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始まりは曇り空

ステイホームの時間を利用して書き貯めました。暇つぶしに楽しんでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします!

 ユーグ・クラークと言えば、ここシェイキア国の年頃の貴族令嬢誰もが憧れる貴公子である。


 さらさらと輝かしい金髪は肩に届くかどうかの長さで揃えられ、風に揺れる度に眩く煌めき人目を惹く。すっと通った鼻筋に薄い唇は彫像のように美しく整っており、大きな瞳は大海原のように広く澄んだ碧色をしている。その瞳に見つめられて、胸を高鳴らせない乙女はほぼいないだろう。


 彼が女性を惹きつけて止まないのは容姿だけでなく、その出自にもある。


 母親は先のシェイキア国王の娘で、現国王の妹にあたる。現国王を始めとする数多くの王太子や王女達の中で、末っ子として蝶よ花よと大事に育てられた彼女は誰もがため息をつくような絶世の美女に育ち、やがて一介の騎士と恋に落ちた。名立たる公爵家のどこかに嫁がせる気でいた父王は当然の如く怒り絶縁状を叩きつけ、騎士と末っ子王女は駆け落ち同然で王城を後にした。

 この騎士、生まれは庶民の出であったが天賦の才能に合わせて大変な努力家で、騎士としての実力は申し分なかった。上司の覚えも良く、庶民出身ということで街の人々からの評判も良く、子供達からも慕われていた。


 人望厚い騎士と美しい王女の駆け落ちの噂は、美しい恋物語として瞬く間にシェイキア国中に知れ渡った。そのうちに2人をモデルにした小説が出版され、若い男女の恋愛バイブルとしてベストセラーとなり一大ブームを巻き起こした。

 こうなってくると父王も2人を許さないわけにはいかず、騎士に公爵の称号を与えることで和解となった。


 そんな2人の間に生まれたのが、ユーグである。


 シェイキア国中の誰もが知る有名なラブストーリーの末に産まれた、公爵家の嫡男。彼の名前を知らない者はいない。騎士団長にまで上り詰めた父親に倣い、ユーグも騎士として邁進しており、実力はなかなかのものだ。また舞踏会等における所作やダンスは王族だった母親仕込みで、とても優雅で気品溢れる振る舞いだ。


 これだけすべてを兼ね備えているにも関わらず、ユーグは、決して奢ることなく、他人を見下したりすることもない素晴らしい人格を持ち合わせていた。妬み、嫉み、僻み、誰もが持っているねじ曲がった感情はユーグには一切見られず、自分より優れている人を素直に認め賞賛することができる。そんなところが女性だけでなく男性からも支持を集め、シェイキア国でのユーグの人気はもはや不動のものだった。


 本作の主人公は、そんなユーグ・クラーク公爵子息・・・ではなく、その婚約者、レオニー・ホワイト侯爵令嬢である。






「気分が悪いわ」


 純白に煌めく窓枠にだらしなくもたれかかりながら、レオニーは眉を潜めた。


「お嬢様、せっかくのドレスが汚れてしまいます」

「いいのよ、どうせ私なんてユーグと並んだら何着ても霞むんだから」


 レオニーを窓から引き離すことを諦めた侍女のクロエは、同じように窓の外を見やって眉を寄せた。


 午後のお茶の時間を前に、ユーグがここホワイト侯爵邸にやってくることになっている。


 いつもなら遅くとも3日前にはその知らせが届くのだが、今回はつい先程届いたばかりだ。引きこもりがちなレオニーはどうせほとんど屋敷にいるのだからそれでも構わないが、礼儀正しいユーグは必ず先触れを出し、侍女のクロエがそれに合わせてドレスやアクセサリーを準備し、旬の茶葉や流行の小菓子を取り寄せるのが常だった。

 だから息も絶え絶えに我が家に駆け込んできたクラーク公爵家の使者を目にした時は、家中の者が驚いた。


 こんなことは、ユーグと婚約してからの2年間で初めてのことだった。

 そしておそらく、これが彼に会う最後の機会。


 2人の婚約は、つい数日前にユーグの申し出により破棄された。ユーグからレオニーの父、ホワイト侯爵に宛てて、婚約破棄を告げる書面が突如送り付けられたのである。外交官である父は出張先の隣国ウェイア国でそれを受け取り、すぐさまレオニーにもそのことが伝えられた。


 数多ある貴族の中でも、王家に1番近い存在として崇められているクラーク公爵家。そこからの申し出を断れる家などない。


 父からそのまま送られてきた、ユーグからの書面は、見慣れたユーグの文字ではなかった。執事か誰かの代筆だろうか。2年間続いた関係がこんな紙切れ一つであっけなく終わるものだったなんて、悲しむを通り越して拍子抜けだった。


 そして今回の急な訪問。ユーグは一体何を考えているのか。今更会って何をどうしたいのか。






「どんな顔して会えば良いのかしら。怒って詰れば良い? 涙を溢して縋れば良い?」

「どちらも想像できかねます。お嬢様には難しいかと」

「わかってるわ。冗談よ」


 レオニーは小さい頃からずっとそうだった。


 大好きだった祖母が突然の病に倒れた時、両親が大喧嘩をして母が家の者半数を連れて家出した時、とある伯爵令嬢に目を付けられ舞踏会で足を引っ掛けられ頭からシャンパングラスの並んだテーブルにダイブした時。


 いつもいつも、何か悪いことがあった時、レオニーは怒るでも悲しむでもなく、ただ呆然と目の前で起きていることを見つめるしかできない。心の中で様々な感情が一気に湧き上がってきて、どうしたらいいかわからなくなる。そして岩のように固まって動けなくなる。


 他人から見るとその姿は、冷たい視線で周りを観察している無感情な女に見えるらしい。おかげで「氷霜の姫君」と一部で呼ばれていることも知っているが、自分ではどうしようもないのだから仕方がない。


「陰りが見えますね」


 クロエの言葉に空を見上げると、向こうの方から黒く大きな雨雲がゆっくりと近づいてきていた。あの様子だと、夕食の前に軽い夕立が来そうだ。


 だからユーグはあんなに急いで遣いをよこしたんだろうか。だったら何も今日でなくても明日でも明後日でも良いのに。


 馬の蹄の音が聞こえてきた。見慣れたクラーク公爵家の紋章をつけた馬車が、木々の間から姿を現した。


「ご到着されたようですね」

「ええ。最悪な気分」

「お嬢様のお好きなハーブティーをご用意致しますね」

「できればマカロンもお願いできる? とびきり甘いのを」

「かしこまりました」


 お気に入りのふかふかソファから立ち上がると、レオニーは自分の両頬をぱたぱたと軽く叩いた。


「さあ、いざ戦場へってところね」

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