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失われたサプライズ

 世界には魔法使いと呼ばれる者が存在する。


 魔力を持って生まれた選ばれし者が、魔法学校に通い知識を高め、一流の魔法使いの下で弟子として修業を積み、やがて独り立ちする。


 魔法使いと一言で言っても、その種類は多岐に渡る。攻撃魔法に特化した者、治癒魔法が得意な者、転移魔法に長けている者、秘薬作りを主とする者など、実に様々である。まれにオールマイティに何でもこなす逸材も存在する。


 彼らはその能力を生かし、報酬を得る。攻撃魔法を生かし騎士やボディガードになる者、治癒魔法を生かし治療院を設立する者、転移魔法を生かし王室や貴族の移動手段として契約を交わす者、その職種はありとあらゆる範囲に及ぶ。


 彼らの中には、決まった場所に定住しない魔法使いというのも一定数いる。王室に仕えるうちに国の極秘情報を知ってしまい行方をくらます者、自ら進んで生まれ故郷を捨て、勝手気ままに国々を渡り歩く者。そうした魔法使い達は行く先々で雇い主を見つけては仕事をし、それが完了するとまた、まだ見ぬ土地へ旅立つ。


 ウェイア国に出張中のホワイト侯爵が出会ったのは、そんな魔法使いの一人だった。

 名をジェラルドと言う。






「ジェラルドよ、仕事がないなら私と共にシェイキア国に来ないか」


 マルチな才能を持つ赤髪の魔法使いは、ちょうどウェイア国での仕事の依頼が途切れた頃だったので、一も二もなく頷いた。


 最先端の物や人が行き交うウェイア国の王都は、魔法使いに支払われる報酬単価も高い。いったん仕事に就けばかなり稼げるが、それを目的に集まる魔法使いも多くいるため、職にありつくにはなかなか苦労する。


 すぐ隣のシェイキア国は牧歌的なのんびりとした雰囲気の国で、まだ足を踏み入れたことのある魔法使いは少ないと言う。報酬は未知数。しかしジェラルドに声をかけた相手はそのシェイキア国の外交官であり、侯爵の地位も得ているらしい。そこそこ期待して良さそうだ。


 そう目算をつけ、ジェラルドはホワイト公爵に付いてシェイキア国へやってきた。






「おかえりなさい。もう帰ってきたのね」

「おかえりなさい、お父様」


 屋敷に着くと、華やかな女性と若く溌剌とした少女が出迎えてくれた。

 屋敷に向かう道すがら散々自慢話を聞かされた、ホワイト侯爵の妻と娘だ。


「貴方、そちらの方は?」


 何人もいる従者達の中にジェラルドを見つけた妻は、訝しげな目で夫に問う。


「ああ、これはジェラルド。あっちで出会った剣士だ。なかなか腕が立つから、口説いて連れて来た」

「まあ、そうだったの。よろしくねジェラルド」


 優しく微笑みかけられ、ジェラルドは黙って敬礼した。


 ホワイト侯爵は、愛する妻と娘にはジェラルドの素性を当面の間隠しておくつもりのようだ。何か大がかりな魔法で、2人があっと驚くようなサプライズをして喜ばせたいらしい。初めて会った時の威厳ある佇まいは何処へやら、家族の前ではただの夫であり父親だった。

 そんな下らないことのためにわざわざ自分が連れて来られたのかと、ジェラルドは内心呆れてしまった。が、それでそれなりの報酬が貰えるなら、特に問題ない。さっさと片付けて、また次の雇い主を探すだけだ。


 ところが、ホワイト侯爵の企画するサプライズパーティーは、なかなか実現しなかった。

 まずホワイト伯爵の言う「あっと驚くような何か」が何なのか、実際にどんなことをするのか、全く見えてこない。ホワイト侯爵もぼんやりとしたイメージがあるだけで、これといって具体的な案はないらしい。

これでは何の準備も出来ない。


 そうこうしているうちに、パーティーの企画そのものがどこかへ行ってしまった。

 早い話が頓挫したのである。






 ホワイト侯爵が魔法使いを雇ってまで家族を喜ばせようとしたのは、娘レオニーの婚約破棄に起因する。

 母親同士が昔から仲が良く、そこにちょうど男の子と女の子が1人ずつ生まれたために、ごく自然な流れで婚約は結ばれた。幼馴染でもある2人は仲が良く、当然のようにそのまま夫婦となるものと誰もが思っていた。 


 しかしどういうわけか数ヶ月前、2人の婚約は突然破棄されてしまった。


 出張中にそれを知ったホワイト侯爵は、わけもわからないままとにかく一刻も早く家へ帰らなければと、一心不乱になって昼夜問わず仕事に励んだ。そして帰り道にジェラルドを拾い、この魔法使いを使って娘を驚かせてやろうとほくそ笑んだのである。


 ところがいざ屋敷へ帰ってみると、当のレオニーは少しも落ち込んでいる様子がなく、それどころか随分と社交的で明るい娘にすっかり成長していた。引きこもりがちで内向的な娘だと聞いていたジェラルドも、初対面の時に密かに首を傾げた。


 ホワイト侯爵から聞いていたイメージとまるで違う。たしかに貴族令嬢にありがちな高慢さはなさそうな控えめな娘ではあるが、婚約破棄されたような悲壮感はどこにも感じられない。


 手入れの行き届いたグレーの髪は陽の光に照らされて淡く光り、アイスブルーの瞳はしっとり潤んできらきらと波打っている。朗らかに微笑む様は薔薇のように美しい。

 まさに非のうちどころのない令嬢だった。


 励ますはずだった愛娘がむしろ大幅にパワーアップしているのだから、もはや父の出る幕などない。


 かくしてサプライズパーティーの企画はジェラルド以外誰にも知られることのないまま、立ち消えとなった。 


 そうなるとジェラルドもお役御免となるはずであるが、ホワイト侯爵は罰が悪いのか忘れているのか、報酬を支払うでもなく解雇するでもなく、ジェラルドを完全放置している。


 何も得られず追い払われもせず困ったジェラルドは、ホワイト家の従者達に混じって、実際そこそこの腕前の剣技に磨きをかけたり、庭師の仕事を手伝いながら庭の片隅でこっそり新しい魔法を開発したり、徒らに日々を過ごした。

  

   




 役目を失った魔法使いと、雇い主の愛娘。

 2人の人生が交差したのは、レオニーが王太子に招かれた、あの王宮の舞踏会が開催される3日前のことだった。

王宮でのあれやこれやが起きる少し前のお話。

もう1話続きます。

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