8月7日 水曜日 PM1時
「Bランチひとつ、お願いしまーす」
斎藤アリサが厨房にオーダーを告げに来た時、後ろに結んだ緩いウエーブのかかった髪の毛から、ふわりと良い香りがした。
俺はアリサの後ろ姿をチラリと見た。制服のスカートからスラリと伸びた脚が見える。
「はいよ」
俺はシェフがボードの上にパスタやピザを置くと、すぐに手際よくプレートに並べ、スープを付け、ランチのセットを作ってゆく。
俺はこの店で調理補助プラス皿洗いをしていて、アリサはウエイトレスをしている。
このイタリアンレストランでバイトをし始めて、もう一年ちょっとになる。
アリサとは同じ時期にバイトで入り、同い年ということもあってよく話すようになった。
アリサは美人だった。当然のごとく俺はアリサに恋をし、そして当然のごとく振られた。
半年前のことだ。
「ごめん、そういう対象として見たことなかったから」
そう言われた。
振られた翌日、どういう顔をしてバイト先に行けばいいんだろうかと、真剣に悩んだ俺を尻目に、アリサはいつも通りの笑顔で接してくれた。そのことに、振られたことよりも傷ついた。
アリサに全く異性として見られていなかった。
そしてそれは今もそうだ。
今日も客が2・3人で、まあ、平日の昼間はだいたい、そんなもんだ。
俺は暇そうに立っているアリサに寄っていき、話しかけた。
「アリサちゃん、今日も綺麗だね」
アリサは爆笑した。
「何を言ってるの? ちょーうける」
「俺と付き合ってくれないか?」
――ダメだとわかっていた。無理だとわかっていた。
でも確認したかったのだ。
「ムリだよ、ごめん」
アリサの言葉が胸に刺さる。
――うん、知ってたよ。
俺は窓に面したカウンター席に向かった。
そこからは駅前を行きかう人たちを眺めることができて、なかなか良い席だ。
「ラティ」
ラティはロイヤルミルクティーと、ガトーショコラを美味しそうに食べていた。
「あの子なんだけど」
ラティは斎藤アリサのほうをチラリと見た。
「ずいぶん気の強そうなコがタイプなんだね」
***************
ラティはテーブルの上に置いたノートPCを見るのをやめて、俺のほうを見た。
長くて黒い髪がゆらゆらと揺れた。
「アリサはいま、他のことに心がいってしまっているみたいだね、あまり恋愛モードではないみたい」
夜。バイトが終わりアパートに帰ると、俺はまず、アリサのことをきいた。
どのくらい縁があるのか、と。
「でも彼女は君のこと嫌いではないよ、きっと」
「そうか」
「ただし好きでもない」
「ありがとう、だけどそれがわかったところで何か、いいことがあるのだろうか?」
「大丈夫、今度の土曜にここに行けば、縁が作れるはずだよ」
ラティはにこりと笑ってノートPCをこちらに向けた。
それはある劇団のサイトだった。
 




