殺人という罪
「……絵里加って誰よっ!?…知らないわよっ!!」
「じゃあ、別の話をしよう。君の名前は下条友里亜だろう?思い出せ。思い出すんだ」
「私が下条友里亜だったらどうだって言うの!?」
「じゃあ、下条友里亜だと認めるんだ?」
「確かに前世はそうだったわ」
「サラブレッドとしてアイドルデビューしたけど大して売れなくて、親の威光をかさに着てライバルを潰しまくったよね?」
「潰される方が悪いのよ!大した才能もないのに馬鹿みたい!あははははっ!!」
友里亜は笑い出した。裕福な家に生まれた。親が偉かった。周りはみんな羨ましがってチヤホヤした。あんまり憐れだで捨てられた犬みたいだから、時々小さなお情けをあげたら、みんな喜んで尻尾を振った。
「私は金のスプーンをくわえて生まれてきたの。私は何でも持ってる。最高のものを何でも持ってる。それが当たり前なの」
「人に生まれは選べない。確かに君は恵まれていた。だが、人を貶める権利はない」
「あら、博愛精神?人類全部好きになれるわけないじゃない?気に入らない子を気に入らないって言って何が悪いのよ?」
「ユリアナ・バウアーがやったと同じように、衣装を汚し台本を破く行為は器物破損となる」
「お金ならあるの。そんなのいくらでも恵んでやるわよ。払えばいいんでしょ」
「肉体的暴力は?」
「それは周りが勝手にやっただけ。私は指一本触ってないわよ。誰が、そんな汚物を触りたいの?」
「暴力を指示して、後ろから笑って眺めていた?」
「証拠はないわ」
「君の暴力を心身に受けて心を病んだ人は少なくない。罪悪感はないの?」
「そいつが弱いのが悪いの。私は悪くないの。世界は弱肉強食なの。強い人間だけが生き残るの」
「だから絵里加も殺した?」
「あら、そんな名前の子がいたわね」
「絵里加を殺したって認めるの?」
「別に殺してなんかないわ。ちょっと脅しただけ。あんまり怯えるから、衣装部屋に突飛ばしただけ」
「そして鍵を掛けて閉じ込めたんだよね?絵里加は助けてと言ったはずだ」
「ノロマの泣き言なんか聞くもんですか」
「だから火災ベルが鳴った時に助けなかった?」
「そうよ。あら、あの子って結局どうなったのかしら?」
「絵里加は死んだよ」
「あはははは!お腹の皮がよじれるわ!」
「そんなに絵里加を妬んでいたの?」
「……妬んで…私が妬む何があの子にあったのよ!」
「全てだよ。誰もが絵里加を愛した。大衆だけじゃない。歌や芝居に神様がいるのなら、絵里加こそがその寵児だった」
「ちょっと歌が上手かっただけ!ちょっと芝居が上手かっただけ!あんなの大したことないわっ!!」
「そのちょっとが明暗を分けた。君の欲しがった歌は絵里加に、君の欲しがった映画は絵里加に流れた」
「…………」
「歯ぎしりしかできないの?君の欲しがった高梨聖也は絵里加を好きになった」
「聖也さんは私のものだった。あの子が盗ったのよっ!!」
「君は高梨聖也に振られたのに?」
「…何でそれを知ってるのっ!?」
「有名な話だよね?下条友里亜は高梨聖也が好きで追いかけ回したけど、高梨は嫌がって逃げ回ったって」
「…くそぉーっ!!…あいつが、あいつが悪いんだっ!あいつが盗ったんだっ!!だから殺してやったんだっ!!」
「…絵里加を殺したら手に入るの?」
「あいつさえいなければ全部私のものだ!」
「君の罪は殺人罪に相当する。確かに暴行は死に至るものではなかった。だが君には妬みと憎しみという強い殺意があった。明解な殺意をもって暴行がなされ死に至った。これは殺人だ」
「あははっ!だから何だって言うの?ここは乙女ゲームの世界だから、私を裁けない。前世が何だって言うの?私は人世をリセットしたの。またリセットすればいい。今度はもっと素敵な、私にふさわしい世界を選ぶわ」
「ここは乙女ゲームの世界じゃない」
「じゃあ、何だって言うの?」
「ここは地獄だ」