のことは打ち明けられない。


(貴方のことで落ち込んでたなんて……言えない)


 どこから見ていたのか、レオニーが危ないと思ったマティアスはすぐに駆けつけてくれた。

 ようやく、じんわりとレオニーの中に喜びが広がる。マティアスの温もりが今更ながらに胸を熱くする。こんな風に男性に触れられたのは生まれて初めてだ。

 けれどそれも全部、マティアスにとってはただの友人としての好意でしかない。

 

(どうしたら良いの……)


 何も話せないまま、視界がうっすらぼやけてきた。

 駄目だ。

 ここで泣いたら、マティアスを困らせてしまう。

 リュカが悪者になってしまう。


「レオニー……本当に大丈夫か?」


 レオニーの様子がおかしいのに気付いたマティアスが、足を止めて顔を覗き込んでくる。

 レオニーは慌てて瞬きをして溢れそうになった涙を振り払った。


「うん大丈夫」

「それなら良いが。前に言っただろ、一人で抱え切れなかったらちゃんと言えって。そんな風になるくらいなら、もっと俺を頼れ。というか頼ってくれ。じゃなきゃ心配でこっちがどうにかなりそうだ」


 そう言うとマティアスはくしゃりと前髪をかき上げ、上を見上げた。無意識にか下唇を血が滲みそうなほど強く噛んでいる。


(マティアス……)


「うん、心配かけてごめんなさい」

「いいよ謝らなくて」

「あのねマティアス」

「何だ?」


 ありったけの想いを込めて、レオニーは精一杯の笑顔を作った。


「ありがとう、マティアス」


(好き。大好き……)


 その優しさが、他の誰に向けられたとしても。

 それがどんなに辛いことだとしても。

 きっとこの想いが変わることはない。

 ただただ、レオニーの心はマティアスに向かって転がっていく一方だった。






 ブランシュの座るテーブルが見えてきて、レオニーは大きく手を振った。


「ブランシュ!」


 こちら側を正面にして座っているからレオニーのことは見えているはずなのに、ブランシュはぴくりとも動かない。


「どうしたんだ?」


 マティアスも首を傾げた。

 もう少し近づいたところで、ブランシュの斜め向かいの席に誰かが座っているのに気づいた。


 「誰だあれ?」


 マティアスが疑問を口にしたと同時に、その人物がこちらを振り向いた。

 服装や髪型は違うけれど、その顔には見覚えがあった。


「やあレオニー、待っていたよ」


 にこやかに手を上げて微笑むその姿。


(あの方は……)


「王太子殿下!」

 

 



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